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ソラの在り処-蒼天-

【第十話 喪失】 7.ひとり立ち尽くす

 しゅるっと音がして眼前に布が広がる。
 まずは一際大きな石が、それから細かな石がマントに載せられていくのをセティは何もいえず見ていた。
「なんで……人が石になんだよ」
 ぽつりと漏らされたブラウの問いに、手は休めずにリゲルは言った。
「これが『私達』の最期です。
 『壱の神』に最も愛され、世界に最も嫌われた『我々』の」
「世界に嫌われた?」
 鸚鵡返しに問うリカルドにも彼女は普段と変らぬ淡々とした声で返す。
「神の気まぐれで寿命が変わり、死して大地に還ることも赦されない。
 『我々』はそういう存在です」
 すべての破片を集め終えてリゲルは『石』を丁重に包み、抱き上げた。
「……どうするの?」
 視線で示され、当然といったように答える。
「遺体はご遺族にお渡しするものでしょう」
 ずきりと胸が痛んだ。
 この人が死んだのは……わたしのせいじゃないかっ
「予定していたように進むのは危険が高い。
 少し戻るようになりますが、別の宿場町を目指しましょう」
「そうね……セティ立てる?」
 クリオが差し出してくれた手に掴まっても、セティには立つ力すら残っていなかった。
 文句を言う体力ももはや残っていない彼女はリカルドに背負われ、つい先刻とは逆に、一行とぼとぼと道を戻る。
 沈黙は重く、ただ粛々と足を動かして別の街を目指す事しばし。
 突然、彼らに苛立ちが多分に混ざった声がかけられた。
『いい加減に返事をせぬか!』
 リカルドの背に揺られ、うとうとと夢と現に間を彷徨っていたセティがびくりと震える。
「なんだ?」
「なんか聞き覚えがある声だよねぇ」
「どこからしたの?」
 不思議そうに――あるいは青い顔で立ち止まる彼ら。
 しかしリゲルだけは心当たりが合ったようで、声がしたと思しき場所――ミルザムの荷袋――を漁り、小さな袋を取り出した。
「遅れて申し訳ございません。少々込み入っておりまして」
『なんじゃリゲルか。何故無視し続けた。はよう返事をせぬか』
 どうやら声の主は何度も呼びかけていたらしい。
 皆、疲れていた上に考え込んでいて気づかなかったのだろう。
 この特徴的な話し方は、スピカと呼ばれていた女性だろうか?
『それよりも……あの馬鹿はどうした?
 いきなり奇跡を送りつけてこちらは大騒ぎじゃぞ』
 問いに、リゲルが一瞬だけ唇を噛む姿が見えた。
「タチバナ殿は――討死されました」
 声には震えも悔恨もなく。
 ただ事実を告げるだけのリゲルを不満に思うのはおかしいのだろうか。
 原因を作ったのは自分だということは、痛いほどに分かっているけれど。
 沈黙が落ちる。
 どういうことだと詰め寄られたら、どう答えればいいんだろうとセティは思っていた。仲間が死んだなんていわれたら、セティは冷静でいられない。
 そんなこと、想像だってしなくない。
『そうか』
 けれど相手の声もひどく冷静で。
『詳しいことはそちらで聞こう』
「こちらに来られるのですか?」
『野営場所を決めよ。そこへ「飛ぶ」』
「畏まりました」
 淡々としたやり取りは終了し、リゲルは早速地図を取り出して相応しい場所を探している。
「どうして、あんなふうにできるの、かな?」
 小さな声は彼女を背負ったリカルドだけが聞こえる音量。
 彼女を背負いなおしながら彼もまた小さな声で答えた。
「それだけ覚悟してたってことなんだよ。きっと」
 だからって、悲しまないのはひどいと思うのは、わたしの勝手な思いなんだろうか。
 体調が悪いせいで考え事も悪い方へぐるぐると向かっていく。
 これが夢なら、どれだけ良かったか。

