「酔狂だねぇ、アンタも」
今日も今日とて説教をくらった。
「俺たち、進歩してないのか?」
「むしろ騒ぎはどんどん大きくなってる気がしますっすよ」
「気がするんじゃなくて、実際大きいんだよ」
奈落に落とすようなことを言う使い魔を肩から振り落とす。
悲鳴が聞こえたけど気にしない。人が落ち込んでる時にとどめさすな。
ぶつぶつと考え込んでいると、大声で呼び止められた。
「シオン!」
これがねーちゃんとかだったら、素のまま不機嫌なままで応対するんだけど、呼び声は高く幼い。
「やあ咲夜、来てたのか?」
だから、なるべく優しく声をかける。
姫の知り合いの子だという咲夜は、桜月風の名前にも拘らず、目も髪も黒くない。
頬が赤く染まっているのと、肩が上下しているところから、全力で走ってきたんだろう。
「あれ、咲夜さんどうしたんすか? 綺麗なバラもって」
「現……じゃなくて。『ぎんのけんじゃ』からもらったの」
「えーと、賢者様から?」
「そう」
この子を見てると、妹がいたら可愛いのかなとちょっと思う。
正直、姉は一人で十分だ。
何か言いたそうにしている咲夜の手には、瑠璃が言ったように一輪のバラが握られていた。しかたなく、こちらから問いかけてみる。
「でもどうしてそのバラをもらったんだ?」
「えと、あの……あのね?」
何か言おうとしていた咲夜だけど、はっと気がついたように後ろを振り返った。
視線を追うと、ゆっくりとした足取りでこっちに近づいてくる姫の姿。
「来ちゃ駄目ッ」
結構大きい声で、咲夜が姫に向かって言う。
「駄目なんですか?」
「だめ! 現は来ちゃ駄目、見ても駄目っ」
強情な咲夜に苦笑して、姫は俺に向かって咲夜をお願いって感じの視線を残して背を向けた。知られるのは恥ずかしいのかーなんてことを思いつつ、姫の姿が消えるのを待って俺は咲夜に聞いてみる。
「それで咲夜。姫にも内緒にしたいことっていうのは、そのバラのことか?」
「……うん」
こちらに背を向けたまま、こっくりと頷く咲夜。
意を決したように、くるりとむきなおって視線を合わせて、彼女はこう問いかけた。
「あのね、カクタスどこ?」
「今の時間なら、俺のとこで全員がたまってると思うけど、呼び出そうか?」
「うん!」
小さい子は小さい子なりに真剣なんだな、なんてことを思う。
自分のことじゃないから面白がれることもあるけれど。
「では、参りましょうか。リトル・レディ?」
少しおどけてそういえば、咲夜は満面の笑みで手を取った。
「へっへー、咲夜ちゃんに花もらったんだ。いいだろー?」
「もてて良かったわね」
「小さい子にもてても、そこまで嬉しくない」
「かーくんってばワガママ。子どもだからって馬鹿にしちゃ駄目なんだよー?」
うなだれるカクタスに珍しく楸がまじめな顔をして言う。
「子どもだって思ってたって真剣なんだから。
咲夜ちゃん十年後とかすっごく美人になってそーだし?」
「十年後のこと言われてもなー」
「今、真剣なのは確実だと思うぞ」
困ったように言うカクタスに、一応忠告しておく。
咲夜はバラの花に……特に色にこだわっていた。
オレンジやダークピンクじゃなく、帯紅。
「とりあえず……その花、保護者に見つからないといいな」
「え? なんで?」
ま、カクタスのことだから花言葉に疎いだろうな。
案の定聞き返すカクタスに、詳しいことは教えずに付け加える。
「あと姫にも見せない方がいいかも」
「だからなんで?」
そりゃ、姫経由で保護者に知られる可能性があるからなんだが。
全部教えても楽しくないから、自分で考えさせることにした。
「ん、お疲れ様」
スピカータ・リアトリスは困り果てていた。
ここは国際魔法犯罪捜査団の本部。
機密情報だらけの場所に、何故か部外者の多すぎるのだ。
特に団員の身内の誰某とか、親しい人物とか。
あまりにもしょっちゅう出入りするために、他の団員に示しがつかないから何とかしたいところなのだが……うまく行かない。というよりいえない。
前者にあたる身内の女性の方は、以前こちらで匿ったことがある。
PAが長年にわたって追いかけている凶悪犯の一人が彼女を狙っていたからだ。
しかし、あろうことか本部内で襲撃され、一歩間違えれば彼女は命を失うところだった。
弱みがありすぎる上に、彼女は魔法協会の創始者の末裔で、今も全魔導士人口の一割を占める一族の直系。こちらに落ち度があることを差し引いても分が悪すぎる。
とはいえ、彼女が持つ能力はノドから手が出るほど欲しいもの。
ここに通うことで時間をかけて説得を繰り返し、入団してくれるような工作はしているからまだ良いと言えるだろう。
「問題はもう一人なんですよ」
「ほほぅ」
大きくため息つきつつ訴えているのに、相手は気のない返事をしつつお茶請けに用意された煎餅をかじっている。
「聞いてくださっていますか? エドモンド先輩」
「聞いてる聞いてる、んでお前は俺に何をしろってんだ?
