「湯加減はいかが?」
「あー、気持ちいいー」
湯船に肩までゆっくりつかりながら、幸福に顔をとろけさせる楸。
「温泉って本当に気持ち良いねぇ」
「しかもタダって言うのは嬉しいわね」
同意する梅桃の顔も緩んでいる。
ここ最近特にハードワークだったから、この休暇は嬉しいことこの上ない。
疲れを癒すためにと賢者様からのご褒美。団長にもこれくらいの思いやりを持って欲しいものである。
「あたしまでご相伴に預かっちゃって良かったのかしら?」
「そ、それを言うならわたしの方が……」
同じく湯船につかりつつ首を傾げるコスモスに、小さくなって桔梗が言う。
「券がもったいないから、とりあえず人数集めて欲しいって言われたんだし良いんじゃないの? こーちゃんも桔梗さんも誘われたんでしょ?」
「そりゃね。まあ良いか。今は楽しもうっと」
御礼は今度の機会に別の形で返せば良いとばかりにくつろぎ始めるコスモス。
そして、そんな会話がおぼろげながらも聞こえてくる男湯では。
「確かに気持ちいいよなー。姫には本当に感謝」
「師匠って言うより、券をくれたのは鎮真さんのほうみたいだけどな」
「なら、ご先祖様のお師匠様に感謝」
「気前のいい人だ」
休みというプレゼントに感謝する二名と。
「ここって露天風呂ありって聞いたけど? しかも混浴だって」
「期待するだけ無駄と思うがね。かといって、お約束のように覗きをしようとしたら」
「……旅館がなくなる気がする」
「その通り。おとなしくしてような? カクタス君」
「すすきさーんっ」
企みはしたけれど、実行不可能なことも分かってる二人がうんうんと頷いていた。
そして、残る混浴露天風呂では。
「二人きりでこの風景を貸切って言うのは贅沢ですねぇ」
「本当」
しみじみとした言葉に、ため息のこもる返答がある。
「これはしっかりとお土産買わなきゃ駄目ね、槐さん」
「そうですね。でも今は温泉を楽しみましょう、なずなさん」
「そうね」
新婚オーラいっぱいの若夫婦がいたとか。
「しらばっくれんな」
はてそういわれても。
そういわんばかりに口をへの字の曲げる彼に、コスモスはもう一度問いかける。
「あたしね、あんまり気は長い方じゃないからね。
素直に言えば、許される場合もあるけど」
「そんなこと言われても私も困るんだが」
「またそうやってごまかす。
あれでしょ。アポロニウスってはっきりしないって言われるでしょ」
「今日はヤケに絡むな。……またシオンとケンカでもしたか」
「してないわよ。理由もなしにケンカしないわよ」
ぷいと言い捨て、コスモスは手にしたグラスを傾ける。
温泉を十分楽しんで、料理もそれなり……どころか、予想以上に良いもので。
「ちょっと聞いてるのアポロニウス」
気分よくすむかと思っていれば、こうやって絡まれる。
「だから何を怒っているんだ。私が何かしたか?」
いい加減にして欲しいという気持ちそのままに言葉を吐き出せば、彼女の視線の鋭さが増す。
「ほら覚えてない。これだからアポロニウスは」
ぐちぐちぶちぶちと文句を連ねる彼女に、話の大半は聞き流しつつも生返事にならないようにアポロニウスは相槌を打ち続けることになる。
どれだけ待っていても、助けは来そうになかったから。
からみ酒の人にどうしろと。(07.11.28up)
「酔うと手がつけられないんですよ」
楽しいはずの旅行先で、一ヶ所妙に暗い場所を見つけて桔梗が隣の薄に問いかける。
「ねえ矢羽君。コスモスさんどうしてあんなに怒ってるの?」
「単純に虫の居所が悪かったんじゃないかな。あの方は結構からみ酒だし」
「そうなんだ」
「そうなんだよ」
桔梗と一緒に旅行できるのが嬉しい薄は、普段にも増して上機嫌だ。
コスモスは酔うとああやって誰かを捕まえては愚痴ったり説教するくせがある。
酔って思考があやふやなはずなのに、普段にもまして鋭かったり毒舌になったりするから、近づきたいとは思わない。
そんなコスモスの世話をアポロニウスがしてくれていてるのだから、もう楽としか言いようがない。
「それから矢羽君。さっきから聞こえる怒鳴り声とか悲鳴とか、あれって……」
「枕投げ大会してるんだろうな」
これも、出来れば聞きたくない音だが。知らない知らない自分は他人。
俺の主はコスモス公女。シオン公子は管轄外。
自身に言い聞かせて無視を決め込む。
「やっぱり矢羽君まずかったんじゃない?」
そう。桔梗の言うとおり非は薄にかなりある。
こんなになるなんて思わなかったと軽く答えても、後の祭りだった。
※「酔う」ゑふ(酔)の転句。
分かっていたけど、こんなことなら自分も酔っておけばよかった。(07.11.28up)
お題提供元:[台詞でいろは] http://members.jcom.home.ne.jp/dustbox-t/iroha.html
突然の休暇で大喜びの人たち。(07.11.14up)