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月の行方

【第一話 星月夜】 4.つたない約束

 扉を開けた隣室からは二人の楽しそうな声が聞こえる。どうやら友達にはなれたようだ。
「微笑ましいなぁ」
 思わず呟きが洩れれば突き刺さる視線。
「ハイごめんなさい」
「分かっていればよい」
 テーブルの向かいに座るゴメイザのことはいつまでたっても慣れることはない。
 陰謀渦巻く宮殿で、そして今は王宮で、力のないか弱い子供達を守り、育ててきた婦人。生き字引とか陰口叩くものも多いし、ましてミルザムのような若輩ものが敵うだろうか。
 ゴメイザはそんなミルザムから目を外して、ポーリーへと視線を向ける。
 屈託なく笑う幼女。母と引き離され、父は仕事で滅多におらず、友人も……いない。
 王宮のほとんどが敵と言ってもおかしくない。この国は元々魔法があまり発達しておらず、魔法使いに対する偏見が強い。
 だが、かといってそれが差別の理由として許せようはずもない。
 唯一確実な味方は父親の従妹である王妃だけだろうか。
 心の想いとは違う事を口にする。
「まったく姫もあのように顔を晒すなどはしたない」
 女性は慎み深くあるべきだ。故郷では他人に顔を見られることすら避けていた。
「そうは言われますがゴメイザ殿、故郷の風習を押し付けるのも如何なものかと。
 北の姫は傍系ですがセラータの王族でもあられるのですから、セラータ流の作法を身につけないわけにもいかないでしょうし」
「そなたにいわれるまでもない」
「ごもっともです」
 ほぼ無理やりに黙らされて、ミルザムは視線だけで天をあおぐ。
 いつまでこうしていればいいのだろう? というか、今日は情報交換をするはずなんだが、肝心のスピカがまだこない。
 こんな時に何をやってるんだあいつは?
 ふと、ゴメイザが虚空を見つめ呟いた。
「来たか」
 同時に、空気が揺れる。
 まるで陽炎のように揺らめき、次の瞬間一人の女性の姿を吐き出す。
 ふわりと空気をはらむ、鮮やかな浅葱色の髪。服装は目立たぬようにと思ったのだろうか、この城の侍女たちと同じもの。
 開かれた紫の瞳がゴメイザを認め、深く一礼する。
「遅れまして」
 礼したままのスピカにゴメイザはいたわりをこめて声をかける。
「気にすることは無い。琴の君はご健勝か?」
「はい。姫様の事をお気にかけてらっしゃいました」
 自分との対応の違いにミルザムは少々複雑な視線を投げかけるが、口ははさまない。
「奴の動きはまだないようじゃの」
「どこぞの星読みがさっさと読めば」
 一方スピカの眼差しには視線をそらす事で返答を避ける。
「言うても始まらぬ」
 深い深いため息。
 気持ちを切り替えるようにして質問をするゴメイザに今度はミルザムも真摯に答える。
 無論内容を聞きとがめられてはならぬとばかりに、『彼ら』にしか分からぬ言葉で。
 会話が一段落し、すっかり冷め切った紅茶で喉を潤してゴメイザが告げた。
「ミルザム、そなたは引き続きノクティルーカ殿をお守りせよ。
 姫の片翼とあればいつ何時狙われるやも知れぬ」
「はっ」
 片翼――魂の双子は互いに影響しあう。
 本当の双子のように、片方の痛みを自分のものとして感じる事もあるかもしれない。
「スピカ、そなたは今まで通り連絡を」
「はっ」
「琴の君の安全に気をつけよ。ソール教の者達すべてを信じる事は出来ぬ」
「心得ております」
 表面的には保護しているように見せかけているが、人と違うものを探しては『ミュステス』と名づけ、探しているのもまたソール教の面々である。油断など出来ない。
 そもそもそんな風に呼ばれることがなければもっと北の姫の立場はよかったろうにと、思っても仕方ない事だがそれがゴメイザにとってはすごく悔しい。
 ごまかすようにため息をつけば、別の問題を思い出して頭痛がした。
「問題は……末姫じゃの」
 下手に武道や魔法の心得があるが故に守られる事をよしとしない、頑固な姫君。
 本来は最も戦などから縁遠い、誰より守られてしかるべき立場の方。
「まったく、おとなしく守られる姫であればよいものを」
 その言葉にはミルザムは苦笑するしかない。
 誰よりも守られねばならない姫だからこそ……誰よりも強く在らねばならぬ。
 一人では何も出来ない姫君には決してしてはいけなかった。
 ゴメイザもそれは分かっているのでこれ以上は言わない。
「いっそそれなら北の姫のお傍にいて下さればとも思うが、それも叶わぬ。
 姫も末姫には懐いておられるが……末姫が一所に留まるには危険すぎる」
 『彼ら』は人と寿命が違う。混血であるポーリーならば、成人するまでは人と同じように年を重ねるからまだ当分は大丈夫だ。
 しかしアースとなれば話は別。
 外見年齢はどう見ても十代後半。
 この年代の少女が何年も見かけが変わらないという事はない。
 数年ならばいられるだろう。しかし十年以上は無理が出る。
 そしてそれは、不老不死というばかげたものを夢見る人間にとっては……
「そんなに味方が少ないのですか」
 ミルザムの問いかけに思考を戻されて、ゴメイザは重く頷く。
「ソール教の触れが決定的であったな。
 数年前から生まれた子供全員に検査が課せられた」
「検査?」
「魔力を測定できるそうじゃ。一定以上のものがそれに触れば光るのだと」
 何もそこまでする事かとミルザムは言葉もないが、スピカはなにか心当たりがあるのか恐る恐る口を開いた。
「わたくしも見ました。レリギオ国内はそうでもないのですが、やはり魔法が疎まれるザリアーやクネバスでは認定された子供はすべてソール教の……教会に、孤児として連れて行かれました」
「……正気か?」
「まったく情けない事よ。
 自らが生んだ恐怖に恐怖しておるのか、それとも他に何か目的でもあるのか」
 ゴメイザは少し咳き込む。
 心配そうな視線を向ける二人に対し口の端だけで微笑んで。
「そう遠く無い内に逃れねばならんやも知れぬ。スピカ、手はずを整えておけ」
「はい」
「話はここまでじゃ。ミルザム、そなたは出来うる限りの事を読み解け。
 何かわかったらすぐに連絡を入れよ」
「はい。その、お体にお気をつけ下さい」
「年寄り扱いするでない」
 そう言って笑うゴメイザは、かつてよりもずいぶん弱々しく思えた。

