楽園という名の
「あれ?」
ぱちぱちと瞬きを繰り返す。
ここどこかしら?
きょろきょろと辺りを見回してポーラは思う。
見慣れない……だけどどこが懐かしさを感じさせる場所。
鳥のさえずりの聞こえる緑豊かな森が周囲を取り囲んでいる。
のどかな田舎の村のようだった。
ただ、見覚えの無いものばかりで少々戸惑う。
わらで出来た屋根に、木で出来た建物。
あちこちを旅してきたはずだけど、見たことの無いつくりをしている。
外から中の様子が良く見えるし、格子状の飾りのドアには何故か白い物がはめ込まれてたりする。
それに井戸が各家の近くあるなんて……なんて贅沢なんだろう。
山の斜面を削って作ったらしい段々畑。
水の張られた畑には、順調に育っているらしい苗が揺れている。
もしかして、迷子になったのかしら。
見たこと無い場所に突然一人きりでいるというのも変な話だけど。
たしか、今日は野宿って事が決まって……
こんな近くに村があったなんて。
どうしようか。戻って皆を呼んでこようか? でも、上手く戻れるんだろうか。
「どうなさったねお嬢さん?」
不意に声をかけられて、ギョッとして振り向く。
年はポーラの父と同じくらいだろうか。
よく日に焼けた男性たちが不思議そうに立っていた。
やはりなじみの無い服装に、何かのまじないなのか皆揃って頭に布を巻いている。
今まで農作業をしていたのか、首にかけた手ぬぐいで汗を拭きつつ、先頭にいた男性が再びポーラに問い掛ける。
「どうなさったねお嬢さん? どうやってここに来なさった?」
「え? あ、その。よく分からないんです。道に迷ったみたいで」
とりあえずそう答える。素朴そうな農夫たちだが、今までの経験上知らない人間はどうしても必要以上に警戒してしまう。
「あの、すいません。ここはなんという村ですか?」
「名前か? 特についてないんだがなぁ」
「パラディと呼ぶかたもおられるよ」
「楽園?」
それはまたずいぶん立派な名前だ。
にしても……今旅してる近辺にそんな村があっただろうか?
それとも、小さすぎて知られていないだけだろうか?
考え込むポーラと反対に、男性の一人が嬉しそうに相好を崩す。
「めずらしいなぁ。ここに客人とは」
「今から昼にしようと思ってるが。どうだ一緒に?」
「でも森に仲間がいて……あの、軒先でも良いので一晩泊めさせていただけませんか?」
「かまわんが、呼びに行くなら昼食ってからいかんか?」
「いえあの……」
「食ってけ食ってけ」
「おーい。一人分追加してくれ」
反論を許されず、手を捕まれて引っ張られていく。
そのまま縁側に座らされて、昼食会に強制参加させられた。
「はいお茶」
「あ。ありがとうございます」
出されたカップも普段持ち慣れているものとは違うし、お茶もなんだか薄緑色をしている。
一口頂いて、首をかしげる。
昔……アースがこれとおんなじお茶を飲んでいたような。
小さかった自分はそれをねだって、でも結局飲めなかった。
「ゆっくりしていきなさいな。何にも無いところだけどね」
お盆を持って現れた女性はにこやかにそう笑って、ポーラの横に座った。
別の女性が大きな鍋を片手にあらわれる。
「熱いから気をつけてね」
お玉でよそわれたそれは、具のたくさん入った茶色っぽいスープ。
そして大皿に山盛りの白いこぶし大の物体。
「……おにぎりとお味噌汁?」
確かそういう名前だったと思う。その呟きに女性達は目を見張った。
「おやよく知ってたね」
「めずらしいねぇ。外の人間がそんなことしってるなんて」
「いえその、叔母がよく作ってくれていたので」
アースと一緒に過ごした二年ちょっとの間、毎日のように食べた料理。
珍しさも手伝って忘れた事など無い。
おにぎりをお弁当にして結構あちこち行ったっけ。
「じゃあ説明なんてしなくて良いね。さ、めしあがれ?」
「あ……じゃあその、いただきます」
両手を合わせて挨拶するポーラを微笑ましく見守って、彼女達も食事をとり始める。
男性達と同じく、女性達も髪を布で隠している。
もしかしてこの村の風習かしら。
久しぶりに食べたおにぎりは炊き立てな事も手伝ってか、とても美味しかった。
なんだかすごくほっとする。
懐かしい料理のせいか。とても穏やかに流れる時間。
いいな。こんなの。
片づけくらいは手伝おうと思っていたのに……それを顔には出さずに頭を下げる。
「ご馳走様でした。すごく美味しかったです」
「大したもんじゃないよ」
そう言って笑う女性はとても好感が持てて、いつの間にか警戒を解いている自分にポーラは気づいた。
「じゃあ私はこれで」
「あれ。行っちまうのか?」
「もっとゆっくりしていけば良いのに」
「仲間を待たせてますし」
一人でどこかに行ったりしたら、それはそれは怒りそうなメンバーばかりだ。
心配かけるようなことはしたくない。
「どうしても行くのかい?」
「はい。帰ります」
「そうかい」
答えると、女性は寂しそうに……でも何故か少し誇らしそうに、笑った。
「残念だけどしょうがないね」
そういいながら、頭にかぶせた布をはずす。
その下から現れたのは、サファイアのような綺麗な青。
母と同じ青い髪。そして、紫の瞳。
もしかして。
口を開くポーラに微笑みかけて、肩をトンと軽く押す。
「寂しくなったらまたおいで」
その言葉と共に、視界が陰った。
パチパチと火のはぜる音。
目をあけて最初に見えたのは、空にかかる大きな満月。
あれ?
