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月の行方

【第五話 一条の闇 一条の光】 3.偶然と呼ばれる出来事

 裏路地を二つの影が行く。頭からすっぽりとフードを被っているその姿はまだ小柄。子供か女性のものだろう。
 右に左に角を曲がり、だんだんと片方の息が荒くなってくる。
 それに気づいて先を行っていた影が立ち止まり、労わるように問い掛けた。
「大丈夫?」
 紡がれた声は女性のもの。ソプラノの柔らかな声。
 そこに含まれた心細そうな色に、もう一人が荒い息を整えて応える。
「ああ……撒いたかな?」
「多分」
 耳を澄ませても足音は聞こえない。
 気配を辿るのは……こんな街中では無理だろう。
 日は昇り、これから街は活気付く。それに紛れて何とか逃げ切らなければいけない。その身を盾にして逃がしてくれた人のためにも。
「ユリウス大丈夫かしら」
 思わず洩れてしまった弱音。
 しまったと口に手をあてても遅い。
 伺うような少女の視線に一瞬顔をゆがめて……それでも笑顔を作って返す。
「父さんなら大丈夫。あんなに強いんだしさ」
「……ごめんね」
「謝るなって。とにかく急ごう」
 少女を元気付かせるように言って、今度は先を行く。
「その……『イアロス』って人のとこにさ」
 そうすればきっと皆助かるから。
 父が残した伝言に、一縷の望みを託して。

 言葉が急に止まって不審に思えば、次の瞬間イアロスは大きなくしゃみをした。
「どこかできれいなお嬢さんに噂されてるなんて。俺ってなんて色男」
「咲いてるのか」
 鼻を啜りつつ言うイアロスにノクスは呆れ顔。
「かわいくねーなぁ、相変わらず」
 宿を出て道を歩きつつの会話。
 通りはもう活気付いていて、物売りの声もちらほらと聞こえ始めている。
「さてと、この孫娘ちゃんをさっさと探そうかね」
 ぴらぴらと姿絵を手にして言うイアロス。
 朝食前に少し探してみようとか珍しい事を言い出したくせに、その口調にはやる気が感じられない。育ち盛りのノクスとしては、ちゃんと朝ごはんを頂いて、それから探しにいきたいのだけれど。
「ま、こうやって一緒にいても時間の無駄だからな。
 お前は街の南側な。俺ぁ北側探すからよ」
 道がややこしい下町方面をノクスに任せるあたり、さぼっているのか、はたまた社会勉強のためか。
「腹減ってんだけど」
「空腹なら何でも美味いだろうが。朝飯前の散歩ぐれぇ我慢しろ」
 抗議は一刀の元に切り捨てられる。
 うーと唸ってふと思いつく。
 銀の髪の人間なんて、こっちの方にはあんまりいないだろうけど。
「そういやその娘、名前なんていうんだ?」
 名前を知らずに探すというのも馬鹿げた話。
 問いかけにイアロスは姿絵をノクスの手に押し付けつつ。
「お、言ってなかったか? 『ポーリア』だと」
「ポーリア……ね」
 微妙に似てて嫌な名前。
 でも、これだけじゃ判断できない。やっぱり話すべきだろうか。
 そんな風に迷っていると、トンと背中を押されてたたらを踏む。
 むっとして見上げれば可笑しそうに笑うイアロス。
「ほらとっとと行って来い。帰りが遅かったらお前の分も食べちまうぞ」
 その言葉にすら空腹を訴える腹が恨めしい。
「へーへー」
 不機嫌なままに応えて、ノクスは雑踏に足を踏み出した。

