1. ホーム
  2. 第十話 1お話
  3. ソラの在り処-蒼天-
  4. 第十話 1
ソラの在り処-蒼天-

【第十話 喪失】 1.回る歯車

 ぱちりと爆ぜた火の粉に、ようやくセティは意識を戻した。
「ここ……?」
「一応避難所、かな」
「あ」
 きょろきょろと辺りを見回す彼女に応えたのは、声変わり前の子供の声。
 どうぞと差し出されたのは取っての無い陶器製のカップ。
 お礼を言って受け取って、促されるままに少しだけ口に入れる。
 苦いけれど、ほんのり甘いお茶。
 温かなそれにほぅっとため息が漏れた。
「おちついた?」
「うん……ありがとう」
 改めて室内を見てみれば、結構な人数がいた。
 セティたち四人とダイクロアイトたち二人。それから、ノクスとリゲルたちを含めた七人。
 でも、元気そうな人間は少ない。
 意識がないようにぐったりしているのはダイクロアイトと仲間の戦士。
 ノクスとサビクは重傷を負っているのか、顔色が悪い。
 女性――スピカと呼ばれていたと思う――に叱咤されて、術士風の男性――ミルザムだったと思う――が怪我人に近寄って、なにやら術をかけている。
 白い光が掌に集まって、ダイクロアイトの怪我が見る間に治っていった。
 それを見て、慌ててブラウもクリオやリカルドに回復魔法をかけてる。
 ああ、助かったんだなって。ようやく実感すると、なんだか力が抜けた。
「そっちも襲われたの?」
「そっちも……って」
 プロキオンの軽い問いに、意味を図りかねて問い返す。
 と、横手から辛そうな応えが返った。
「やられたよ」
「ノクスさん!」
 隣で心配そうにしているポーラに半ば支えられつつ、ノクスは上半身を起こしていた。顔色もひどく悪い。
「大丈夫ですか?」
「マシにはなった」
 本人はそう応えるものの、大丈夫そうには見えない。
 現にポーラは心配ながらも少し怒りのこもった視線を彼に向けている。
「一体、何が」
「その前に。スピカ、ミルザム」
 ぱんぱんと手を叩くプロキオン。
「そこの二人、癒してからあの街に戻しておけ。
 確か連れがもう一人いたろう? 立ち入らせない方がいい」
 そういえばと思い出す。あの術士の女性は一人だけ町に残っているはずだ。
「畏まりました」
 心配してるんだろうなと思っていると、怪我はとっくに癒し終わってたらしい二人をミルザムが持ち上げて、スピカがなにやら術を紡ぐ。
 地に描かれる魔法陣。そこから光があふれた。
 眩しさに目を閉じ、改めて開くと、もうそこに彼らの姿はなかった。
「転移魔法……」
「君達、一体」
 呆然としたセティとリカルドの言葉に、プロキオンはひょいと肩をすくめて返す。
「ボクらは『僕ら』としか言い様がないんだけど」
「そうね……『あなた達』は種族名を持たないものね」
「そういうこと。
 で、互いに聞きたいことはあるよね?」
 彼の問いかけに、セティたちは顔を見合わせて……それから頷いた。

