いる心配といない心配
「一体、何度派手な騒ぎを起こしたら気が済むんだね?」
こめかみをぴくぴく引きつらせての団長の言葉。
入団二年目とはいえ、まだ若葉マークが完全に取れていないこの身にとって、それはとてもとても怖ろしいもののはずなのに。
「申し訳ありません」
ためらわず言って深く頭を下げる。
ああ、俺、ここに入ってどれだけ謝罪繰り返したんだろう?
嘆くシオンだが、そんなこと考えない方がいいのだ。
今まで怒られなかった日など、一日たりとてないのだから。
まとめ役が責任取れとばかりに毎日毎日叱責を受けるのはシオン一人だったが、今日は事を起こした張本人である楸もいた。
もっとも、彼が叱られる原因の八割は彼女が占めているのだが。
「楸・橘」
「はい」
名を呼ばれ、自分が怒られる番が来たかと楸が身構える。が。
「フラメツヴァイでの単独任務を命じる」
予想もしなかった言葉に、数秒動きが止まる。
「正気ですか団長?!」
本来ならとても失礼な言葉で悲鳴のように聞き返したのはシオン。
『本気』ではなく『正気』。シオンの彼女に対する評価が良く分かる。
怒っていいはずの団長もなぜかため息だけで黙殺した。
「事を起こしてもフォローしてくれると思うから甘えがでるのだ。
この際徹底的に厳しくいく。外国で単独任務でもすれば心がけも変わるだろう」
「ですが……リスクが高すぎます。それに、我々はまだ未成年」
「無論、本当に一人というわけではない。
フラメツヴァイで任務に当たっている者達から応援要請が来た。
先輩諸氏に迷惑をかけぬように」
いつになく厳しい様子の団長に、楸はめずらしくおちゃらけることなくごく真面目に返した。
「謹んで拝命いたします」
「ふはー」
ベッドにぼすりと飛び込みつつ、こうなった原因を思い出す。
単独任務を言い渡されたとき、隣でシオンが大きくため息を吐いたけれど、命令が出た時点でよほどのことでない限り拒否できないのだ。でも……
こんなことされるくらいだから、今回はちょっとやりすぎたかも。
楸にしては珍しく、少し反省らしきものもしていた。
見知らぬ町で一人暮らし。それだけで普通に面倒くさい。
親元を離れてるといったって、今までは寮住まいの共同生活。制服関連の洗濯は業者さんがしてくれるし、見かねた梅桃が手伝ってくれた。
食事は食堂があったし、意地でも楸にはさせないとばかりに他メンバーがローテーションで作っていたし。
しかも、単独任務ときた。とはいえ、すでに調査に入っている仲間の応援だけど。
だけども解決までどのくらいかかるか分からないって言われたし。
あーもう、あたしはしーちゃんの護衛なのに。
「仕事するのやめようかなー。でも、しーちゃんがPAにいる限りあたしも辞められないしー」
本当にどうしよう?
ここはさっさと解決に手を貸して、早く戻る方がいいのかな?
でも、一人なら真面目に仕事出来ると思われるのもまずいし、まったく役に立たないと思われるのもまずい。辞めされられちゃうから。
一番いいのは、有能だけど扱いづらいと思われること。
しーちゃんじゃないと手綱を握れないと周囲から認識させること。
「しーちゃんが、あたしがいない間に無茶しないといいけど」
とにかく、限界だからもう寝よう。
そうして楸が眠気に耐え切れず力尽きた頃。
こちらはこちらで疲れ果てていた。
任務も終わり、珍しく小言程度だけの叱責で終わって部屋に戻ったシオンは……もう耐え切れないというようにベッドに崩れ落ちた。
一緒にベッドにダイブする羽目になった使い魔が文句を言うが、構わない。
楸がいないからってうまく行かないんだよなぁ。
ため息はすでに何度もついた。
前から分かっていたことではあるが、楸は使えないわけではない。
精霊術士という存在はやたらいるものではないし、便利で重宝される存在だ。
やる気にむらっけがあるだけで、使えないどころか大いに使える奴だし。
アポロニウスは特に問題ない。十分に計算できる戦力だ。
梅桃は確かに術の組み立てが上手いから、ある程度は使えるけど……もともとの魔力量が違うから、無茶はさせられないし。カクタスは論外。
他メンバーがこうな以上、無茶なことをやるからと楸を手放してしまうのは惜しい。
