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2番目の、ひと

【Step4 誤解と和解】 4.トラップ

 椅子を蹴立てて立ち上がったのはサキでした。
「サキ?」
「行って見よアーサー」
 そう言って急かされます。
 ええ確かに僕も興味はありますけど、でもこういうときの野次馬ってすごく迷惑なんですよね、兄さんの話によると。
 僕としてはそういうひとたちの邪魔になるようなことはしたくないです、が、そういったところでサキが引くとは思えませんので、おとなしくついていきます。いざとなれば止められますしね。
 その場で立ち止まってみている人、僕たちのように現場のほうへ向かっている人と、生徒の反応はさまざまです。
 現場へ流れている人たちの後に、僕たちもついていきます。こういうときの野次馬根性っていけないんですけどね。
 煙はだいぶ細いですが、それでも『煙が立っている』時点で結構燃えているんじゃないんでしょうか?
 ある程度近づいた頃には煙はもうほとんど出ていませんでした。
「もう鎮火したのかな」
「消えたって聞いたよ」
「消えたのか?」
「告白スポットのトコ?」
「紙が燃えてたんだって?」
「テストの本題用紙って聞いたよ」
 周りから聞こえてくる会話も、てんでばらばらです。
 虚実混ざっているのは間違いないでしょうが、やっぱりかなり情報が錯綜しているみたいです。
 まあ、たいしたことないのならいいんですけど。
「サキ戻ろう。来週にはちゃんとした情報が分かるだろうし」
「そうだね。なんか大混乱て感じだし」
 気になることは変わらないらしく、背伸びして様子を伺おうとしていますが、ここにたむろしていても意味がないとも気づいているのでしょう。サキは存外素直に頷いてくれました。
 カフェに戻ってまた話でもしようかと思ってのんびり歩いていると、急に呼び止められました。
「フォルトナー」
 振り向けば、そこにいたのは数学のレンダーノ先生でした。
 コンラートさんと似た感じの、メガネで神経質そうな人なのですが、苦労してそうなコンラートさんに対し、先生は孤立しているというか……学生には人気がない先生です。
「レンダーノ先生?」
「フォルトナー君に御用ですか?」
 サキも多分僕と同じようにきょとんとしています。
 僕らの学年の数学担当はエーベル先生です。去年の数学の先生だったから覚えてはいますけど。
「フォルトナー、一時間前何をしていた?」
「え?」
「先生、どうしてフォルトナー君を名指しするんですか?」
 サキの切り返しに先生が嫌そうに眉をひそめました。
 突然言われても何のことか分かりません。
 一時間前? 何でそんなことを聞かれるのでしょう?
 あれ?
 すっと背筋が寒くなりました。
 これが漫画やドラマで、見ている立場ならすぐに気づけたこと。
 先生は、僕のアリバイを調べている。
 ――つまり、さっきの火事の、犯人が僕だと思っている。ということ。
「良いから答えろ。素直に言えば」
「ちょうどカフェで注文してたときくらいじゃない?
 あたし一緒だったし、カフェの店員さんも知ってると思う。人少なかったし」
 僕が混乱して絶句している横で、サキがすらすらとフォローしてくれます。
 なんというかありがたいです。
 でも、なんでまた僕が名指しで疑われてるのでしょう?
 ……あ、嫌なことに思い当たりました。
 レンダーノ先生って大の魔法使い嫌いなんでした。元々魔法使いに対する偏見の強い国ですからそういう人は少なくはないのですけど。
「ふんアリバイが揃っている事がおかしいな」
「そうおっしゃるなら、確認されれば良いじゃないですか。
 憶測で人を疑うなんて酷いですよ。それが偏見から来るものなら、さらに」
 もっともなことを言うサキに先生はむっとした様に言います。
「こちらも証人がいる」
「証人てなんのですか? 何か事件でも起きたんですか?
 事件なら警察には連絡したんですか?」
 ……それは挑発ですかサキ。学校って校内で事件起こったときに警察に頼るの極端に嫌がりますよ。
 気持ち的に大賛成ですけどね。庇ってくれてるのは分かりますし。
 さてどうしたものかと考えていたとき、のんびりとした声が聞こえました。
「おや、どーしたんですかレンダーノ先生?」
「フェッリ先生っ」
 ニコニコと癖のある笑みを見せつつ近づいて来た先生は僕の肩に手を置いてレンダーノ先生に向き直ります。
「彼らに何か?」
「いきなりアリバイ聞かれましたー」
「はぁ?」
 簡略化してそのことだけを伝えるサキに先生は呆れた顔をします。
「なんでそうなるんです? そもそも『何の』アリバイで?」
 あ、そういえば火事のこととばかり思ってましたけど、レンダーノ先生は一言も『火事のこと』とは言っていません。
 フェッリ先生の返しにレンダーノ先生は不機嫌そうに見返しています。
 もしかして、僕が放火なんてしてませんって言っていたら、誰も放火のことなんていっていないって返されたのでしょうか?
 警察とかが良く使う手ですけど……下手に反論しなくて良かったのかもしれません。
 ああ、そういえばサキも『何か事件でも起きたんですか』って返してました。
「ま、それは後々聞くとして、会議があるでしょうから戻りましょう?」
 フェッリ先生はレンダーノ先生にそう告げて、僕の肩をたたきました。
「ほら、君たちはさっさと帰った帰った。すぐに日が暮れてしまいますからね」
 早く帰りなさいと重ねて言われて、僕たちはとりあえず挨拶をして学校を後にしました。

「失礼な話だよね」
 学校から出てしばらくたって、サキがぽつりと言いました。
「そりゃさ、魔法使いが迷惑かけた例はたくさんあるよ? でも、そうじゃない人がかけてる迷惑だって多いもんね。魔法使いがやったと思わせるために犯罪犯す馬鹿が」
「まあ、ね。偏見ってなかなかなくならないよね」
 今までも何回かいやな目にあったことはありますが、今回は別格です。
 さっきまではショックのほうが強かったんですが、だんだん腹が立ってきました。
「もー腹が立つったら! これはコンラートさんにも聞いてもらわないと!
 アーサーも家族に言わなきゃ駄目だよっ」
 僕より怒ってくれているサキ。嬉しいです。
 本当サキで良かったと思います。一緒にいたのがヴィルやティルアだったら……先生にすぐに食って掛かっていたでしょうから。
 それを思えばサキの返しはとてもうまかったです。
 アリバイがあることを主張し、何か事件があったのかと聞く。
 頭の回転が早いのだと改めて気づかされます。
「アーサー聞いてる?」
「え? あ、何?」
「もー。今日のこと、ちゃんと家の人に言わなきゃダメだよって言ったの?」
「え、でも兄さんに言ったら心配するし」
「隠されたほうが心配だよー」
「……そうかな」
 そうかもしれません。兄さんが何をしているのか分からなくてやきもきしている気持ちはあります。
 危険な仕事をしてないのかな、とか。話してくれないから特に。
「だからちゃんと話してね?」
「うん」
 妙に念を押しますね。なんで……
 あ、もしかして、兄さんに全部を話せってことでしょうか?
 僕が犯人呼ばわりをされたことだけじゃなくて、火事があったことも?
 学校が事件を黙殺するつもりなら、その前に警察に介入させてしまおうと?
 可能性に気づいてサキを見返せば天真爛漫といった様子で笑い返されます。
 でも。目だけは笑っていなくて、分かるでしょうと問いかけられているようで。

 なんだか……予想以上に僕の彼女はすごいヒトのようです。