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月の行方

【第七話 時代は繰り返す】 3.不穏

 結局のところ、あそこでこれ以上食事を続ける勇気のなかったユリウス達は……とりあえず宿を移ることにした。
 別の場所で部屋を取り、そこに全員が集まる。
「で、そろそろ話して良いかな?」
 少々げんなりとした様子で聞くミルザムにノクスは頷き、ユリウスは視線で応じる。
 ちなみにポーラはそんな周りの様子を気にすることなく、備え付けのベッドに腰掛けてちくちくと針を動かしている。
 繕っているのは言うまでもなくノクスの服。
 服のかえがないからと渋っていた彼に、じゃあこれでも着とけとミルザムが服を渡さなければこうはならなかったろうに。
 借り物の服は丈が長くてどう見ても不恰好。
 ちょっとは成長していると思っていたのに……となんか少し悔しい。
「つーかてめぇ何者だ?」
 不信そうな眼差しで見るユーラを見返して、今更のようにミルザムが手を打つ。
「と。確かに非礼だったな。
 キトルス・タチバナ・ミルザムという者だ」
 フードを取り、軽く会釈して言うミルザム。
 あらわになった紺色の髪にユーラが小さな驚きを漏らす。
 ノクスは見慣れてしまっているが、人では持ちうるはずのない紺色の髪。
 珍しいし人目を引くのは確か。
 この髪の色で憶えてたのか?
 ちらと幼馴染の様子を伺えば、一連の話を聞いているのかいないのか、彼女は丁寧に針を動かしているだけ。
 縫い目に沿って破れただけに繕うのはそれほど苦ではないのだろう。
 ちくちくと規則正しく針は動き、縫い目もきっちりと揃っている。
「キトルス?」
 ようやく我に返ったか、ユリウスの不思議そうな声。
「先程ポーラ様はミルザムと」
「ミルザムが名だ。貴殿たちと違い『我ら』は姓を先に名乗る」
 苦笑して言うミルザム。
「それで、ミルザム殿は何故ここに?」
「ノクティルーカへの言伝があってな」
「俺に?」
 名を出されて顔を上げたノクスに微笑んで、それから真面目な顔になる。
「それから……北の姫にご報告が」
「え?」
 縫い終わり、出来栄えを検分していたポーラが不思議そうに顔をあげる。
 その彼女の前に跪き、深く頭を垂れるミルザム。
「苦難の道であることは重々承知の上で申し上げます。
 レリギオの首都アルカにて、琴の君……御母堂が姫のご到着をお待ちしておられます」
「それは……ユリウスが教えてくれたけど」
 困ったようにいうポーラ。
 どう反応していいか分からないのだろうか。今だ手にある服をぎゅっと握っている。
 一方ミルザムもそれは予想していたのか、すんなりと言葉を返す。
「では、琴の君がアルカにいる理由をご存知でしょうか?」
「ソール教の巫女だからでしょう?」
 口をはさんだのはユリウス。
 彼を一瞥し、ミルザムは冷ややかな声を出す。
「琴の君は確かに神に仕えるというお役目を果たされていました。
 ですが、望まれてあそこに居られる訳ではありません」
「どういうこと?」
 ポーラの声が硬くなる。
「恐れながら……わたくしの口からは……
 唯一つだけ。ソール教は敵とはいえませんが、味方ではありません」
「どういうことだよっ
 そこの本拠地に行けって言ったくせに! 不安になるだろ!」
 がなるユーラ。ノクスだって当然不満に思う。
 けれど……少し納得がいった。
 ミルザムは特にソール教を揶揄する事が多かった。
 そしてそれは……アースにしても。
「ソール教はなんで母上を?」
「あれらの目的は唯一つ」
 すっとミルザムが顔を上げる。
 不安そうなポーラの眼差しを受け止めて。
「『奇跡』」
 心臓がはねた。
 どくどくと、早鐘のように響いている。
「『奇跡』? それっておとぎ話の……十二個の宝石のこと?」
「はい」
 会話が遠く聞こえる。知らず、自分の左手を包み込むように握る。
 狙われているのは『奇跡』。
 その一言が、酷く重い。
「アレは魔力に惹かれると言われています。
 故に強い魔力を持つものを手中に収めんとソール教は動いているのです。
 見えるところ、見えないところで」
「じゃあ私が狙われている訳じゃあ……ないの?」
 戸惑うようなポーラの声。
 それが、お前が狙われているのだと、そう言われている気がした。
「琴の君は優れた術士……ご息女であらせられる北の姫もまた、アレに憑かれてもおかしくないと踏んでいるのでしょう」
 言葉を切り、ミルザムはまた顔を伏せる。
「アレを手にするためには手段を選ばぬでしょう。
 『勘違い』された者も、数多くいます」
 だから気を許すな。
 声にはならない切実な願い。
「……と、以上で報告を終わります」
 一転して明るい声で、汚れてしまった膝を払いながら立ち上がるミルザム。
 あまりの展開に、ユーラはいつものように罵声を浴びせる事すら忘れている。
「で。これから話すのはさっさと出来る事なんだが」
 ぐるりとメンツを見回して、相変わらずの明るい声でミルザムは言った。
「これから戦が始まるぞ」
 そんな、とんでもないことを。

