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月の行方

瑠璃色の目覚め

 コロン。
 荷物から一つ、箱がこぼれ出た。
 慌てて拾い上げて丁寧に検分する。
 よかった。どこにも傷はついてない。
 ほっとしてポーラは小箱をテーブルの上に置く。
 中身は何も入ってない、てのひらに乗るくらいの長方形の箱。

 これを手に入れたのは、追っ手から逃げるのにも結構慣れては来た頃の事。
 どこの町のことだったか。確か空の綺麗な砂漠地方だったと思う。
 辺りからさまざまな呼び声のかかるバザールを歩いていて。
「あ」
 先に足を止めたのはユーラだった。
「きれーだな。ポーラに似合いそう!」
 深い海のような青い石。
 それらの指輪やネックレスを指差してにっこり笑う。
「そう?」
 いつものようにあいまいに返してポーラも商品を見る振りをする。
 ユーラがこういったものが好きなんだという事は薄々気づいていたから、たまには思う存分見させてあげたいというのもある。
 目に優しい深い青。
 青は元々好きな色だから、何か気に入ったものがあれば買ってもいいかもしれない。
 小さい物なら買えるくらいのお金はあるし。
 商品を眺めていて、ふと目に入ったのがその石を使った小箱。
 縁取りは金。
 石の断面が多いせいだろうか、他の石にも入っている金の点々がよく分かる。
「何かありましたか?」
「父さん」
 必要品を買い込んできたユリウスが少しはしゃいでいる娘を見、妙に熱心に商品を見つめているポーラに気づいた。
 珍しい事もあるものだ。いつもいつも飾り立てられては、アクセサリーを外したりドレスを脱いだりしておられたのに。
 それとも、ようやくこういったものに興味を持つお年頃になられたという事か。
 ポーラはちらとユリウスを見て、再び小箱に視線を戻す。
 店主に断りを入れて手にとってじっくりと眺める。
「綺麗な石ですね」
「この辺りの特産だよ。どうだい一つ」
「欲しいか?」
 父の言葉にユーラはぱっと顔を紅潮させるが、迷いに迷って首をふる。
 一度首をふった以上薦めても意地になって否定するだけなのは分かっていたので、ユリウスはそれ以上何も言わなかった。
 その間もポーラは箱をためつすがめつしている。
「こちらのお嬢さんは目が高いね。一点ものの小箱だよ」
 ここで逃したら買えないよ。
 物売りの言葉を聞こえていないかのように熱心に検分をして、納得がいったのか今度は値段交渉に入る。
 見た目や物腰、そして何よりユリウスたちの態度からポーラは世間知らずのお嬢様と見られがちだ。
 いや確かに生まれはいいのだが、生憎人生の大半を質素倹約、旅の中で過ごしているため意外に世間ズレはしている。
 待つことしばし、ポーラは見事に最初の言い値の半額で小箱を手に入れた。
「ずいぶんあっさり値を下げたなあ」
「もともとかなりふっかけてるのね、きっと」
 逞しい娘達に、何か気まずさというかやりきれない思いがするのは気のせいだろうか。
「でも珍しいなポーラがそういうの買うなんて」
「うん。たまにはいいかなって」
 言って本当に嬉しそうに小箱を胸に抱く。
 新しいおもちゃを買ってもらった子ども……というよりは、お気に入りのおもちゃを持っている子どもといった雰囲気。
「ふぅん。そんなに気に入ったんだ。
 そういえば何入れるんだ? それだけ小さいと、やっぱり宝石類?」
 問われてポーラはきょとんとする。
「え? 特に何か入れるわけじゃないけど」
「でも小物入れだろ? 何か入れるために買ったんじゃないのか?」
「うん。箱が気に入ったから」
 言われて改めて小箱を見るユーラ。
 金の点々のある青い石の本体。
 縁取りは金でなされていて、それには細かい装飾はない。
 確かに綺麗と言えば綺麗だけど、かつて城にいたこともあるポーラならもっと綺麗なものを知っていそうなのに。
「星空みたいでしょ? だから気に入っちゃった」
「ふぅん。ポーラは星好きなんだ」
 野宿する時でも一番星が出る頃にはさっさと寝てしまうから、星が好きだとは思わなかったと素直に告げるユーラにポーラは苦笑を返すのみ。
 もう一度手の中にある小箱を見る。
 この石を見たとき最初に思ったのは確かに星空なのだけど。
 連想したのは彼の事。
 星が大好きで、塔に上っての観察は日課。
 たまにポーラも誘われて、二人で飽きるまで星を眺めた。
 本当は今も夜が苦手だけれど、記憶の中の星空はいつも優しい。
 この箱を見たときに。星空に似たこの石を見せてあげたいな、そう思った。

