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しんせつ

057:今は遠い、君のうた

 雨は、予想以上の強さで持って降り続ける。
 番傘にあたって跳ね返る雨粒と、地面に出来た水溜りがはねる音。
 袴の裾は泥水ですっかり汚れてしまっているだろう。
 いくら気をつけていたとしても雨では無理だ。
 おまけに、子連れとあっては。
 水を吸った草履と足袋が気持ち悪いのか、和真は時折立ち止まっては足元を確認している。
 本当は手で触りたいようだが、片手に包みを――体格のわりに大きなものを――持っているのでままならないらしい。
 急かすように、繋いだ手に力を込めると鎮真を見上げてまた歩き出す。
 ――こんな、小さい子を残していかなければいけなかった親友と、妹のような従妹を思い出すたびに辛くなるけれど。
 竹林を抜けた先にひっそりと立つ墓。
 荷物を受け取って和真に傘を託し、鎮真はしゃがみこんで準備を始めた。
 花を飾り簡単に掃除をして、線香を上げる。
 そう頻繁に来ることの出来ない墓は、それでも綺麗に保たれていた。
 こんなに人の来ない山奥にしか、立てることの許されない墓。
 知らずつきそうになるため息を押し留めて、鎮真は墓前に手を合わせる。
 和真もまた、それに習いしゃがみこんで両手を合わせた。
 傍らにいる和真の実の両親に関することは、城で口に乗せる事も出来ない。
 神様が気に入って、連れて行かれてしまったのだと。
 鎮真はそれだけを和真に告げていた。
 いずれ、すべてを話さなければいけない。
 その時が来るまでに、調べつくしておかなければ。誰が敦子を陥れたのかも含めて。
「義父上?」
 稚い呼び声に目を開ければ、すでに立ち上がっていた和真が心配そうに見ていた。
 その頭を軽く撫でてやり、傘を受け取って立ち上がる。
 木々に木の葉に笹に。緑の濃い季節に降る雨は優しく世界を包む。
 また来るとだけ告げて、二人は城へ戻っていった。

優しい雨唄に包まれて。 09.04.29

016:そんなに混乱させないで

 聞き返したのは、それが信じられなかったから。
「今、なんと?」
 主の問いかけにその一報をもたらした部下は、深く頭を下げて再度告げた。
「真琴様が、身罷られたとのことです」
 咀嚼し反芻する。
 七夜真琴。
 最近――ここ数年まったく会っていない叔母。
 つきそうになるため息をこらえて命じる。
「叔父上に挨拶に行かなければな。出立の準備を。
 和真もつれて行くからそのように」
 鎮真の言葉に、何故か部下は口ごもる。
「いえ、それが……」
「どうした?」
 周囲に控えた老臣の催促に、まだ年若い部下は意を決したように告げた。
「七夜昇殿も、真琴様と同じく――流行り病で」
「なんと」
「流行り病?」
 ざわめく家臣たちをしぐさで静め、鎮真は自身を落ち着かせるようにゆっくりと口を開いた。
「叔母上達の御子は?」
 確か、和真とそうかわらない年の子供がいたはずだ。
「一人娘の、木花(このはな)咲夜(さくや)姫がいらっしゃいます」
「そうか」
 最初に思ったのは、厄介だということ。
 真琴の夫である昇は『時世七夜』の血筋。
 元を辿れば同じ七夜一族でも、鎮真達『真砂七夜』と『時世七夜』ははっきり言って仲が悪い。
 それを少しでも緩和させようというのが、真琴と昇の婚姻だったわけだ。
 少しは効果のあったそれも、意味を成さなくなってしまった。
 鎮真は『時世七夜』当主とは正直あまり面識がないため、苦手意識はないのだが老臣たちはとかくうるさい。
 あちらが代替わりすれば――晶が当主になれば――少なくとも関係改善は難しくはないと思うのだが。
 公的な場ではともかく、私的な場で鎮真は晶に慕われている。
 ――あの一件あってのことだろうけれど。
 しかし、今の問題は一つ。
 両親を失った姫をどちらの家が引き取るか、だ。
 昇は晶の異母兄。正妻の子でないが故に放逐同然の扱いをされた。
 姫であることが幸いだが、後継者争いが再燃しないとは言い切れない。
 そして、こちら側はというと――『真砂七夜』の歴史を遡れば、鎮真の父である龍真・景元兄弟は分家筋にあたり、母である真由・真琴姉妹の方が本家筋。
 故に、真琴の娘というだけならば即座に引き取るべきなのだが。
 敵の血が入った姫など引き取れるかと言い出す老臣がすぐに思いつくあたり、頭が痛い。
 晶と話が出来れば良いが。
 重い気持ちで、鎮真は真琴が住んでいた都へと向かうことになった。