「魔物を追いかけていって、門近くで戦って……何とか門を閉じることは出来たんだけど。逃げていく魔物を追いかけていったら……待ち伏せされてた」
 なるべく覚えていることを訥々と語るのはセティ。
 他の人間は、ただ話に耳を傾けている。
 ぱちりと火が爆ぜる音は、部屋の中央に設置された『イロリ』のもの。
 車座になって火を囲むのは、なんだか野営をしているような錯覚に陥る。
「おびき出されたって訳か」
「……うん。いつの間にか、追いかけてた魔物はいなくなってて」
 思い出すと腹立たしい。
 見事に敵の思惑通りに誘い出されていたのだから。
「待ち伏せしてたのは、ラティオさんに似た人だった。
 目の色が金と銀だから、本人じゃないっていうのはすぐに分かったんだけど」
 ちろりと相手――ノクスやプロキオンの様子を伺う。仲間に似た相手が敵対してる、なんて聞いて、気分がいいものじゃないだろうし。
 そういえばと思い出して、自分以外に前にも会ったことのある相手に話を振る。
「リゲルは知ってるよね?」
「……ええ。あの街で見えた相手と同一人物です」
 リゲルが答える前に一瞬の間があったことにセティは疑問を抱かなかった。
 が、リゲルの返答にブラウ以下仲間達はそれぞれセティに視線を向けた。
 あるものは怒りに、あるものは不服そうな目で。
 運良くというか悪くというか、セティはそんな視線に気づかず、言葉を続ける。
「その人、後から追っかけてきた聖騎士みたいな人たちに『魔王』って呼ばれてた」
「ふーん『魔王』ねー」
 へーとかほーとか、だいぶやさぐれたように言うプロキオンに、クリオが問う。
「それで、そっちはどうなの?
 何かあったことは確かみたいだけど」
「ああ……うん。あの時」
「そのまま、あなた達の後を追おうとしたの」
 困ったようにぽりぽりと頬をかきつつ応えた彼の言葉を、静かな娘の声――ポーラが引き継いだ。
「でも、ルカが『陽動かもしれない』って言ったから、反対の門に向かったの」
 ルカって誰と思ったけれど、口は挟まない。けれど……あの状況ですぐに『陽動』の可能性を思いつくあたりがすごいと思う。
「そうしたら、案の定魔物が侵入しようとしてて、倒してたらあの白騎士たちが来たって訳」
 あー嫌だ嫌だとばかりに首を振るプロキオン。
 その様子はただの子供にしか見えないけれど……『ただの子供』じゃないのは、今までのやり取りでよく分かってる。
「そう。なんで騎士は貴方達を襲ったのかしらね?」
 探るようなクリオの問いに、やっぱり来たかというように目を伏せ。
「それは……」
「俺が持ってた『奇跡』を奪うためだ」
 プロキオンが言うより早くノクスが口を開いた。
「ルカ」
 咎めるようなポーラの声に、ちらと視線を向けたものの、彼は話を続けた。
「で、次はあっちの『石』をとか言ってたからな。こいつが援軍を送り込んだって訳だ」
 こいつと指差されたプロキオンは不承不承頷く。
 なにやらぶつぶつ言っているが、こちらまでは聞こえない。
 けれど、一番気になるのは。
「え? ノクスさん『奇跡』持ってたんですか?!」
 素っ頓狂な声が出てしまったけれど、セティの疑問はもっともなもの。
 だって、ポーラさんを助けたいから『奇跡』を探してたんじゃないの?
 自分が持ってたんなら、そんなことしなくても良かったんじゃ?
 あ、それとも数が要ったとか?
「……ああ」
「ルカ」
 一拍、返事の遅れたノクスにポーラの固い声。
 聞きたくない事を聞かれたのだろう。ノクスはさりげなく視線を外している。
「……ルカ」
 再度の呼びかけ。むっとしてるけどポーラはとても心配そうで、セティはなんだか思わずごめんなさいと謝ってしまいそうになる。
 彼女だけでなく、何も言わない周りの視線も痛くなったのか、ノクスは小さな声で答えた。
「……現在進行形で」
「は?」
 すっとんきょうな声はセティの斜め後ろにいたブラウから発せられた。
「盗られてただろ、紫の!」
「一時的に二つ持ってたんだよ」
 言わないわけにはいかないから仕方なく、といった様子でむすっと答えるノクス。
 セティの『持っていたのか』という問いに『現在進行形で』と彼は返した。
 そして、『一時的に二つ持っていた』ということは――
 今も『奇跡』を持っているということ。
「てめえら、何のために『奇跡』を集めてる?」
 自身も教会に所属しているためか、問いかけるブラウ。
 視線はきつく、ノクスとポーラを射抜いているが、それすらものともしないのほほんとした横槍が入った。
「教会への嫌がらせだよ」
「……は?」
 予想外の――とは言えないかもしれない。散々教会嫌いを主張されてきたのだから――言葉を聞いて、問い返すブラウ。クリオやリカルドも怪訝そうにしてる。
 けれど、プロキオンは意味ありげにブラウを見返した。
「君なら分かるんじゃない? 誰がボクらの敵か、なんてさ」
 てっきり、そんなの知るかって言い返すと思っていたブラウは沈黙を守り、ただただまだ子供の姿をした彼を見返した。
 なんだろう? ブラウは、何か知ってるんだろうか?
「本当にあいつらには、口に出すのも腹立たしいほどに色々遺恨があるわけさ」
 ああもう嫌だねーと言っておいて、プロキオンはセティの顔を覗き込んだ。
「で、君はどうするの? 多分絶対に奪いに来ると思うけど?」
 視線で示されるセティの左手。
 ここまでされるからには――きっと本物なのだろう『奇跡』。
「……どうもしないよ。私が『奇跡』を持っていれば……『魔王』はそれを奪いに来るんだろ? なら、持ってる」
 その分、『魔王』が他人を襲う確率が減るかもしれないから。
「んー。渡してもらえる方が良かったんだけどねぇ」
 不穏な言葉にブラウが色めき立つ。
 力ずくで奪い取るつもりかと問う前に、プロキオンは仕方ないといった様子で腕組みした。
「まあ地道に説得すればいいか」
「は?」
 あれ? なんでそんな話になるの?
 話についていけないセティを他所に、プロキオンは未だ倒れてうなされているサビクに視線を向けて、にっこり笑った。
「じゃあ、説得要員として――」
「私が残ります」
 声は入り口側からした。
 一体何時戻ったのか、そこに立っていたのは二人の男女。
 小さく挙手して立候補をしたのはミルザム。
「……なんでお前が?」
「読みに関しては、もうノクティルーカも十分以上に及第点ですし。口が回るのがいたほうがいいでしょう?」
 彼の言葉にプロキオンもしばし考え、それもそうかなどと呟いている。
 けれど、異議を申し立てたい。
「ちょ、ちょっと待ってよ! 何を勝手に」
「勝手についていくだけだから心配するな」
「そういう問題じゃ」
 論点が違うと騒ぐセティにまったく構わず、プロキオンは淡々と命令を下す。
「リゲル。遺恨を晴らしてきなよ。そもそも……使命なんだよね?」
「ええ。分かっております。ご心配なく」
 こっちはこっちでなんだか意味深な話をしてるし!
 反対意見を募ろうと仲間を見やるセティだったが。
「まあ……りっちゃんはなんかもう……いてくれたほうが」
「心強いわよね」
 ぽりぽりと頬をかきつつのリカルドや、頷きつつ賛成するクリオを見ている限り、無理っぽい。
 うん。リゲルが強いことは分かってるし、今日もあの時も、助けに来てくれてなきゃ困ったのは確かなんだけど!
 セティが反論を述べるまもなく、強制的についてくるらしいミルザムの先導でシックザールに戻ることになった。
 ……ダイクロアイトが話があるという、その伝言さえなければ無視できたのだけれど。