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ソラの在り処-蒼天-

【第九話 襲来】 5.奪われた『奇跡』

 戦いは三ヶ所に分かれてなお激化していた。
 あたりに響く剣戟の音。
 一際激しいのはダイクロアイトのところ。
 人数的には三対一なのに、白い騎士はまったく引けを取っていない。
 サビクのところは一進一退。そして――二対一なのか一対一なのかよく分からないが、リゲルは善戦している。
「どうして……助けてくれるわけ?」
 訝しげなリカルドの台詞に、少しだけセティの肩が揺れた。
「失礼な。我らはそう恩知らずではないわ」
 女性は前を向いたまま不満そうに答える。
 その言葉が、ぐさりと突き刺さった気がした。
 人を疑うなんて。
「兎にも角にも、隙を見つけて撤退せねば。
 犠牲を出さずに済むに越したことはなかろう」
「それには賛成。けど、逃がしてくれるかな?」
「手はある」
 気弱なリカルドに女性は軽く言う。
「じゃが、こう分けられておっては出来ぬ」
「なるほど。一ヶ所に集まらないとって訳ね」
 納得した様子でリカルドは笑い、すぐ苦笑に変わる。
「じゃあ見てるしかないって訳かぁ」
 僕らじゃ足手まといにしかなりそうもないし。
 普段なら即座にそんなことないと反論するセティは沈黙を保つままで。
 下手に動くことも出来ず、三人は戦いの様子をただ見守った。

 最初に負わされた傷が痛い。
 肉体的な痛みではなく、戦局的な負担として。
 仲間と女戦士、二人の助力を得ても目の前の白騎士とは互角。
 『聖騎士』だと思っていた。
 だが、『聖騎士』ならば何故自分を襲うのだろうとダイクロアイトは考えた。
 国家間の利害関係はあれど、今は一致団結して共通の敵――『魔王』を倒す必要がある。
 だというのに、旗振り役のソール教会が自分を襲う理由があるのか?
 ――否。
 ならば『勇者』を害すことによって得をする相手は?
 決まっている。
 『魔王』を頂く魔物たちだ。
「貴様ら、魔物か!!」
 ダイクロアイトの叫びに騎士は答えることはなく。
 そして追撃の手を緩めることもなかった。

 一番戦いを有利に進めていたのはリゲルだろう。
 セティの目は彼らから離れることなく、その戦いぶりをまぶたに焼き付けるかのように凝視していた。彼女と敵対している騎士が庇っているのが『魔王』だということもあったかもしれない。
 本来、とても有利な状況のはずなのに『魔王』もまた動かず、セティと同じようにただ戦いを眺めていた。
 『魔王』の数歩先で繰り広げられている剣戟はどこよりも激しい。
 分厚い鉄板のない鎧の隙間や間接部分を狙って繰り出されるリゲルの剣を弾くように繰り出される騎士の剣。
 しかし剣同士は触れることなく、また別の場所をリゲルの剣が狙う。
 剣舞のようだ、なんてのんきな感想をセティは抱いた。
 はたで見ている分には優美な舞に見える。
 剣と剣がぶつかり合う金属音もないが故にそう思ったのかもしれない。
 戦いの際、鎧の有無は大きい。
 いくらよく切れる剣とはいえど、鉄板を切り裂くことなど出来はしない。
 剣の材質が違ったり、魔法でもかけてあれば別かもしれないが、そもそも鉄を切り裂くような膂力が人間にはないだろう。
 だから、状況的にはどう考えてもリゲルの不利は否めない。
 なのに……何故、リゲルが押しているように見えるのだろう?
「何を、考えていたのです」
 押し殺すような。でもはっきりと聞こえるのはリゲルの声。
 彼女にしては珍しい、怒りの滲む声。
「何を考えて、そんな所にいるのです」
 ぴくりと、騎士の持つ剣が震えたように見えたのは気のせいだろうか?
「何をしている!!」
 響いた怒声は最初に聞いた騎士のもの。
 それに反応したのは――『魔王』だった。ゆらゆらとおぼつかない足取りで、自らを庇っていた騎士から離れ、何事かを呟いた。
 巻き起こる突風。いや、旋風。
 一箇所を中心に風が巻き起こり、クリオたちが巻き込まれて弾き飛ばされる。
 まるで、少し前のセティのように。
「姐さん!」
 たまたま近くに飛ばされてきたクリオは地面に右肩をぶつけ、少し離れたところに落ちた戦士は背中を強打した。
 元いた場所に取り残されたのは、勇者ダイクロアイトただ一人。
『ね、かえして?』
「なんのことだ」
 小首を傾げて問う『魔王』。
 地面に打ち付けられ、満身創痍な『勇者』はそれでも『魔王』に屈しない。
『もってる、でしょ』
 相変わらず感情の読めない顔で話す『魔王』。
『「奇跡」』
 ぽつりと漏らされたそれに、ダイクロアイトの顔がこわばる。
『ぼくの』
 すっと伸ばされる手。
 ダイクロアイトに向けられるそれは、まるで倒れた彼を助け起こそうと差し伸べているようにも見えて。
『だから。かえして、ね?』
 刹那、世界が揺れた気がした。