 それから今まで、ずっと大切に持ってきたのだけれど。
 何にも入れないのはやっぱり淋しい気がする。
 とはいえ中に入れるものも思いつかない。
 入れれる様な大きさのものを探して、ポーラは自分の荷物をぜんぶ出してみた。
 ちょうどいいからこの機会に整理していらないものは捨ててしまおうと思い立つ。
 着替えに薬草、携帯食料。やっぱり入れられるようなものはない。
 少な目の荷物を片付けると、予備の布の中からうってつけのものが出てきた。
 これなら入れてもおかしくない。それに、大事なものに変わりはないし。
 廊下からポーラを呼ぶ声が聞こえる。
 パタンと蓋をしめて、返事をして廊下に出た。

照れるから直接的な表現を避けるのですが、比喩でも十分恥ずかしいです……
ポーラの買った箱の石はラピスラズリ。日本名「瑠璃」ですしね。納めたのは例の腕輪です。
それはほんの小さな自覚。(05.07.27up)

女神のくちづけ

 扉を開けると、酒の匂いが鼻についた。
 宿の一階が酒場というのは多々あることだが、これは一体どういうことだろう?
 室内ではテーブルに突っ伏したままのもの、床で眠っているものなど、大勢が酔いつぶれている。
 そんな中、こちらに気づいた一人が振り向いて微笑みかけてきた。
 地味な色の旅装に身を包んだ、淡い紫色にも似た銀髪の少女。自らが仕える相手。
「お帰りなさい」
 丁寧にお辞儀して申し訳なさそうに言う。
「買い物とか行ってもらってごめんなさい」
「いや……それはいいんだけど」
「ポーラ様、この状況は……?」
 二人の視線を追って店内に目を向けつつポーラは上ずった声で返答する。
「いろんな人にこの街の事を教えてもらってたの」
 酔っ払いを踏まないように気をつけてようやく席までたどり着いて、荷物をとりあえずテーブルに置く。
 ほっと一息ついて、ユリウスは店のマスターに水を注文する。
 差し出された水を飲み干して、ようやく一息つけた。
 ふと彼女の前に置かれたままのカップに目がいった。
 カップは珍しくも無い素焼きのもの。ただ中に入っているのは。
「ポーラ様。これは?」
「これ、酒だよな」
「うんそうみたい」
 二人の追求にポーラはとぼけたように視線を合わせない。
「かなり強いものですよ」
 カップを手にとりユリウスは言う。
「『女神のくちづけ(デアエ・バーシウム)』なんて洒落た名前がついてますけどね。
 かなり強い酒のわりに口当たりがいい分、飲みすぎるんです」
 ため息一つ、ノクスはポーラに問い掛ける。
「これをずっと飲んでたのか?」
「……うん」
 叱られた子供のように頷くポーラにユリウスは嘆息しかけ、その向こうに真っ赤になって眠っている娘の姿を見つけて頭を抱える。
 こんなところで無防備に寝るんじゃ無いッ
「ポーラさま。勧められるままに酒をのんじゃあいけません」
「ごめんなさい。断りづらくって」
「いいから断れ。あとそいつ起こしとけ」
「あ。そうね」
 頭痛をこらえていると、ノクスに呆れたように言われた。
「こういうことくらい教えるもんじゃないのか?」
 もっともなその意見。耳が痛くてしょうがない。
 十五といえば国によっては結婚の許される年である。
 そんな年頃の娘が酒場で酔って寝てしまうなど言語道断。
 自分の娘は無論のこと、ポーラとて敬愛する上司の息女。
 何が何でも守らないといけない。
 しかし。
「年頃になる頃には教えますけど……保護者が誰だったと思ってるんです?」
「いやまあそれは」
 紡がれた言葉の陰鬱な響きに、案の定言葉に詰まる彼を眺めて、やはり別行動は辞めた方がいいなと改めてユリウスは認識した。
 娘を見れば、揺さぶられてもなにやら寝言を言うだけでまったく起きる気配がない。
「ポーラ様。ユーラは私が運びますから、もうお休みになってください」
「え。でも」
「いいからさっさと上がれ」
 ユリウスの分の荷物もまとめてノクスが席を立つ。
「今日は早めに休んだ方がいいですよ」
 再度の言葉にしぶしぶポーラは従う。
 ふらつく様子もないし、受け答えもいつもと同じ。顔色も変わってない。
「大丈夫なのか?」
「? うん」
「お前酒強いんだな」
「そうみたい」
「母君も強い方でしたし、アース殿もざるですからね」
 二人のやりとりに苦笑しつつユリウスは言う。
 ユーラを抱き上げて慎重に酔っ払いを避けて階段に向かう。
 そういえば。こうやって娘を抱き上げたのはいつ以来だろう。
 その大きさも腕にかかる重さも、当然ながら覚えているものより増していて。
 本当に大きくなった。
 じーんと胸に広がるものをかみ締めつつ、少しでも早く安らかに眠れるように部屋に向かおうとして。
 こほんという咳払い。
「お代はどなたが払われるので?」
 店主の言葉に階段近くまでたどり着いていた一行が足を止める。
 その眼光は猛禽類のように鋭く、『食い逃げ許すまじ』と無言で訴えている。
 この惨状から察するに、彼女達……いやポーラがかなりの量を飲んだのは確か。
「そこらに転がっている連中からとってくれ。さっきの水代もそっちに」
 一瞬の躊躇も無くユリウスは言い切った。
「なるほど。他に何か伝言は?」
「うん? そうだな。これに懲りたら手を出すな。と」
「伝えておきましょう。では良い夜を」
「ああ」