「かといって、向こうで面倒ごと起こされても困る」
どうか無事に何事も起こりませんように。
結局任務は少しのびて、再会したのは三ヵ月後。
そのさらに一週間後、二人は揃ってフラメツヴァイを訪れていた。
「わー、ちょっとしか経ってないけどなんかなつかしー!」
「真面目に報告してれば来ることもなかったのに」
ぶつぶつと文句を言うシオンの肩に瑠璃はいない。
どーぶつを飛行機に乗せないでくださいといわれてしまったため、今回彼は待機組だ。
もちろん、ちゃんとした任務のときは貨物扱いで連れて行くし、場合によっては飛んで来させるが。
「で、どうだった? ここでの一人の任務は」
「すっごい怒られた」
「全然懲りてなさそうなんだが」
本人もまったく懲りてないようで、へらへら笑いつつ問いかけてくる。
「しーちゃんはあたしがいなくてどうだった?」
「結構苦労した」
「本当? あたし役に立ってる?」
「もっと真面目にしてくれれば、もっと助かる」
正直に言えば、あからさまに笑って誤魔化される。
追求を諦めて腕時計で時間確認。
待ち合わせは十分後、事件に関わった警部がわざわざ来てくれるらしい。
楸はそれだけのことをしたのだと胸を張っていたが、どうだか。
予想よりもかなり若い警部がやってきて、立ち話のまま軽く説明を受けていると、楸が突然声を上げた。
「あ、ヴィーくんティーちゃんっ」
ぶんぶんと大きく手を振ってそちらに駆け出そうとする。
任務中はこの町の学校に通っていたというから、友達か何かなんだろうが。
「勝手な行動するなッ」
怒りに任せてマントの裾をおもいっきり踏んでやれば、いい具合に決まったらしい。
うめき声を出した後咳き込み、恨みがましい目で見上げる楸。
「しーちゃんひどいっ」
「やかましい! 今は仕事中!
元はといえばお前が逐一報告しつつ書類提出しないのが悪いんだろうがっ」
「うー、だってぇ」
「きりきり仕事しろ仕事!」
もう一回怒鳴れば、多少は効いたんだろう。
不服そうにしながらも、相手側を向いて両手を合わせて軽く頭を下げている。
……ってか、そのボディランゲージ伝わるのか?
「知り合いか? そういやお前、こっちで生活してたもんな」
「うん。友達と彼氏」
「へーそりゃ」
聞き流そうとして、聞き捨てならない言葉を聞いた。
彼氏? 楸に彼氏?
楸の視線を追えば、そこにいたのは自分達の同年代の男女三人。
女の子は無視して良いとして、男はのんびりしてそうな茶髪と目つき悪い金髪。
「ちなみにどいつ? 茶髪の?」
「うわー、当てられた」
こいつの好みからしてそうかなと問いかえれば、すぐに分かると思っていたのかのんびりとした返事がくる。
第一印象でしかいえないが、印象は悪くない。どことなくアスターに似ているし、彼よりははっきり物を言いそうだけど。
となれば、だ。
「ネコ被っておとなしくしてしっかりだまくらかして婿にしてしまえ」
「しーちゃん酷い」
肩を掴んで言い聞かせた言葉に、珍しく楸が真顔で返す。
何がひどいんだ、本性知られて結婚相手みつかるのかと問い返したいのをこらえて、シオンは別の言葉を継げた。
「という訳で一時間後に集合な」
「え? や、でも、しーちゃん一人にするわけには」
気を利かせて時間とってやろうっていうのに、楸は本気で戸惑っている。
「警部がわざわざ来てくださってるのにその言い方はないだろ。
ま、最長で一時間だからな」
「でもでも単独行動って」
外国でしーちゃんひとりにさせるの心配と眼が言っているが、こっちから言えばお前一人にしておく方が心配だった。主に周囲の人たちが。
このままじゃ押し問答になりそうだったので、仕方なく札を切る。
「俺の命令が聞けないのか?」
「……いいえ。我が主」
妙に格式ばった礼をして、楸は満面の笑みを浮かべて友人達へと駆けていく。
その背を見送って、さて仕事仕事とシオンは待たせていた警部に向き直った。
おしまい
アップを忘れていた6周年記念SS。
中編作品 2番目の、ひと の舞台裏のお話。
ぎゃんぎゃん言いつつも楸頼りの自覚があるシオンと、意外に主命!な楸。
アーサーとのやり取りをシオンが聞いていたら「ネコ被ってる」と思いつつも黙ってます。理由は本編のとおり。