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ナビガトリア

【第三話 桜の国】 5.おもいで

 周囲を見渡し彼女は小さく肩をすくめる。
「派手にやっちゃいましたね」
 自分でしたことなのに自覚が無いのかポツリと呟く。
 アポロニウスを捕らえた連中は全滅……と表現して問題ないほどの壊滅状態。
 師匠の持つ力と知識とを手に入れんがために弟子であるアポロニウスを人質にとる。
 魔導士である師匠。
 魔法さえ使わせなければ……と考えたのだろう。
 弟子と自分とを隔てる牢屋の格子から、一歩間合いを取って腰に佩いた剣の柄を握る。
 抜きざまに一閃。高く澄んだ音。斬られた錠が床に落ちてはねる。
 ちんっと剣をさやに収めて、小さく息を吐いてなんでもなかったかのように微笑む。
 月の光にほのかに光を帯びる銀の髪。整った顔に浮かぶまろい笑み。
 この微笑だけ見ていればどこにでもいる村娘……いや、どこかの令嬢としても通じるだろう。
 見た目で判断しては分からないだろうが、実際は師匠は武道全般に通じている。
 父に体術を教えたのも母に剣術を教えたのも彼女なのだから。
 いつまでも出て来ないままの弟子に困ったように微笑んで師匠は言葉を紡ぐ。
「悪意がなかったのは分かってますよ。
 結局は……こんなことになってしまいましたけど」
 困らせようと思ったわけではない。でも結果的に困らせてしまった。
 人質にされるなんて。
 顔を見られたくなくて俯いたままの私にため息ひとつついて彼女は語りかける。
「夜はいつまでも続くわけではありませんし、いつまでも道がないわけでもありません」
 その声は叱るわけでも諭すわけでもない。
「間違わないで生きるなんてできるわけないのですから。
 起きてしまった事を悔やむよりもそれを償う術を探すほうが建設的ですよ?」
「悔やまずにいられません」
 ボソッと返事を返すと、やれやれといった感じでそれでも彼女は言葉を紡ぐ。
「夜道が怖いのは下ばかり見ているからですよ?
 いつかきっとあなたの道を示す星が見えるはずです」
 その優しさが今は辛いのだと、この人は気づいていないのだろうか?
 ずっと考えていたこと。
 これ以上足手まといになりたくない。この人を……その力を、知識を狙うものは多いから。
 自分の身を守ることすら出来ない私は後をついていくことすら出来ない。
 これで最後だ。ちゃんとした別れを告げよう。
 顔を上げて見慣れた彼女を見る。
「長い間お世話になりました。
 すみませんでした……こんな馬鹿な弟子で」
 皮肉にならないように悲しい顔にならないように、何とか笑って見せる。
「少しくらい愚かなほうが人間らしくていいですよ」
 鈴振る声であいかわらずすごいことを言う。
 夜の帳が下りてきて、小さな窓の格子を抜けて、冷たい光が降ってくる。
 白銀の髪が煌いて彼女を淡く浮き上がらせる。
「ありがとうございます。今までわたしの弟子でいてくれて。
 あなたの行く道に幸多からんことを」
 満面の笑みを浮かべて送り出してくれた。

 そう。
 そうやって一人で旅に出た。師匠と別れて。
 自分を磨くために。重荷にならないように。
 そんなことも忘れていたなんて……