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ソラの在り処-蒼天-

【第一話 旅立】 1.そして新たなる歴史へ

 覚えているのは旅立ちの前の夜。
 眠っているわたしの頭をぎこちなく、でも優しくなでてくれた大きな手。
 それが、父さんの最後の思い出。

 まぶたの向こうから光が差し込んでくる。ついで聞こえる鳥の鳴き声。
 眠い、すごく眠い。
 春の日差しは暖かで、いつまでもまどろんでいたい気持ちが勝る。
 だけど起きなきゃ。
 もぞもぞとした動きが止まったと思った瞬間、ばさりとシーツが翻る。
 その原因を作った本人は、シーツが落ちるまでの間にベッドから飛び降りて、慌てて身支度を整える。
 さっさと着替えてしまわないと、またベッドの誘惑に負けてしまいそうになる。
 動きやすいシャツにズボンに着替えて、日課の走りこみに出かけた。
 商店街を抜けるいつものルートを走って、それから裏庭で木剣を使った素振り。
 いつの頃からか日課になったトレーニングを終わらせて、共同井戸に水を汲みにいく。
 顔を洗って汗をぬぐい、大きな声で呼びかけつつ台所に向かう。
「おかーさんおはよう」
「おはよう。今日は少し早いわねセティ」
 挨拶に母親は微笑みながら返し、食卓では祖父がゆっくりと白湯をすする。
 セティが席に着くとまもなく食事が運ばれてきて、大きなテーブルに少し寂しい量の食事が並ぶ。
 大きなテーブルに椅子は五つ。座ることがなくなった席が二つ。
 この家のいつもの風景。――五年前からの『日常』。

 東大陸(アスール)の強国といえば、北の雄セラータと、騎士の国との誉れ高いここフリストがあげられる。
 フリストの首都フェルンはこの大陸でも有数の大都市だ。かつては大陸中の騎士が憧れたという士官学校があり、今では人々の希望の地として名を馳せている。
 フェルンが希望の地と呼ばれるのは『勇者』オリオンの存在が大きい。
 ここ最近魔物が活発化し、町や村への被害が倍増していた。
 またソール教会が『魔王シャヨウ』なる者から宣戦布告を受けたとのうわさもあり、魔物に滅ぼされる街も出てきた。
 そこで立ち上がったのがフリスト王の命を受けたオリオン。
 普段人当たりの穏やかな彼は、こと戦いとなると人が変わったように強く、いくつもの街を魔物の手から救ってきた。
 五年前、オリオンは息子一人を伴い魔王退治の旅に出発し、その二年後――愛用していた剣だけが家族の元へ帰ってきた。
 オリオンの訃報は大陸に瞬く間に広まり、希望は潰えたかに思われた。
 だが、葬儀の席でただ一人希望を失わなかった者がいた。
「大丈夫だよ、わたしがシャヨウを倒すから」
 泣き伏せた母をそういって慰めたのは小さな子ども。

 誓いはいつもここにある。
 幼き日の誓いを胸に、かつての子どもは王城へと向かう。
 今年、ようやく十六になった。フリストで成人と認められる年に。
 誰もが無理だといった。本気にする大人はほとんどいなかった。
 けれどセティは諦めなかった。
 父の友人達に頼み込んで剣を習い知識を詰め込み、鍛錬に明け暮れた。
 去年の御前試合で優勝を果たしたことで周囲に認めさせた。
 少なくとも、旅立つことを反論させない程度には。
 謁見の間で改めて旅立つことを宣言すると、国王は重いため息をついた。
「どうしても、行くか」
「はい」
 間をおかず応えるセティに寂しそうな笑顔で王は笑った。
「まったくそなたも強情だな。そういうところはオリオンに似ずとも良いのに」
「お言葉ですが、強情さでは母は父に勝ります」
「そうであったな。イルゼはオリオン以上の強情者だ」
 ひげを蓄えた初老の王は、いかつい見た目の割りにずいぶん気さくな人柄をしている。
 かつて王子であった頃にオリオンと剣を交わした親友だという。
 小さい頃のセティは身分の事など分からなかったから『お父さんの友達の小父さん』の気持ちが抜けきれない。
「そのような細い腕で何が出来る――と言いたい所だが、あの御前試合を見せられては文句も言えぬ。旅立ちは認めよう。
 フリストの名に於いて、魔王を退治せよ。勇者オリオンの娘、セレスタイトよ」
「はいっ」
 満面の笑みで返すセティに、王は苦笑を漏らす。
「だが、そなたは生きて帰るのだ。必ずな」
「……はい」
 今度はさすがにセティも神妙に返す。
「そのためにはわしに出来ることはしよう。オリオンに化けて出られても困る」
「王様……」
 気遣いがとても嬉しい。
 自分が魔王を倒すといったとき、みんなが本気にしなかった。
 女の子なのにそんなことする必要がない、と。
 気持ちじゃ誰にも負けないし、同年代相手なら負ける気だってしない。
 事実、御前試合でそれを証明した。
 でもそれでも足りない。
「一人で旅に出ることは許さん。オリオンも息子――お前の兄を連れて行った。
 仲間を集めて行け。西町のルイーゼが力になってくれるだろう」
「はい」
 応えつつも、兄のことを言われると暗いものが渦巻く。
 なぜ父は兄を連れて行ったのだろう。
 武芸に秀でていたわけではない、穏やかな兄。
 あの時のセティはまだ小さくて、連れて行ってもらえるなんて思っていたわけではないけれど、それでもなんだか悔しかった。
「それともうひとつ」
 王の言葉に、控えていた文官がセティの前まで歩み出てきた。
 深紅の布に載せられて、恭しく持ってこられたのは小さな石だった。
 いや、小さいとは一概に言えない。
 親指の爪ほどの大きさのそれは、琥珀色をした宝石だった。
「これは?」
「『奇跡』だ」
 セティの問いに返るのは端的な言葉。
「奇跡?」
「遥か昔、神は人々に奇跡を授けられた。
 それは十二の石に分けられ、同数の人々によって守られている――」
 再度の問いに、大臣が神妙な顔で諳んじるのは、どこかで聞いた昔話。
「我がフリストに『これ』があることは知られてはおらぬ。ソール教会にもな。
 しかし、此度ばかりは使わざるを得ぬだろう」
 本当のことなんだろうか? 伝承の域を出ない作り話だと思っていたのに。
 改めてまじまじと宝石を見やる。
 宝石のうちに宿る冷たい光が、どこかとても恐ろしい。
「左手を前に」
 促されてセティは恐る恐る左手を出し、『奇跡』にかざす。
 最初に感じたのは暖かさだった。
 それから、冷たいものが入ってくる感覚。
 慌てて手をどけると、深紅の布にあった筈の宝石は消えていた。
 左手をまじまじと見てみるものの、何も変わった所は見受けられない。
 そんな彼女を厳しい顔で見つめていた王は、もう一度無事で帰るように念を押して、セティに退室するよう告げた。