慌てて起き上がってきょときょとと周囲を見回す。
空には大きな月と星、周囲は暗い森。
周囲には仲間たちが思い思いの位置で眠っている。
火をつついていたユーラがちょっとびっくりした顔でこちらを見ている。
そうだ。街までたどり着けなくて野宿をしたんだった。
「いきなりどうしたんだポーラ。もう交代の時間だっけ?」
「あ。うん、そう。そうなの」
問いかけにこくんと頷く。
本当はどうだったか忘れたけど頭はすっきりしてるし、逆にユーラはすごく眠そうだ。
「じゃ……あとよろしく」
「任せて」
横になって数呼吸で規則正しい寝息が聞こえてきた。
……あれは夢だったのかな?
豊かな自然にはぐくまれた小さな村。夢にしてはすごく現実味があった。
母と同じ色の髪と瞳。同じ種族なんだろうか?
アースたちの一族は小さな国で暮らしていたと聞いたことはあったけど……大分昔に滅んだとも聞いた。
じゃああれはやっぱり幻? それとも現? 夢?
揺れる炎を見つめ続ける。
そんなことをしても、答えが出ないのはわかっていたけど。
抜きつ抜かれつ
「ポーラはあたしが守るから」
だから心配しなくていいと。
あの日交わした約束は、本当に果たしていたのかと。
本当にいろんなことあったよな。人に追われて魔物に追われて。
何年一緒にいたっけ?
そう。初めて会ったのはまだ五歳くらいの時。
父さんに連れられて行った修道院でポーラを見た。
石造りの、簡素な修道院。
そこではみんな深い色のベールをかぶっていたから、陰気くさくってあんまり好きじゃなかったけど。
あたしみたいにちっちゃな子がいるっていうのと、動く拍子にベールから覗く不思議な色の髪をみて興味をもった。
この北国には金髪や銀髪の人間は多いし、そう珍しいものじゃないのに。
彼女の髪は光の角度で薄紫に染まって見えて。そんな髪を見たのは初めてだった。
「あの方の支えになってほしい」
そういった父さんは本当に真剣で。
初めてだった。父さんがあたしにお願いをしてくれたのは。
それが嬉しくて。新しい友達が出来るのも嬉しくて。
思わず駆け出していってポーラに話し掛けた。
「一緒に遊ぼう!」
それからは時々……本当に時々だけどポーラと遊んだ。
修道院では結構やることが会っただろうに、あたしが行くと司祭さんは決まってポーラを笑顔で送り出した。
今思えば、それも当然なのかなとも思う。
親に捨てられて……一生を世間から隔離されて生きるはずだったポーラだから。
せめて少しでも普通の子と変わらない時間を作ってやりたいと思ってたんだろう。
仲良くなって分かったのはポーラは結構頑固で意地っ張りだってこと。あんなにおとなしそうな顔してるのにさ。でもアースを見てたら別に不思議じゃなくなった。
ポーラと一緒にいるお陰でアースとも仲良くなった。アースはどこかポーラに似てて、大きくなったらポーラもあんなふうになるのかなとか思ってた。
あたしが遊びに行って、ポーラとアースが出迎えてくれて。
そんな日々がずっと続くと思ってたけれど。
修道院が焼け落ちる。
火の手の勢いが強くって近寄る事も出来なくて。
あそこには……あの中にはポーラがいるのにっ!