 野営場所を決めて、もう一度リゲルがお守り袋を取り出して話をつけると、スピカはすぐに来た。
 景色の一部がゆらりと揺れて、人が現れる。
 転移魔法って、傍からはこんな風に見えるんだなとセティは思った。
 木の幹に背を預けて座っていても、やはり全身がだるい。
 そういえば、ノクスさんも辛そうにしてたっけと思い出す。
 リゲルからミルザムの最期の様子を聞いているスピカは一貫して取り乱した様子は見られない。父と兄がいなくなったと聞かされたときの母は、ここまで落ち着いていなかった。
 家族と同僚では違うのかもしれないけれど。
 差し出されたマントに包まれた石――見た目は石だけど『遺体』なんだ――を確認して、スピカはようやく表情を変えた。
「――馬鹿者が」
 ほんの少しだけ顔をしかめて、突き放すように。
「ご立派な最期でした」
「それこそ――あやつには似合わぬ。慶事の前に弔事を起こしてどうする」
 何でそんなことを言うんだと……言いたかったけど言えなかった。
 言葉も表情もつっけんどんだけど、彼女はマントごと中身をきつく抱きしめていたから。
「マタマ殿」
 気遣うようなリゲルの言葉に、彼女は小さく息を吐いた。
 その姿が、まるで泣いているようで。
「ごめんなさい。わたしが悪いんです!」
 気づけば声に出して謝っていた。
「わたしを庇ったせいでミルザムさんがっ」
「……責任を感じることはないよ。あれは任務を果たしただけじゃ」
「任務?」
「目の前で言ったではないか。『奇跡』を渡すようにと頼んだであろう?
 機会があればと狙っておっただけじゃ」
 そう言われてようやく気づく。
 ミルザムはセティを庇ったのではなく、あの時『セレスナイト』が持っていた『奇跡』を奪うために飛び出してきたのだと。
 立ち位置による見方一つで変わってしまう。
 スピカが言うように後者なら、攻撃を避けきれなかったミルザムの責任ということになる。
 けれど、それではなんだか納得できない。
 彼の行動がどういう理由からにせよ、結果的にセティは助かったのだから。
「でも……わたしは助けてもらったから。
 せめて仇はとります! 絶対絶対、魔王を倒しますから!」
 勢い込んで言うセティに、しかし彼女は首を振った。
「わらわは仇討ちを望まぬよ」
「え?」
「武士ならそれを望むか……仇討ちをせねばならぬのやも知れぬがな」
 ちらとリゲルを見て言うと、不満そうながらも彼女は頷いた。
「同僚のよしみで悲しみはするが……誰も彼も不幸に過ぎぬ」
 どうして?
 だってお母さんは泣き止んでくれたのに。
 父さんとお兄ちゃんが帰ってこれなくなったとき、魔王を倒すって言ったら泣き止んでくれたのに。
「だ、だってそんなのっ 魔王がいたから全部」
 魔王がいたから父さんは旅に出なきゃいけなくなって、だから家に帰って来れなくなって。なのに、どうして魔王を倒しちゃいけないの?
 信じられないという表情でスピカを見るセティ。
「それはそなたの価値観であろ?」
 突き放した言葉にセティは青い顔で黙り込む。
 リゲルはそんな彼女をじっと観察していた。
 良くも悪くも――似ている。義兄と。
 セティはかつて、『知らずに流されるだけは嫌だ』と言った。
 けれど……自分に都合がいい情報だけを鵜呑みにしていないだろうかとリゲルは思う。それこそ義兄のように。最後には何のためにこんなことになったのかと嘆かなければいいけれどと思わなくはない。
 黙りこくったセティをしばし眺めていたスピカだったが、ついと顔を逸らして告げた。
「わらわは戻る。リゲル、そなたも帰還命令が出ておるぞ」
「え」
「ええっ」
 驚きの声はセティとリカルドが漏らした。
「どなたの命令ですか?」
「真砂七夜からの言付けじゃ」
「殿が?」
 ほんの少し驚いた顔をしてリゲルは考え込む。
「分かりました、戻ります」
「りっちゃんいなくなるの寂しいよー」
 真っ先にリカルドが泣きを入れるが彼女は無視。
「……元気で」
 微笑んでみせたクリオには深く頭を下げて挨拶する様子を見て、リカルドがまたいじける。
「皆様もお元気で」
 その言葉だけを残して、スピカが来たときと同じようにあっという間に帰って行った。

「あーあ、りっちゃん帰っちゃったー」
「仕方ないでしょ」
 一際残念そうにリカルドがいい、宥めるようにクリオが笑う。
「早いけどもう休む? 今日はいろいろあったし」
「そのほうがいいだろ」
「うんうん、疲れたよ。姐さん癒して」
「馬鹿言ってないの」
 いつもの様子にすっかり戻ってしまった仲間の輪に入ることなく、セティはぼんやりと空を見上げた。
 考えることに疲れてしまった。身体もだるいし。
 睡魔に身を任せることにしてそのまま目を閉じる。
 起きたらきっと、もう少しマシになってる気がする。
 それが自分の心か、状況かは分からないけれど……どんな小さな希望でも構わないから縋っていたかった。