1. ホーム
  2. 004:さよならを、貴方に・033:咲く事のない花・001:わたしのなまえお話
  3. しんせつ
  4. 004:さよならを、貴方に・033:咲く事のない花・001:わたしのなまえ
しんせつ

004:さよならを、貴方に

 昴の住まわれる宮殿は思ったよりも簡素なものだった。
 けれど――美しかった。
 金銀で飾り立てなくとも、魔よけの朱を纏わずとも、白木の建物は静謐さと威厳を持ってそこに在る。
 国をすべる昴は代々星家の女性が務めており、男性がその座に着くことは無い。また、継承権は女系女子にしかないため、男は比較的自由に結婚が出来る。
 とはいえ、昴の弟君が真砂七夜の姫を娶ったとあって、何かと対抗心を燃やしている時世七夜は面白くなさそうだが。
 形式に則った挨拶の後、彼の方はずいぶん気さくに話しかけてくれた。
「さすが、文の自慢の義妹だな。しっかりしてて可愛らしい」
「ありがとうございます」
 少々緊張しながらも何とか言葉を返す志津。
 文の夫となった昴の二人目の弟君――麦の君。
 海色の髪はまっすぐで、彼女を見つめる瞳はとてもやさしい紺藍。
 麦の君を見る文の瞳も優しく、その姿はとても幸せそうだった。
 胸中でそっと息を吐く。
 良かった。
 もし文が寂しそうにしていても志津にはどうしようもない。
 それは景元でも同じことだろう。
 だからこそ、幸せそうにしている姿を見るとほっとする。
 互いににこにことしている義姉夫婦は見てるこちらも安らかになれる。
 ぱちりと志津は瞬きをする。
 何か、どこかで見たような気がした。
 この笑顔。麦の君の笑顔を。
 でも――どこで?
 考え込む志津の耳に、若い娘の声が聞こえてきた。
「麦の君。姫宮様がいらっしゃいました」
「ああ。待ちきれなかったんだろうな」
 文よりも幼い侍女の言葉に苦笑して、弟君は立ち上がる。
 その動きを目で追って、その先に在る人の姿を認めて納得した。
「長旅ご苦労でした。真砂の志津姫」
 稚い子どもが紡ぐ年に似合わぬしっかりとした言葉。
 震えを隠すように志津は頭を下げる。
「都へようこそ」
 視覚が認めたのは白く長い髪。星家直系の姫にしか許されぬ禁色の衣。
 聴覚が捉えたのは高く澄んだ子供の声。確かに聞き覚えのある声。
「真砂七夜の志津と申します。末姫様」
 顔を伏せたままに挨拶を終えると、身内だからそう畏まることもないと麦の君が笑う。
 かの君が座っていた上座に、代わりに小さな姫が座す。
 一年と少し前に別れた顔がそこに在った。
 見間違えようはずも無い。重そうな檜扇で顔を半ばほど隠していても。
 幻日、だった。
 他人の空似だろう。だって、星家の姫が「外」を歩いているなんて。
 それに国中を回っているなんて、そんなことあるわけない。
 けれど幻日(かれ)は言った。
 志津が「本当」で会いに来てくれるなら、自分も「本当」で会うと。
 幻日。幻の太陽。幻の姿。
 本当は……現実は星家の末の姫だというのだろうか?
 後の昴となるべき星の姫の御名は――(うつつ)姫。
 なんて、単純な偽名(ウソ)
 志津の心のうちを読んだのではないだろう。
 しかし、顔を上げた志津と視線を合わせた姫の瞳は、見透かすような寂しさを灯していた。