体は震えるばっかりで、動くことも出来なくて。
ポーラを助ける事が出来ないのが悔しくて。
わんわん泣いてばかりのあたしに父さんは教えてくれた。
ポーラのことを。
一緒の道を行く勇気があるかと。
一も二もなく頷いた。
だってポーラは友達だから。友達を見捨てたりなんかしたくないから。
再会した時には本当に嬉しかった。
これからまた一緒にいられることが嬉しくて。
ポーラを守れるようになりたくてあたしは父さんから剣を前以上に習うようにした。
魔法の事もアースに聞いた。結局あたしは使えるようにはならなかったけれど。
しばらくは父さんとアースと四人で旅していたけれど、アースは事情があって一緒にいられなくなった。
その事を聞いた時、そっとポーラの顔色をうかがった。
ポーラは本当にアースになついていて……あの火事以来離れるのを嫌ってるように見えたから。
悲しそうな顔で……でも、しょうがないね。それだけ言ったポーラ。
ポーラは頑固で。本当に頑固だから。
あたしにはあんまり弱音を言ってくれなかった。
痛いとか嫌だとかは言ってたけど。やめたいとかは絶対に言わなかった。
ポーラは泣かなかった。少なくともあたしの前では。
泣き顔を見るのは嫌だけど、泣けないのも嫌で。
でもやっぱり笑って欲しくて。
「ポーラはあたしが守るよ。頼りないかもしれないけどさ」
その言葉を口にするたびに、ポーラはそんなことないよって笑ってくれたから。
だからそれはあたしの口癖になった。
そして今現在。
あの頃よりは腕も上がって……それでもあたしはポーラを守りきれてない。
なんたって変な虫が寄ってきてるし。
ポーラは美人だからいずれはこんな奴が来るだろうなとは思っていたけど!
何かしたら絶対切ってやると意気込んでいるものの、剣の腕ではあきらかにあいつの方が上。
それに……あいつもポーラを守ってる。
悔しいけどそれは認めざるを得ない。
別にポーラの『騎士』の座は一つじゃないけれど。
一番の座は渡したくない。
抜かれたなら、抜き返せばいい。
そうしてあたしは今日も鍛錬にはげむ。
ライバルといえばこの人しかないかな、と。相手は誰でもOKってことで。
でもおもいっきりノクスっぽいような気がひしひし。
ライバル心を向上心に変えて。(04.12.23up)
旅の果て
時々ふと淋しくなるの。
「……で、――ってのは?」
「いや、なら――の方が」
テーブルに地図を広げて、あーでもないこーでもないと、男性二人が話している。
ノクスとユリウスは宿につくたびにこうやってルートを立てている。
料理が運ばれてくるまではいつもこう。
ユリウスはもちろんだけど、ノクスもあちこちの町のこととか結構知ってるのが……少し悔しい。同じ年なのに、何でこんなに違うんだろう。
私たちはいつもいつもユリウスに頼ってたんだなって改めて認識させられる。
情けないな。
「シワ、寄ってるぞ」
声の主を少し恨みがましく睨めば、困ったような顔になる。
私と同じく話に入っていけないユーラ。
「なんか悩み事でもあるのか?」
「悩み事とまではいかないけど、ちょっと考える事はあるわ」
ため息混じりに呟く。幸いユリウス達には気づかれてない。
「どんな事?」
「私って出来ない事多いなって」
「どうして?」
「この旅って結局は私の……でしょ?
なのに自分でルートも決められないし。
せめて話してる内容くらいはわかるようになりたいわ」
前に一度、自分で思ったルートを提案してみたら、理路整然と諭された。今になれば分かるけど、旅慣れた者なら絶対に選ばないような危険なルートだったから。
それ以来は、また自分の無知を晒しそうだからルート選びには参加してない。
「確かにそーかもな。ちょっと父さんに頼りすぎてるかな」
同じ思いを抱いていたのか、神妙そうにユーラも頷く。
この旅は追っ手から逃げるためのもの。そして、母上に会うため。
でも母上がいるレリギオは、ソール教の聖地。
『ミュステス』である私にとっては近づく事すら難しい場所。
追っ手はしつこく追いかけてくるけど、それを出し抜かないと母上にはお会いできない。
結局思考は堂堂巡り。
旅をする事で少しは成長できているのだろうか?
自信が無い。
「ポーラ、食べないのか?」
言われて気がつけば、目の前には温かな料理が並んでいた。
「ううん。食べる食べる。いただきます」
いつものように手を合わせて挨拶して、スープを一口。
こうやって食卓を温かく迎えられる事はすごく嬉しいけど。
時々ふと淋しくなるの。
こんな時間はいつまで続くのかなって。
誰かと一緒に囲む食卓は、とても美味しくて楽しくて。
でも……旅が終わったら?
父上と母上と一緒に暮らせるようになるのかな?
アースとも一緒にいられるようになるのかな?
ユリウスやユーラとは、また一緒にご飯を食べれるのかな?
ノクスと……別れなきゃいけないのかな?
旅が終わった時、私はどうなっているのかな。
母上にはすごく会いたい。でも……それは旅の『終わり』を示すから。
終わりはまだ先の事。
それは分かっているけど、着実に近寄っている。
追われるのは嫌だし、母上には会いたい。でも。
それでもまだ望んでる。少しでも旅が長く続く事を。
嫌な事ばかりじゃないから、今の関係が壊れるのが嫌だ。
そんな事もあるかと。(05.06.15up)
「ファンタジー風味の50音のお題」 お題提供元:[A La Carte] http://lapri.sakura.ne.jp/alacarte/
ポーラが「彼ら」の里に迷い込んだ訳じゃなくって、「彼ら」がわざと迷い込ませたという。
「彼ら」の里は古き良き日本の農村とでも……もしくは某走る村。(05.05.25up)