意図的と無自覚
「今日のごはんはユーラが作ったの?」
「え……あー、わかる、か?」
「わかるよ」
何気ない口調でいうラティオの声は……すでに甘い。
にこっと笑うと、ああ確かにもてるんだろうなって気はする。
「だって美味しいから」
「なっ」
真っ赤に赤面してどもるユーラは可愛い。
照れてるのはきっとご飯を褒められたから。
同じものを食べてるこちらとしては……うん、下味はちゃんとつけたほうがいいと思う。
食べられるものになってるから、前よりはかなり進歩してるんだけど。
それに、前と違うのは料理の腕だけじゃなくて。
「あ……りがと……な」
照れて真っ赤になって、小さな声でお礼を言うユーラ。
いろんなことがひと段落して、私たちとほぼ同時期にラティオも戻ってきて……ある意味ではすごくにぎやかになった。それ自体は別にいいのだけど……
「……ごちそうさま」
なんかもう、いろんなことに。
ユーラが幸せそうにしてることに意義はない。
ラティオは……元々あんなだったし。
でも、嫌がってたユーラが素直になると、あんなに可愛くなるのかと感心する反面、もう直視するのが辛くなってきた。本当『ごちそうさま』だ。
それから少し。ほんのすこーしだけ、羨ましいなって思う。
あんなふうに言ってくれるラティオとか。ルカは、ほとんど言わないから。
ラティオはユーラのこと、すごく褒めるけど……私はルカに誉められたこと、あんまりない。
あそこまで歯の浮くようなセリフが欲しい訳ではない(言われたくない)けれど、でも少し羨ましい。
愛してるとか好きだ、とか。臆面なくいうんだものね、ラティオは。
と、そこまで考えて思う。
あれ? 私、ルカに好きって言われたことあるかしら?
ない……ような気がする。小さな頃を除いて。
でも、私だってルカに好きって言った事ないような気がする。
気持ちがあふれて、でも言葉にできなくて抱きついちゃったりしてるから。
口にするより行動に出てしまうのは、そういう血筋だって聞いたけど、確かに。
好きだと言われたいけど、言うのは恥ずかしい。
……ルカもそうなのかしら?
つらつらとそんな考え事をしながら眺めるのは、新月に近い、細い細い月。
星を見るために、二人並んで座って。
何度もしたことだけど、シチュエーションは悪くないし、けっこうロマンチックよね。
会話がなくても、この沈黙は心地良くて。
こう『恋人』って感じがしないのは『許婚』だからかしら?
でも……ラティオたちみたいな自分達を想像できないのも事実。
細い月は不安定な自分にも良く似て。でもとても……
「「月が綺麗ね(だな)」」
異口同音の感想。
びっくりして思わず顔を見合わせたけど、おかしさに同時に吹き出す。
婚姻の準備はしっかり進めてますからねとカペラとスピカが張り切ってた。
もうすぐ、私たちは結婚する。
不安がまったくないわけじゃないけど……うんきっと、大丈夫。
似たもの同士は違いない。
久しぶりの兄の帰郷。
それが喜ばしくないわけではないけど、どうしても愚痴になってしまう。
「兄さん。どうにかなんないのかな、うちの両親」
「慣れるか諦めるかしたほうが早いし、楽だぞ」
「楽、かなぁ?」
愚痴る弟に兄は素っ気ない。
青年の兄と違い、まだまだ少年の弟。年の差で見えるものが違うのかもしれないけれど。
「ベルねーちゃんとこのおじさんおばさんはいいよなぁ」
仲よさそうだけど、家みたいにしょっちゅういちゃいちゃしなくってさ。
そう続ける弟に、兄は微妙な顔で言葉を続けた。
「案外、そうともいいがたいかも知れないぞ」
「へ? どういうことさ」
「ベルから聞いた話なんだが」
あくまでも伝え聞きの話(ただし情報源は娘)を教えると、弟はだんだんと萎れていった。
「なんて言うか。勝手にやってろって感じ?」
「だな」
苦手なヒラマメを食べたときみたいに微妙な顔をする弟に同意すれば、何故か恨めしそうな顔で見られる。
「兄さんは他人事みたいに言えるよね。
目の前で父さんたちのいちゃつき見なくていいんだから」
確かに、問答無用でみせられるほうは辛いだろう。けれど。
「夫婦でいちゃつくのに邪魔だからと師匠に預けられたんだがな」
そう思うと、自分の境遇も結構きついものがある。
育ててくれてる師匠は尊敬できるけど、見かけによらずスパルタだし。
兄を羨ましがっても仕方ないと思ったのか、弟はまたのんきな――しかし虚ろな――声で言う。
「ローズのとこの両親いいよね」
「うちの父の妹と、ベルの父の弟だぞ」
いうまでもない事実を告げれば、弟はとうとう沈黙した。
おしまい
アップを忘れていた6周年記念SS。
ゲスト出演の「兄」は、他の作品でヒロインしてます。