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しんせつ

092:偽物の華

 温かな湯に身体を浸して、志津は満足そうな息を吐く。
 湯浴みはやっぱり気持ちがいい。
 最近は外で遊びまわっているから良く汗をかく。汗でべとべとになるのは気持ち悪いが、外を見て回るのは望んでいたことでもあるからそこまで気にならない。
 今日も怒られたことは気にしない。河青が怒るのは仕方ないと思うし。
 土ぼこりをかぶった髪は、茜が丁寧に梳って洗ってくれる。
 志津の入浴に付き添うのは茜だけだ。
 茜は先代当主――志津の父親の龍真――のころから親子で仕えてくれていた。
 だからこそ、着替えや入浴などの世話は彼女にしか頼めない。
 次の春を迎えれば十歳になる。
 後、どれだけ誤魔化すことが出来るだろう?
 父も叔父もがっしりとして大きな方だし、祖父もそうだったと聞く。なら自分もきっと背が高く伸びるだろう。
 今はまだ子どもだからいい。でも、あと四、五年もたてば苦しくなってくる。
 思わずごめんと謝りそうになって口をつぐむ。
 そんなこと茜は望んでいない。
 後継者争いで内部分裂しないようにと隠された「彼」の存在。
 居もしない「妹」を名乗りここにいる自分。
 嘘はいつかばれる。
 それでも――もう少し。もう少しだけは。

国のための偽り。長く続くことも、続けることもできぬと知っているけれど。 08.02.27

012:どうか、忘れないで

 楽しい時間は過ぎるのは早い。
 十日と言う日はあっという間に過ぎる。
 前日、あれだけ祈ったというのに空は憎らしいくらいの快晴。
 大量のてるてる坊主が逆さにつられた軒を忌々しそうに眺めるのは、見るからに不機嫌な志津。
 数少ない「友達」。幻日がいなければ、外に出ることも出来なくなるだろう。
 旅立ちの挨拶をする前にとやってきてくれた幻日は、おろおろと志津の様子を伺うばかり。
 困らせてるのは分かっている。幻日にわがままを言っても仕方がないことも。
 それは真琴相手でも同じだろうことも。
「忘れないでね」
「はい」
 ようやく見せてくれた微笑に、ほっとしたように幻日は返す。
 幻日にとっても、志津は数少ない友達だ。
 あちこちを放浪するということは、仲が良くなってもすぐに分かれることを意味している。
 そして彼の故郷たる都では、同じような年の子どもと遊ぶことは出来ない。
 こっくりと頷いた彼に笑って、志津は人差し指を口にあてる。
「あのね」
 内緒の話。声もひそめてそっとささやく。
「わたしには術がかけられているの」
「じゅつ、ですか?」
「そう」
 軽く頷いて、そこから先を口にするのをしばし戸惑う。
 誰にも話してはいけないときつく戒められてきた。でも、ここまで話してはぐらかすのも変だろう。
「父上が、わたしが悪い人に捕まえられないようにってかけてくれたものなの」
「そうなんですか」
 幻日の顔に理解が広がる。
 都人は呪術とは切っても切れない関係にあると聞くから、彼も分かるのかもしれない。
 今でもさまざまな欲のために呪術が用いられている。
 権力の座にあるものが、禍々しい術から身を守ろうとするのは当然。
 志津の告白も、幻日が暮らしていた場所では普通のことなのかもしれない。
「大人になったら……自分の身を自分で守れるようになったら解けてしまうものなの。だから」
 ひたと瞳を見つめて祈るように言う。
「今のわたしとは代わってしまうかも知れないけど……それでも逢ってくれる?」
 すがるような視線になってしまったかもしれない。
 いつものように即答するのでも、困っておろおろするでもなく、幻日は静かに彼女を見返した。
「わたしも、いつまでもこのままでいることはできないのです」
 小さな唇から紡がれるのは、見た目には程遠い大人びたもの。
「志津姫が『本当』で会いに来てくださるなら、わたしも『現実(ほんとう)』でお会いします」
「ありがとう」
 嬉しかった。きっと本当の姿で会ったなら驚かれるだろう。けれど、会ってくれると言ってくれた。それだけで嬉しい。

 そう、思っていたのだ。あの頃は。
 本来の姿で会ったときに後悔されることはあっても、自分が後悔することになるなんて、思いもしなかった。

再会の約束。今度会うときは真の姿で。それを、忘れて欲しくはなかった――けれど。 08.03.05

035:手のひらをすり抜けて

 その街の印象は、整っていてこじんまりとしているなというものだった。
 緑の山に囲まれた、花咲き乱れる都。
 昨日山越えの際に感じた印象は錯覚だったのかと言うくらい、都は賑わいでいた。
 輿に乗せられ、揺られ続けることは退屈な上に疲れる。
 せめて外が見えたらいいのに、と志津は内心でだけ愚痴る。
 ため息でもつこうものなら、輿の左右を固めている護衛連中に何を言われるか。特に河青はうるさいだろう。
 こうして志津が都に上がることになったのは、義姉の文が嫁いだからだ。
 嫁ぎ先は、なんと昴の二人目の弟である麦の君の元。
 一体どこで見初められたのやら。志津は不思議でしょうがない。
 文が故郷を恋しがっていても、戻ることは出来ない。故に志津が呼ばれた。
 文の気がすむまで滞在しているようにと仰せつかっているせいと、真砂七夜の面子ゆえに、長い長い行列を作ってこの都までやってきた。
 志津としても、一度は行って見たいと思っていたから渡りに船の申し出だったし、暇が取れれば幻日に会いたいとも思ってる。
 会えるといいなと思いながら、志津は仄かに微笑んだ。

 都の桜は淡く、葉が後から出るためにいっそう華やかに咲き誇ると言う。
 けれど、と幻日は思う。
 梓の山桜も、火影の千本桜もとても見事なものだった。
 都よりも濃い紅は、ところどころにある葉の緑でより鮮やかで。
 綺麗なことには変わり在りませんけれど。
 部屋の中から見る桜も綺麗だと思う。
 本当は、木の下から空を見上げるのが好きなのだけど。
 桜の花びらに包まれているようで。夢の中にいるようで。
 立ち上がって外の方へと一歩二歩近づいて、もう一度座りなおす。
 外に出ることは出来ない。
 軽はずみな行動は出来ない。
 昔と違って、自分がどういう存在であるか、しっかり言い聞かされたせいもあるだろう。
 はらりと気まぐれな風が花びらを部屋へと誘う。
 思わず手を伸ばす幻日を避けるように、花びらは着物の柄にまぎれるように落ちた。
 名を呼ばれて幻日は立ち上がる。
 これから『お客様』に会わなければいけない。
 そして――そこで一つまた『終わり』が来る。

「何か」を手にすることはひどく難しい。宙に舞う桜の花びらを手にするのが難しいように。 08.03.12

「題名&台詞100題 その一」お題提供元:[追憶の苑] http://farfalle.x0.to/