 人通りの少ない細い路地を少年が不機嫌そうに歩いている。
 拳は握られて、歩幅は大きく乱暴に土を踏み、でもその表情は不機嫌というより拗ねているようにしか見えなくて。
 やっぱり可愛いなぁと思いながら遠眼鏡の倍率を調整して、もう少し広範囲を見れるようにする。
 街の人間が彼女達を見たらどう思うだろうか。
 教会の尖塔の屋根に片方はちょこんと腰掛けて、もう一人は立っている。
 二人とも見慣れない青い髪、同じく見慣れぬ装束。
 街中では目立つ姿でも、見るものがいなければあまり意味をなさない。
 建物の屋根というのはこれで結構人目につきづらい。
「婿殿に下町のほう調べさせる訳? ……もっと近づいてた方が良いかしら」
『ま、その判断はお前に任せるけどな』
 遠眼鏡から目を離し、むうと唸るカペラ。それに応えるのは水晶越しのミルザムの声。
「何が起きても対応できるようにしておかねば」
 立ったままのスピカはノクスのいる辺りから目を離さず言う。
『なんだ? スピカもいるのか』
「居て悪い事はあるまい」
『頼むからいちいちそう突っかかるな。こっちは……その、大変なんだぞ』
「それは」
「ねぇ」
 尻すぼみになって心なしか震える声に、気まずそうに目を合わせる二人。
 長老達の意地の悪さとひねくれた愛情表現は彼女たちとてよく知っている。
「それでミルザム。何かわかった?」
『分かるも何も……星読みしたせいで余計謎が増えた』
「謎が増えた?」
「そなたらしくないの。どういうことじゃ?」
『額面通りに受け取れよ』
 ため息一つついて、ミルザムの声がくだけたものから真面目なものに変わる。
『分かれた翼はめぐり合う。これはいいな』
「まだみたいだけどね」
「直前じゃの。ほぼ」
 この街に北の姫がいる……いや、来たことは確認済み。
 出会うというならここで出会うのだろう。きっと。
『光に導かれ血の道を巡り、白き闇に囚われる』
「光に導かれ……」
「血の道?」
『な。分からんだろ?』
「そんなのんきに構えて」
 呆れて呟き、見えぬと分かっていても水晶を睨みつけカペラは言う。
「最後の白き闇に囚われるって何よ?」
『それを読み解くために星読みが総出で頑張ってるんだ。
 とはいえ……囚われるというのは穏やかではないからな』
「責任重大ねぇ」
 しみじみと呟けば、スピカから怒られた。
「カペラ。婿殿を見失う」
「おっと……で、他には?」
『戦力を分断させるのはまずいとの判断でな。合流許可が出たぞ』
 思わず口の端が上がる。
 ノクスとポーラが合流する。
 つまりそれは、自分もまたポーラのそばにいられるということ。
 カペラは一時期、乳母代わりにポーラのそばにいた。
 こういうのは恐れ多いが、年の離れた妹か我が子の様に思ったことだってある。
「りょーかい。ちい姫様のとこに婿殿誘導すればいいのね?」
『ああ。合流させてしまえば北斗派も暗殺しづらいだろうという事もある。
 それにノクティルーカに関して面白い事も分ったしな』
「へぇ。どんな?」
 好奇心に負けて問い掛ければ、いじわるそうに笑われた。
『今はまだ極秘事項だ』
「ちょっ そーゆーの止めなさいよ! 気になるじゃないっ」
「ミルザム。そういうことを黙っているのは」
『教えたいのは山々だがな』
 仕方ないなという口調ながらも、明らかに面白がっているその声音。
『どこで盗聴されているか分からぬからな。直接話す』
「……仕方ないのう」
『すまんな』
 ポーラに関することは北斗一派には知られてはいけない。
 ベガに退位を迫り、無理やりに彼女を即位させ傀儡にして誰にも近寄らせないよう計った北斗たち。
 その時のように出し抜かれては困る。
 もう一度遠眼鏡越しノクスの様子を伺い、カペラがその場が締める。
「私はそろそろ婿殿の護衛に戻るわ」
『頼む。スピカはもう帰ってくるのか?』
「いや……少々世話を焼かねばならぬ事が出来た」
 そう言って彼女が見つめているのは北町のほう。しかし遠眼鏡を覗いているカペラも、こちらの様子を知る術のないミルザムも気づかない。
『そうか。気をつけてな』
「じゃ、また連絡するわ」
 そうして通信は終わり、それぞれの任務へと彼らは帰っていった。

 最初の勢いはどこにいったか、ノクスはとぼとぼ道を行く。
 おなかがすいた。もう我慢できない。早くご飯を食べたい。
 思うのはただそればかり。
 散歩といえる時間はとうに過ぎ去ったし、食事をとってからもう一度改めて探しに行けばいい。
 そう判断して宿へと帰る途中。
 大通りに入れば、他の宿や家々から食事のいい香りが漂ってきて……
「早くかえろ」
 空腹がこんなにひもじい事は旅に出てから始めて知った。
 食事が出来る事のありがたさを知れば、残さず食べる事がどれだけ当然のことかがよく分かる。
 そんなことを考えつつ道を歩いていると、前方で悲鳴と物が激しく崩れる音がした。
「ったぁ~」
「いてててて」
 腰をさすっているのは商売物だろう小箱を大量にばら撒いた小太りの男性。
 丁度向かいに旅装に身を包んだ中性的な……たぶん女の子が尻餅をついていた。
「馬鹿野郎どこ見てんだッ」
「っせえなっ そっちこそちゃんと前見ろよっ」
 商人の言葉に女の子が荒々しく返す。
 口悪いなあとか思いつつ、ノクスも他の通行人に習って地面に散らかった商品を拾いはじめる。
 視線は足元。だから気づきようはない。
 座ったままの女の子の少し後ろの路地から人影が飛び出してきたことには。
「どあっ」
「うぇっ?!」
 悲鳴を聞いて顔を上げれば、地面に座り込んだままの女の子に思いっきりぶつかる小柄な人影。
 女の子を蹴る様な形……もといおもいっきり蹴飛ばしたせいで、その人影はバランスを崩し、ノクスのほうに倒れこんでくる。
 片やこけかけて藁にでもすがるような相手と、散らばった箱を拾おうとしていたせいで体勢が悪く、おまけに空腹なノクス。
 悲鳴も、受身を取る暇すらなく、二人揃って地面に転がる。
「ってぇ~」
 痛みに思わず声が出た。
 尻餅をついただけなら痛くないといえるのだが、この、自分を下敷きにしている人物にタックル食らわされた左肩が痛い。
 相手もぶつけた箇所……額をしきりに抑えている。
 文句をいおうと口を開き、そのまま固まる。
 フードの下の髪は紫がかった銀髪。
 痛みゆえに涙ぐむ瞳は大きな紫水晶。
 至近距離でみつめ合ったせいか、それがさらに大きく見開かれる。
 知った顔だった。
 一月前のあの街で。あの誘拐事件の教会で。
「あの時の……」
 それを確信されるように、少女の唇から驚きの声が洩れた。