コスモスの事はいいんだろ? 身内以外の面倒は見ねーぞ?」
かつての先輩・後輩関係のままに軽く答えるエドモンドに、リアトリスはめがねの位置を直して言う。
「身内ですよ思い切り」
「コスモス以外に誰かいるのか?」
「ええ、身内ですよスノーベル副会長」
しっかりと役職名までつけてリアトリスは据わった目で告げた。
「ご同僚の七夜副会長なんとかしてください」
「……しばらく見ねぇと思ってたら、こっちにいたのか……?」
「居ましたよ。居るんですよ。ですから何とかしてください」
仮にも協会の……それも本部の要職にいる人間がホイホイ来るな。
そう言いたいのは山々だが、相手が相手なだけに口に出さない。
エドモンドと同じ副会長の座に居るとはいえ、七夜副会長は長寿種だ。見た目ははるかに年下だが、中身はぶっちぎって年上。
あの賢者よりも年上だというのだから、彼から見ればリアトリスもエドモンドも、子どもくらいの年だろう。
まあ、同僚なのだからエドモンドの話は聞いてくれると思う。
リアトリスは一縷の望みをかけているのに、何故か彼は渋い顔をする。
「しかしなぁ。あの人はあれで結構冷徹だから、俺のクビ危ういかも?」
「……いくらなんでも、それはないでしょう」
仕事を放ってまで遊びに来るなと注意して、不利益をあたえられたとなれば、どう考えても悪いのは七夜副会長になる。
「あるんだな、これが」
しかしエドモントは人差し指をふって否定して、声を落とす。
「賭けの妨害したら、会長に何を言われるか」
「…………賭け……?」
嘘だといって欲しかった。しかも、主催は会長?
「そう。お前も乗るか? 七夜副会長が賢者様を口説き落とせるか否か」
リアトリスの祈りは届かず、エドモンドは楽しそうに話し続ける。
「ちなみに俺は五年以内に落とせると見てる。
っつーわけで、こっちの仕事内容としては特に問題もねぇし。
そっとしておいて……もとい、たきつけるくらいだと嬉しいなっ」
味方はいない事を悟ってリアトリスは途方にくれる。
たしかに問題が起きているわけじゃない。
ないが、他の団員への示しというかなんと言うか、ああもう。
「謝礼としてアルテ支部の秘蔵っ子っつー奴ここに入団させるからな」
「わかりました。手を打ちましょう」
現金というなかれ。団員の補充は急務なのだ。
それが分かっているからこそ取引を持ちかけたエドモンドは、諦念を感じているだろうリアトリスの肩を、慰めるようにぽんと叩いた。
うなだれた仮面の奥でリアトリスはそっと笑う。
思ったよりいい人材を強請る事が出来た、と。
色々な問題児をかかえるPAの団長は、これくらい出来ないとやっていけない。
部外者お断りのPAに、部外者が寄ってくる理由。
それにこじつけて人材確保を狙う団長と応じる協会本部のお偉いさん。(07.12.19up)
お題提供元:[台詞でいろは] http://members.jcom.home.ne.jp/dustbox-t/iroha.html
帯紅のバラの花言葉は「私を射止めて」。見る目があるのか、物好きか。(07.12.12up)