 ポーリーのリクエストのおままごと、ルカの持ってきた絵本その他。
 子供達が遊ぶには二日間は早すぎた。
「かえっちゃうの?」
 名残惜しそうに向けられる瞳にルカは残念そうに頷いた。
「母上のごようがもうすんだから、おひるになったら」
「え~」
 対するポーリーはすごく残念そうに、今にも泣き出さんばかりの表情をする。
 それも仕方ない。初めて出来た友人だ、別れが辛いのは当然だろう。
 子供たちのわがままを聞いて、花だらけになった部屋の一角を眺めてゴメイザは思う。
 この姫にはいつも我慢ばかりさせている、と。
 花にまみれつつ、ルカは器用に花冠を作ってポーリーに渡した。
「もっといっしょにいれたらいいのにね」
 花冠を受け取って、ポーリーもこくんと頷く。
「またあそんでくれる?」
「うん。こんどはポーリーがアージュにきてよ。いっぱいいろんなとこおしえてあげる」
「うん……」
 ゴメイザより少し離れたところでそれを見ていたミルザムが、独り言のように呟く。
「子供があんなに聞き分けいいのは、やっぱり変ですよね」
「そうじゃの」
 流されると思っていた言葉に答えられて、おもわずゴメイザをみる。そんな視線を感じて微苦笑のままに彼女は言った。
「子供なら、もっとわがままを言ってよいのにな」
「あのねポーリー」
 その言葉が目の前の二人だけを指しているのではないことに気づくのと、甲高いはずのルカのひそめた声が聞こえたのは同時だった。
 花冠をかぶりかけていたポーリーが不思議そうにルカを見る。
「おっきくなったら、ぼくのおよめさんになってくれる?」
 その瞬間、保護者二人がずるこけた。
「およめさん?」
 ポーリーも一度だけ結婚式を見たことがある。
 およめさんというとあれだろうか。真っ白なドレスを着た、幸せそうな女の人。
 問い返したポーリーに、ルカは得意そうに返す。
「『およめさん』ならずっといっしょにいられるんだって」
 我ながら良い案だと言わんばかりの態度だが、そうくるかとミルザムは思う。
 いやそれは間違いはない。間違いではないが……ああもうなんていっていいのやら。
 よろよろとしながらも何とかミルザムは椅子に戻る。反対側でもゴメイザが何とか身を起こしたところだった。
 確かに自分にも覚えがある。
 小さいころに『誰々ちゃんをおよめにするんだぁ』とかいうのは。
 しかし、このタイミングで聞くことになろうとは思いもしなかった。
 きょとんとしていたポーリーが満面の笑みを浮かべて、それからルカになにやら耳打ちする。くすぐったかったのだろうか、身じろぎしつつもおとなしく聞き終えてから、彼は問い掛けた。
「なあにそれ」
「『おむこさん』だけにおしえていいんだって」
 にっこり笑っての無邪気なポーリーの言葉に、保護者二人、今度は凍りつく。
「わたしが『およめさん』ならルカが『おむこさん』になるよね?」
「あ、そっか。ぼくがポーリーの『おむこさん』かあ」
 ちょっと待ってください姫! 婿にだけ教えていいってことはあれですか?!
 まさか『本当の名前』教えたんですかあなたは!!
 あまりの事に思考がぐるぐる。ついでに目まで回ってくるような気がする。
 基本的に『彼ら』は皆名前を二つもつ。
 普段使われる名前と、けして明かされぬ本当の名前。
 名前は個人を縛る一番短くて強力な呪。本当の名前を使えばどんな術でも成功率はぐんと上がる。
 故に秘される黙される。まじないは、決して良きものばかりではないから。
「およめにきてね」
「うん。やくそく」
 ポーリーに促されて、なれないためにぎこちなく指きりを交わす幼子達を見守って、正気を取り戻したのはミルザムが先だった。
「どう、されるんです? ゴメイザ殿?」
「どうもこうもあるまい……婿殿のほうは任せたぞ、ミルザム」
 暗にポーリーの両親は自分が何とか説得するといっている。
「はは、やっぱりですか」
 ミルザムはがっくりとうなだれつつも、さてオーブになんていうかなと考え始めた。