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しんせつ

「浮かれすぎ」

 失礼しますと扉を開けて、沈黙のままにそっと閉められる。
 机の上に山と積まれた書類を見て、後から持ってこようと思われたのなら、いい。
 だけど、そうじゃないからこそ……困る。
 意味もなくペンで机を軽く叩いて気持ちを切り替えようとするけれど、それももう限界。
 先程から来客を追い返している、その犯人をちらと見やる。
 長い髪は肩口で一つに結って、真っ黒のローブに身を包んだ古い知り合い。
 はたから見ても上機嫌で、鼻歌も時々聞こえてくる。
「鎮真」
 書類を片付けることを諦めて、仕方無しに話しかけた。
「もう少し静かにしてくれませんか?」
「っと、これは失礼を。殿下」
 自然にこぼれた敬称に、露骨に顔をしかめたりはしない。
「……何がそんなに気になるんですか?『破軍』」
 ごく普通に、こちらもまたその『名』を持ち出せば、鎮真は両手を挙げて降参した。
「申し訳ございません。少々浮かれておりました」
「何かいいことでも?」
「見つかったのでしょう?」
 意味ありげに言われて、改めて鎮真を見る。
「ずいぶん耳が早いですね」
「慶事は伝わるのが早いものですから」
 そう言って、こちらに風呂敷包みが差し出される。
「一通りそろえております。どうぞ、お納めください」
「それはありがたいんですけど……鎮真とアポロニウスさん、面識ありました?」
「弟子を通じて、ですが」
 彼はそういって苦笑するけれど、目が笑ってる。とても。
「本当に、本当に、おめでとうございます」
「……まだ、人に戻っていませんよ? 本体見つかっていませんし」
 ほっとしたように胸に手を置いて考え込んでると思えば、やおら膝を折って、頭をたれて、祝いの言葉を述べてくれる彼。
 自分同様、あんまり感情を面に出さないようしつけられてきた彼が、こんなに浮かれているなんて……
 弟子と一体どんな関係なんだろうと、進まない書類の山をボーっと見つつ、賢者は思った。

鎮真はベル(スノーベル)のお師匠様。「行方不明になったアポロニウス」への怒りは、鎮真にもとばっちりが来ていたのです。(07.09.26up)

「そんなに笑わなくたって…」

 外から聞こえる声に、正直笑いをこらえるのが辛かった。
 気配は丸分かりでかわいらしいことこの上ない。
 小さく肩を震わせてこらえる。
 眠り姫を起こしでもしたら、彼女は口を利いてくれなくなるから。
『何がそんなにおかしいんですか』
 ぶすっとした顔でこちらを見るのは、眠り姫とそっくりな青い幻。
『とにかく、現には近寄らないでください』
「そういってもだな、御髪が口に」
『良いんです』
 きっぱり言い切られてはそれ以上いえない。
 まあ、さっきまでは、寝顔を見るなんてと怒鳴られ続けていたんだが。
「にしても、お疲れのご様子だな」
『それだけじゃあない事くらい、知っているでしょう?
 いつものこの子なら、部屋に誰かが入ってきた時点で目を覚ますもの。
 ただの眠りじゃない――だから、また少し都で休んだ方がいい』
 心配そうに姫を見つめる幽霊のまなざしはとても優しい。
 その眼差しを、微笑を知っているのは多分自分だけ。
 彼女は、存在を知られることを何より厭っているから。
 誰にも知られること無く、ただそこに在る。それは、とても寂しいことだと思うのに。
 何かをいわなければ。
 そんな思いに口を開きかけ。
「賢者様ー、シオン知りませんかー?」
 ノックもなしに入ってきた闖入者によってそれはさえぎられた。
 沈黙が降りる。
 扉を開け放ったままで固まっているのは、金髪碧眼の少年。
 見開かれた瞳は意外に大きく、ビー玉のように澄んでいた。
 視線が俺と姫とをゆっくり行き来する。
 嫌な予感が走るのと同時に、少年が絶叫した。
「知らないあやしい男が賢者様の寝込み襲ってるーッ!!」
 あまりの大声に――それだけじゃないだろうが――めまいがした。
 誰が誰を襲っていると?
「ちょ――ちょっと待て!」
「シオンっ アポロニウスッ 団長ーッ!!」
 止めようと手を伸ばすも、少年はあっさりかわして走り去っていく。……なんて速さだ。
 呆然とする俺の耳に、もしかしたら初めて聞くかもしれない大爆笑が飛び込んできた。

腐れ縁はここまでも健在です。そして誤解を解くのに一苦労。(07.08.29up)