なんで、家の一族に不幸が重なるんだろう。 09.05.06

080:眩暈を覚えるような

 人のいない家というのは、酷く寂しいものだ。
 葬儀は無事終了し、部屋に残っているのは少人数。
 真砂側の代表である鎮真と和真。時世側の代表の晶。それから両者の部下。
 仏壇の前で微動だにしない、小さな影。
 木花咲夜。この家の、たった一人の子供。
 いつまでも黙っているわけにもいくまいと、鎮真はわざとらしく咳払いをする。
「久方ぶりですな、晶殿」
「ええ。ご無沙汰しております。真砂殿。
 『志津』も息災にしております」
「それは何より」
 当たり障りのない話題しか口に出せないのは当人がいるからだ。
 どちらがこの姫を引き取るか。
 しかし……当主が来ないあたり、あちらにその意志はないのだろうか。
 とはいえ、晶が継ぐのは時間の問題とも言われているし。
「そちらが和真殿ですか?」
「ええ。和真」
 そばに控えている息子に声をかければ、緊張した面持ちで彼は挨拶をした。
「時世七夜晶様にはお初にお目にかかります。
 真砂七夜鎮真の子、和真と申します」
「利発なお子ですね」
 表情を和らげる晶に鎮真もつられる。
 が、視界の端に小さな背中が映ると胸が痛くてしかたがない。
 聞けば、木花咲夜は和真の一つ上。
 和真を放り出すような真似をしていると思ったら……
 かといって、老臣たちの意識を変えぬままに迎え入れるのは難しい。
 最後の手段として、仏門に帰依するという選択肢もあるにはあるが――
 ため息を一つ。自身の部下に向かって告げる。
「下がれ」
「で、ですが」
 部下の一人が視線を晶に向ける。
 政敵と同じ部屋に残すなど出来ないといったところだろう。が。
「見知らぬ大人に囲まれては、姫が怯えてしまうだろう。いいから下がれ」
「お前達も下がれ」
 鎮真の言葉に晶も続けた。
 双方の部下達が互いに顔を見合わせ――もとい、にらみ合って、しぶしぶ下がる。
「さて……」
 軽く息を吐いて、鎮真は従妹に向き直る。
「はじめまして、になるな。
 私は真砂七夜鎮真。君の従兄だ。こっちは息子の和真」
「僕もだね。時世七夜晶、君の叔父さんだよ。ええと、木花って呼べば良い?」
「やめて」
 ぴしりと拒絶の声。
 まだ小さな少女は大人二人に向き直る。
 肩で切りそろえられた髪は、青というには赤みの強い薄花桜。
 どこか茫洋とした瞳は灰色がかった霞色。
「はじめまして。七夜昇と真琴の子、木花咲夜です。
 お父様は木花と呼んでらしたけれど、他の人に呼ばれたくないの」
「あ……そう」
 きっぱりとした拒絶に、どう返したら良いか迷う晶。
 すこし眉を下げて鎮真に助けを求めてくる。
 こっちだって逃げたい。
 ああ。こういうところを伯母上に似なくても。
「なら咲夜。お前はどちらの家に行きたい?」
 率直な問いに、今度は木花咲夜が黙る。
 希望は、聞き入れることが出来ない可能性のほうが高い。
 言われるがままに動くことしかできないと知っていて、こういった問いをするのはいじわるだという自覚はある。
「わたし、ユキに会いたい」
「ユキ?」
「もしゃもしゃのおじいさん」
 反芻した声に咲夜が付け加えるが、分からない。
「その人の姓名は?」
「ユキ」
「それじゃあ分からないよ」
「ユキに会いたい」
 晶の言葉にも内容は変わらず、しゅんとした様子でうつむく咲夜。
 しゅんとしたいのはこっちの方だ。
 図らずも、鎮真と晶のため息が重なった。

ああ。なんだかまたややこしいことにと双方頭を抱える。 09.05.13

「題名&台詞100題 その一」お題提供元:[追憶の苑] http://farfalle.x0.to/