けっして、これ以上近づくことなど出来ないのだと。 08.03.26

033:咲く事のない花

 歳も近いことだし、ここにいる間だけでも仲良くしてやってくれといわれたからには無視をすることは出来ないだろう。
 本当はまだ混乱から立ち直れていないけれど、それでも志津は何とか笑顔を浮かべた。
 文義姉上たちの邪魔をしたいわけではないけれど、けれど、この沈黙は辛い。
 先ほどから部屋に二人残されているけれど、姫宮は一言も話されない。
 こういうときに茜がいたならば、雰囲気を読まずに話しかけてくれるだろうけれど、空気も立場も読みすぎている小春に援軍は求められそうも無い。
 緊張しているこちらに気づいたのだろうか。姫宮付きの侍女が柔らかな声音で問いかけてくれた。
「都の桜は御覧になられましたか?」
「はい。とても見事ですね」
 ほっとしたように返せば、優しく微笑んでくれる。
 歳は多分文よりいくつか下。まっすぐな青い髪と丸くて大きな瞳が印象的な少女。
「能登」
 主の小さな呼びかけに、能登と呼ばれた侍女はすぐさま振り向き、立ち上がった。
 能登によって几帳がずらされると、見事な桜の木々が見えた。
「素晴らしゅうございますね」
「左手から有明、薄墨。
 中央の大きな重弁の花は咲耶姫。薄紅色のものが旭山といいます」
「たくさんの桜があるのですね」
 さすが、桜宮殿と呼ばれるだけの事はある。
 街中に咲いていた桜は一重の淡紅白色が多かったが、ここでは八重咲きのものもあれば色も豊富だ。
 自慢の桜を見せてもらっている間にふと気づく。
 中央の大きな花つけた桜の根元あたりに、どこか見覚えのある植物。
「あの、咲耶姫の根元の植物は、なんという名前でしょう?」
 まさかと思いつつ、問いかける志津。
 恐る恐るといったようすの彼女を射抜くのは、どこまでも澄んだリンドウの瞳。
 主たちの様子に気づいているのか、いないのか。
 能登はそちらを見やった後にこう答えた。
「あれは白薔薇です」
「白薔薇ですか? まあ、わたくしの大好きな花ですわ」
 どくどくと、心臓が妙に脈打つ。
「ええ。文様の故郷の花ということで、頂いたものです」
「そうですか」
「ですが、まだ花をつけたことがないのです」
 どくんと、また一つはねた。
 まるで自分にとって都合の悪いことを言い当てられたときのように。
 ここにあるのは幻日に渡した薔薇ではないだろう。
 だけど、桜に品種があるように、薔薇にだってたくさんある。
「残念です」
 ポツリと漏れた言葉は誰のものだろう。
「雪のように白い花で、とてもよい香りがする」
 悪あがきはもう出来ない。
 認めよう。この姫宮が幻日だった。
「そう、兄上にお聞きしておりましたのに」
 とってつけたような言い訳じみた、子どもじみた言葉が逆に痛い。
「ここの土には合わなかったのでしょう」
 そう慰めの言葉を言わなければならない自分が嫌だった。
 言った事で、自分も変わらないことに気づいて、余計嫌になった。

ここにお前の居場所は無い。そう見せ付けられているようで。 08.04.02

001:わたしのなまえ

 (すべて)であり(なにもない)。それが、わたしの名前の由来の語源。
 妹の名前の由来は簡単。だってあの子の存在こそ現実。
 だけど、あまりにも名が在り方を縛っているように見える。
 「うつ」に在る存在を、目に見える形に(うつ)しとり、現実に存在させるための(うつわ)
 (わたし)に応えて、(いもうと)(よりしろ)にこの世に降った(あらわれた)神。

「『そう厳しい顔をするな、(うつ)』」
 鏡あわせのような半身から紡がれる言葉は、決して半身のものではなく。
 逆らうことは赦されない、絶対的な主のもの。
 『名を、呼ばないでください』
「『呼ぶ名がなければ不便だ。それに心配せずとも現はぐっすり眠っているよ』」
 こうやって自分が出てきているのだから。
 悪びれもせずに神は言う。
 だけれど、名を呼ぶのは本当にわずかな回数だから、空の意志を汲んでくれているのだろう。
 それでも――それでも知られたくない。気づかれたくない。
 知ればきっと悲しむから。気づけばきっと知ってしまうから。
 わたしの存在(こと)なんて、この子は知らなくていい。

 そう、思っていた……のに。

 ぽかんとした顔でこちらを見つめる視線に気づいたときには遅かった。
 いつものように殿上童の姿になって、現が外へ出歩いているときのことだった。
 能登や眞珠(またま)に見つかったらまた怒られるのにと、はらはらしながら後を追っていたわたし。
 じっと見つめる視線に気づいて振り返れば、志津姫がこちらを凝視していた。
 首をめぐらせて現を見やる。
 あの子は気づいてないようで、満開の桜を下から見上げている。
 桜の花は地面を向いて開くから、幹に寄り添うようにして見上げると綺麗に見えると聞いたことがあるから、それを実践してるんだろう。
 もう一度、志津姫を見る。
 視線は現の背を見守る位置だけど、だからってわたしと目が合うのはおかしい。
 まさか……見られた?
 慌てて姿を消そうとすると、彼女の口が動いた。
 大きく開いて、少し閉じて横長に、それからすぼめるように。
 ば・ら・す。
 誰になんていうまでもない。
 しぶしぶ姿を現したままに視線だけは鋭くする。
 それに、反撃しない訳にもいかない。
 あの子にだけは知られるわけにはいかないから。
『こうして、会うのは初めてですね』
 あえて近づき言葉をかけると、彼女は驚いたような顔をした。
『真砂の正統な後継者。――鎮真(しずま)殿』
 さっと顔を青ざめさせる『彼女』。それを見届けてから姿を消す。
 これで大丈夫。
 ここにいる間に不用意なことは言わないだろう。でも――
 桜の下で熱心に見上げる妹に寄り添って思う。
 (げんじつ)よりも、幻日(まぼろし)の姿を強いられる。その在り様は、この子に似ていると思った。

他人に知られるわけにはいかない秘密。今はまだ名乗ることの出来ない、ほんとうの名前。 08.04.09

「題名&台詞100題 その一」お題提供元:[追憶の苑] http://farfalle.x0.to/