「戦ぁ?」
 すっとんきょうな声をあげたのはユーラ。
「ンな馬鹿な。だってこれから冬が本格的に来るんだぞ?」
 ポーラも頷く事で同意を示す。
 先程の話からまだ立ち直ってないノクスからしても、その話は突飛に思えた。
 常識では戦をするのは主に春から夏にかけて。
 秋は収穫の時期だから忙しいし。冬に戦争を仕掛けるのはリスクが高すぎる。
 この時代、年がら年中戦をしているわけじゃない。春夏は戦っていても秋に入ったら一時休戦。勝負は翌年に持ち越しということはままある。
 戦に人手が要るように、農業にも人手は要る。
「でも実際にはそうじゃないかって言われてるんだよ」
 困ったように笑ってミルザムは逆に問い掛ける。
「本当にありえないか?
 この町は妙に傭兵が多いと思わなかったか?
 関所の兵が最近ぴりぴりしていないか?」
 そう言われると……
 思い当たる節が多くて反論できない。
「タルデとクネバスが?」
「その通り」
 ユリウスの言葉に頷くミルザム。
「まあ隣国同士ってのは仲悪くて当然ってところがあるようだし。
 そういうわけで、このまま北上は止めた方がいい。
 南下してエスタシオンから海路を使え」
「海路!?」
 露骨に嫌そうな顔をするユーラ。
 船酔いが酷いというからその気持ちは分からなくはない。
 だが。
「その言葉、どこまで信じられる?」
 ユリウスの言葉に目を細めるミルザム。
「信じる、信じないは貴殿の自由だ。
 『我ら』が守るのは後星であらせられる北の姫」
 険悪になった空気に慌ててポーラが口を開く。
「ミルザムさんは母上の部下だったの。ね。ノクス」
「あ? ああ。そのことはアースも知ってる」
 そうか。俺はミルザムのことよく知ってる……つもりだけど。
 出会ったばかりの奴の言葉をそんな簡単に信じれないよな。
「ミルザムさんは星読みだもの。見なくても分かるのよね?」
 ポーラに問い掛けられて頷くのはやはりノクス。
 知っている人同士で争うところなんか見たくない。
 どちらも自分のことを心配してくれているのならなおのこと。
 懇願に近いポーラの視線に、先に折れたのはユリウスの方だった。
「戦が起きるといったな」
「ああ」
「それは確かか?」
「生憎、外れて欲しいもの程よく当たる」
 ひょいと肩をすくめるミルザムを睨むようにしてユリウスはため息をつく。
「ここまで来て後戻りするのは……」
「急いては事を仕損じると言うぞ」
「確かめてからでも遅くあるまい」
 不満そうなミルザムを突き放すように言う。
「上手くいけば開戦前にタルデに入ることも出来るだろう」
「ご自由に」
 この頑固頭とでも言いたそうな表情で返すミルザム。
 ユーラは話の展開についていけず呆けたまま。
 視線を動かせばポーラと目が合い、二人同時にため息が洩れる。
 さて。
 大人たちのこの冷戦。どうやって収めようか?