「りんごが食べたい」

 けほけほこんこんとセキが続く。
「大丈夫か? 具合悪いか? また熱上がったんじゃないのか?」
 めったに体調を崩さない私が寝込んだっていうのが、よっぽど心配なんだろうっていう事はわかります。
 でも……
「何か食べたいものはないか? 汗はかいてないか? 水は飲んだか?」
 正直、おとなしく寝かせてください兄上。
 気遣いは嬉しいんですけど、余計辛いです。
 セキがでつづけてのどは痛いし、熱が高いのかまともに頭も働かない。
「あに」
 呼ぼうとして咳き込むと、兄上が余計慌てふためいて世話を焼かれる。
 本当に少しでいいからゆっくり寝かせて。
 神様と仏様と、ご先祖様。今は亡き姉上と風兄上。お願いします。
 しばらく兄上を何とかしてください。
「何か食べたいものはないか? 兄上ががんばって作るよ?」
 食べたいもの? 食べれるもの……
 よりも今は、寝たいです、兄上。
 朦朧とした意識でそう言おうとして。
『りんご』
 思ったよりもはっきりと、思ったのと違う単語がすべり出た。
「りんご? りんごだな!
 よし、買ってくるからおとなしく寝てるんだよっ」
 兄上の大声と、ばたばたした足音が過ぎていく。
 りんご?
 何で私、りんごなんて。
 あ、でも静かになった……すこし、ねむれそう。

側にいてくれるのは嬉しいけれど、構いすぎは禁物です。(07.07.25up)

「抜け目がないなぁ」

 慌しく兄上が部屋を出てから、ほんの少しして規則的な寝息が聞こえてきた。
 ほっとして現を見つめる。
 熱のせいか、まだ顔は赤い。でも寝顔は穏やか。
 良かった。
 あれこれ世話を焼かれるのも嬉しいけれど、休まないと治るものも治らないもの。
 見下ろす格好に疲れて、ふと思い立って場所を移動する。
 ベッドに頬杖ついて、看病してるような人の振りして居座る。
 厄介な『目』を持ってるあの子は今はいないから、多分見つかることはないし。
 昔はよくこうしてたなぁ。
 小さなころ、現は本当にぐずらなくって、でもわたしが離れるとすごく泣き出して。
 物心つく頃にはそんなことなくなってたけど。
『いつまでいるつもり?』
「……知ってるなら、きっかけくらい寄越して欲しいんだが」
 ちょっと剣呑な響きを込めれば、不埒ものはぜんぜん困った様子もなく、いけしゃあしゃあと返してきた。
 兄上がきっちりと扉の鍵をかけておいてくれてよかった。誰かが部屋に入ってくれば、人の気配に聡いこの子はきっと目を覚ましてしまうだろうから。
『病人の見舞いとはいえ、礼儀を欠いてると思うのですけど?』
「だから扉越しに話してるんだが。それに兄妹水入らず」
『鎮真ッ』
 慌てて彼の軽口をさえぎる。幸い、現は起きた様子がない。
『それ以上は言わないで』
「……相変わらず隠すのか?」
『知らなくていいだけのこと。わたしのことなんて』
 この件に関しては、鎮真は特にこだわってる。だから、わたしは相手にしない。
『ところで、おでこは大丈夫?』
「わかってたならもう少し早く心配しろよ。思いっきりぶつけられた」
『さすが兄上、容赦ないですね』
「ほめるところか、そこは」
 もちろん褒めるところに決まってる。兄上のことだから『妹の見舞いに来た男』って認識して、思いっきりぶつけたんでしょうし。
 相手が鎮真だとわかっていたら、ぶつけはしても謝ったと思う。義姉上の義弟だし。
「りんご発言も、俺にこの仕打ちを与えるためか?」
『それと現を休ませるため。兄上はかまいすぎなんですもの』
「そこは否定して欲しいところだったんだが」
 鎮真は嘆くけど、そんなことこそ私には関係ない。
 あの声が、わたしのものだって気づかれてたのは悔しいけど。
 一本取られたなんて知られるわけにはいかないから止めを刺す。
『そこにいるんなら丁度良いですね。兄上が帰ってきても入れないでくださいね。
 ようやく眠れたところなんですから』
「一寸待て」
『義姉上の思い出話でもして十分時間稼いでくださいね。じゃないと』
 ここで言葉を切り、ぼそりとささやく。
『化けて出ますから』
 もう幽霊じゃないかとか騒ぎ立てる鎮真を無視して、眠る現のすく横に頭を預ける。
 生まれる前にずっとそうしていたように。

兄妹のタッグで末子の安眠を守ることに成功。(07.07.25up)

お題提供元:[台詞でいろは] http://members.jcom.home.ne.jp/dustbox-t/iroha.html