 ――寒い。
 かつて感じたことのあるそれに、セティは知らず自らの肩を抱く。
 どくどくと脈打つ心臓。
 誰も彼もがその雰囲気に飲まれてしまったかのように、周囲から音が消える。
 『魔王』がさらに手を伸ばす。
 ダイクロアイトの体がほのかに発光した気が、した。
 苦しそうな彼のうめきに、しかし誰一人として動くことは叶わず。
 絶叫と共に、ダイクロアイトの体から一際強い光が飛び出た。
 周囲を囲む森の緑にも埋もれることのない、とても綺麗な新緑の光。
 一片の赤を含んだ、妖しい光。
「『奇跡』」
 ぽつりと漏れた声は誰のものだったろう?
 慌てたようにこちらを振り向くリカルドの姿に、発言の主は自分だったのかとセティは他人事のように思う。
 限界だったのだろうか、前へと倒れるダイクロアイト。
 緑の光は『魔王』の差し出した掌の上へと向かい。
「させるか!」
 横から来たサビクに掻っ攫われた。
「貴様!」
「奪われてたまるか! これ以上!」
 仕掛けてくる騎士の剣を巧みに避けつつ叫ぶサビク。
「奪われたものが戻らないのなら、もう二度と奪わせはしない!」
 悲痛な声で怒鳴ってダイクロアイトを蹴り上げた。
 ってえええっ!?
 どれだけ力を入れたのか、飛ばされた勇者様は仲間の戦士の上に着地し、二人揃って目を回す。
「その通り」
 サビクに応えたのはリゲル。
「これ以上など許しはしません。
 今の我々は一色殿の配下。彼の……我らの主が誰かなど、言わずとも知れるでしょう」
 静かな声で呟く彼女が、どこか寂しげに見えたのは何故だろう。
「セレス!」
「無事か?!」
 怒鳴り声が聞こえたのはその時だった。
「ブラウ?!」
「遅いわ馬鹿者!」
 びっくりしすぎで素っ頓狂な声を出すセティと違い、女性は忌々しそうに怒鳴った。
「とっとと加勢せい!」
「ああもう人使い荒いな本当! 俺は文官だっての!」
「やかましい! それを言うならわらわは侍女じゃ!」
 女性と言い合う男性もやはり青い髪。
 立ち止まったと思ったら、やはり少しの詠唱だけで雷を放った。数条の雷は騎士の一人を直撃し、サビクと相対していた騎士に間合いを取らせる。
 これ幸いとばかりに距離をとるサビクは、牽制しつつこちらへと逃げてくる。
「無事か?」
「うん、わたしは。っていうかリカルド癒して!」
 ようやく来てくれた回復役に怪我人の治療を頼んでいると、追加で来た男性がまだ倒れていたダイクロアイトたちをずりずりこっちに引っ張ってきた。
「それは後だ後! (つつみ)! 撤退するぞ!」
 彼の呼びかけにリゲルは剣を振るい、それを避けた騎士を蹴飛ばした。
 って、どうしてこの人たち足癖悪いの?!
「自らの器も考えず、相手を変えたが故の不始末」
 倒れたままの騎士を見下ろすリゲル。
 対してダメージも受けていないはずなのに、騎士は動く様子を見せない。
「わたしは、守るべき方を……守りたい方を見失わない。その方法も」
 凛とした言葉は力強くて、何故だか怒られている気がした。
「鼓!」
 再度の呼びかけにリゲルが大きく跳んでこちらに戻る。
「離れるなよ!」
 男性の注意と同時に全員を囲む形で光が奔った。
 眩しすぎる光に堪えきれず目を閉じる。

 体がふわりと浮くような感覚。
 耳が音を拾うことはなく、けれど暴風の中立ち尽くしているような圧力だけは感じる。
 ふいに、圧力を感じなくなった。
 おそるおそる、閉じていた目を開ける。
 家の中、部屋の中央で赤々と火が燃えていた。
 まるで野営のときの焚き火のような柔らかな火が。
 知らない場所に連れてこられたことよりも、助かったという気持ちが強くてセティはその場に座り込んだ。

 なんだかすごく大事なことを聞いた気がする。
 聞かなかったことにしてはいけないことを。
 それから、見逃してはいけないことに気づいた気もする。
 けれど――それらを追求することはしたくなかった。
 今までのいろんなことが壊れてしまいそうで。