 城からの帰り、セティは東町の教会まで足を伸ばしていた。
 正確には教会ではなくその裏手の墓地が目的地。
 家に向かうには逆方法だが、やはり報告はしておきたい。
 それに今の時間ならいないはずだし。
 脳裏をよぎった『嫌な奴』を見ることがないように祈るセティ。
 しかし、神様はセティよりもそいつのほうに微笑まれた。
「何やってんだセレス」
「……ブラウ」
 うげぇっとあからさまに嫌な顔をするセティ、にブラウはいつもの仏頂面で問い返す。
「で、何してんだ。そんな怪しい格好で」
「怪しくなんてない!」
 セティの反論にブラウは聞く耳持たず、さっさと先を歩いていく。
 そのまま黙ってさりたいところだが、ブラウの行き先はセティの目的地。
 仕方なく嫌々ながら、セティはブラウの後を追った。
 彼は教会のデルラ司祭の養子だ。
 短く刈り上げた黒髪と紺色の目をもつ、セティより二つ上の十八歳の青年。
 神官にしてはがっしりした体格、おまけに少々きつい目つきに性格があいまって、ソールの神官と言われても信じる人は少ない。
 セティ自身が疑ってる一人でもある。
 だって聖句はろくに言えないし、デルラ司祭がしてるお勤めだってまともに手伝ってないんだもん。
 思えば第一印象から悪かった。
 セティが初めて彼に会ったのは八年前。何を話したかは分からないけれど、取っ組み合いのけんかになったのは良く覚えてる。
 それでも、兄とは仲良くやっていたのが不思議だ。
「また墓参りかセレス」
「そうだけど。
 何度言えば分かるのさ、わたしはセティ! セレスはお兄ちゃん!」
「セレスタイトならセレスでもおかしくねぇだろ」
「だーかーらお兄ちゃんの愛称がセレスなんだってばっ」
「墓で騒ぐな、着いたぞ」
 騒がせてるのは誰だと文句を飲み込んで、セティは墓の前に立つ。
「お父さん、お兄ちゃん、来たよ」
 空の墓だと分かっていても、セティは話しかける。
 今日王様に会ってきたよ。
 なんとか旅に出ることを許してもらえたよ。
 わたしがいない間、おじいちゃんとお母さんをよろしくね。
「旅立ち前の挨拶ってか。殊勝なもんだな」
 つっけんどんなブラウの物言いに、怒るよりも先に嫌な予感がしてセティはだんまりを決め込む。
「大方城からの帰りだろ。ンな目立つサークレットつけたままにしやがって。
 それ着けてるってことは国の代表ってことだぞ、分かってんのか?」
 駄目駄目反応しちゃ。絶対難癖つけられる。
 額のサークレットは王様から賜ったもののひとつだ。
 ブラウが言うように、サークレットを持つということは重大な任務を帯びていることの証――今の世なら、さしずめ『勇者』の証といったところか。
「どうせお前一人で旅に出る許しなんか得られねぇだろ」
 言うことがいちいち的を射ている。
 でも反応したら今までの我慢の意味がなくなる。
 平常心平常心。
 自らに必死に言い聞かせるセティ。
「だからオレも連れてけ、っつーかついてく」
「なんでさッ?!」
 先ほどまでの我慢もどこへやら。
 叫んだと同時に立ち上がり、セティはブラウにまくし立てる。
「なんでブラウがついて来るのさっ
 遊びじゃないんだよ、魔王倒しにいくんだよっ」
「そっくりそのままお前に返す。
 じーさんと話は済んでるし、大体お前回復魔法使えるのか?」
「うっ」
 自慢じゃないが、セティは魔法に弱い。
 誰でも使える――呪文の丸暗記で使えるような明かりの魔法でもたまに失敗するくらいひどい。
 城仕えをしていた祖父が読み書きを教えてくれて、最低限は出来るようになったものの、セティはおとなしく勉強するのが苦手だ。そのツケともいえる。
「他の連中は……ルイーゼに頼るってとこか」
「なっ なんでそう思うのさッ」
「流れ者や冒険者の斡旋で一番信用があるのがルイーゼんとこだろ。
 ってかやっぱ当たりか」
 しまったとばかりに口を押さえても遅い。
 そのままブラウはさっさと先に行ってしまう。ルイーゼの店に。たぶん間違いなく。放っておきたいような、放っておくと余計まずいことになりそうな。
「あーもうっ 待てよブラウッ」
 結局セティは小走りで彼の後を追った。