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月の行方

【第七話 時代は繰り返す】 4.今来た道を戻れ

 夜が明けて。宿に残っていたのはミルザム一人だけだった。
「あンの頑固頭っ」
 いまいましそうに呟いて、乱暴に主人のいない部屋の扉を閉める。
「まったく、人の忠告を聞くものだと教わらなかったのか?
 そりゃあ俺は確かに不審かも知れんが」
 ぶつぶつ呟き、廊下の窓にもたれかかる。
 だんだんと寒さの増してきた朝。景色をボーっと眺めて一人ごちる。
「結局、先を知ることが出来ても……何も出来ないものなのかも知れんな」
「随分と諦めが良くなったの」
 揶揄する声は頭上から。
 宿の側に植えられた木に腰掛けてこちらを伺っているのはスピカ。
 そこからならノクスたちが出て行ったことも見て取れただろう。だと言うのに。
「教えろよ」
「北の姫にはカペラがついておる。何を心配する必要がある?」
「そっちには心配ないかも知れんが、俺にとっては一大事なんだ」
 一息に言ってまたため息をつき、深く俯いてミルザムは言う。
「未来は、変わらないものだと思うか?」
「馬鹿を聞くな」
 あまりにも頼りないセリフには刃の鋭さで切り返す。
「人の定めを変えることが出来るのは人だけだ。
 そなたはかつてそう言い、かの姫がそれを立証した。
 変わらぬものなどない」
 キッパリと言えば乾いた笑い。
「そうだな。俺はともかく姫に対して失礼だな」
「うむ。極刑に値するぞ」
「ははは。そりゃあ怖い。でも姫はお優しいから大丈夫だろ」
 だんだんと調子が戻ってきたらしいミルザムに、スピカもようやくふざけられる。
「大体そのときのために何重にも策を考えておろう?
 そなたの読みが外れて、戦事体が起きぬやも知れぬし」
「そうだな。行くにしたって……いるんだったな」
「そういうことじゃ」
 ようやくミルザムは顔を上げて笑い。
「スピカ」
「なんじゃ」
「さっきから言おうと思ってたんだが」
「?」
「見えそ」
 不要な一言を吐いたせいで、哀れミルザムは蹴り倒された。

「ミルザムさん、怒ってないかしら」
「……まあ、たぶん」
 しゅんとしたポーラにぎこちなく返すノクス。
「せっかく忠告してくれたのに」
「……まったくの無駄じゃないだろ。怪しそうならすぐに行動取れるし」
 そのやりとりを聞いているのか。
 ユリウスは先を急ぎ、ユーラは父と友人とどちらにつくのかと無言の内に攻められているようで口をはさめず、ぽつぽつとした二人の会話のみが続く。
 先を行くユリウスには不機嫌オーラ。隣のポーラは落ち込み気味。
 厄介なことしてくれたなミルザム!
 心の中だけで文句を言う。
 ミルザムがポーリーに怒るなんてことはないだろうな。
 怒ってるとしたらユリウス相手。それは逆も然り。
 しかし次の町につくまでまだ長いというのに、いつまでこの状況が続くんだろう?
 そんな事を思っていると、つんと袖を軽く引っ張られる。
 引っ張られているのは左袖。昨日彼女に破られた方。
 離せと言ったところでごねられるだろうし、そうしたらまた破かれるかもしれない。
 たしかに服はちゃんと繕ってはくれたけれど。
 ミルザムの話を聞いてるうちに知らずくしゃくしゃにしてしまったから、ちゃんと洗ってから返すと未だに返してもらっていない。
 借り物の服は裾も袖もたっぷりで、確かに掴みやすいかもしれないけれど。
 つかみ癖、治ってねーんだな。
 年は同じなのに、何でこうも幼く感じる時があるんだろう?
 そんな事を考えていると、道の先にから蹄の音が聞こえた。
 馬?
 視線を前にやると、道の先から四頭の馬が走ってくる。
 騎手はそれぞれが皆真っ白なマントを羽織っていて、一番立派な格好をした派手な赤い髪の男がこちらに気づき馬を止めた。
 止めた?
 不思議に思ってノクスは彼を観察する。
 普通通りすがる旅人同士が足を止めるなんてことは滅多にない。
 狭い道でもないし、道の周囲が木々に覆われているわけでもない。
 通りすがりに挨拶をしてすれ違う。相手が馬に乗っているなら馬を優先させる。
 だというのに足を止めた。
 追いはぎか?
 いつでも剣を抜けるようにしたいところだが、剣は腰の左側に差していて。そちらの袖をポーラが掴んでる状況では難しい。
 警戒するノクス達に、リーダー格の人物が声をかける。
「どちらに向かわれる?」
 低く鋭いその声。顔は端正といって良いだろう。
 赤い髪は長く、後ろで一つに結わえてあり、年はノクスよりいくつか上だろうか。
「タルデに向かっていますが、何かあったのですか?」
 ミルザムの言葉などなかったもののように、不思議そうに聞くユリウス。
 あれだけ聞いていたのに。あんなに怒っていたのに。
 そんな事を察せないくらいに普通に対応する。これが『大人』なのかなー。
 感心したように見ていると、馬上の人物は苦々しい顔をした。
「国境には近寄らない方がいい。いつ戦が始まっても可笑しくないからな」
 その言葉に息を呑むユーラ。
 先程までミルザムの言葉を気になりながらも信じてはいなかったのだろう。
 無理もない。普通なら信じられる事はない言葉だ。
 知っているノクス達はそうは思わなかっただけで。
 きゅっと強く袖が引っ張られる。
 視線をやれば、こわばった表情で馬上の人物を見つめるポーラ。
「我々はキルシェに行くが……貴殿たちはどうなされる?」
 そう聞く赤い髪の青年の服装にようやく気づいた。
 白い白いそれは、ソール教の神官のローブ。
「ふむ……」
 問いに考え込むユリウス。
 彼を見て、次にノクス達に視線をやり、なぜか息をつく青年。
「一度キルシェに戻られては如何か? 馬を貸そう」
「は?」
 ユリウスにかまわず、彼は仲間に指示をし相乗りさせて馬を二頭空けてくれた。
「騎手がいるか?」
「いえ、私は乗れますが」
 ちらと視線をやられて頷く。
 馬には良く乗っていたし、久々だけれど問題ないだろう。
 そこではたと気づく。
 あいてる馬は二頭。こちらの人数は四人。つまりは相乗りしないといけない訳で。
 その先はもう聞かないで欲しい。
 ただ、何とかキルシェにたどり着けた事だけは言っておこう。