 階段を上っていくユリウスをしばし呆然と見上げてポーラはポツリと呟いた。
「ユリウス……なんか怖かった」
 とはいえ、元はといえば自分の軽率な行動のせいなのだろうけど。
 視線を感じて顔を向ければ、ノクスがこちらを見つめていて。
 訳がわからず見つめ返せば大きなため息をつかれた。
「なぁに?」
「なんでもない。ほらさっさといって寝ろ」
 しっしっという感じに手を振られてむっとする。
 ポーラを置いてさっさと二階に上がり部屋へと向かうノクスに、小走りで追いついて声をかけてこちらを向かせる。
「何だ?」
 問いには答えずにそのまま近寄って。

 廊下から鈍い音が聞こえてきてユリウスは嘆息した。
 やっぱりな、と。
 アースはどうだか知らないが、ポーラの母親は酔っても普段と大して変わらないが……喧嘩っ早くなるのである。何かのはずみで機嫌を損ねようものなら殴られるは蹴られるは。普段のしとやかさが嘘のような惨状になる。
 このことは標的になっていたユリウスと、夫であるアルタイル以外は知るまい。
 親子なら似てて当然だろうし……まさかとは思っていたが……
 騒ぎになるのを考慮して一応は抑えてあるが、ノクスの悲鳴じみた怒鳴り声が聞こえる。
 女性相手に手荒な事をする訳にはいかないこちらと違って、あっちは酔いも手伝ってまったく容赦がない。
 多分ぼこぼこにされているのだろうが……まあこれもひとつの試練という事で。
 これに耐えられるようにならないと困るだろうし。
 妙な責任転嫁をしつつ、殴りつかれてポーラが寝入るまで、ユリウスは部屋から出なかったという。

酒の席での話ということで。元々「彼ら」は酒には強いって設定がありました。
「彼ら」は危険いっぱいな古い時代で、強くなければ生きられなかったから、(「彼ら」からみれば)平和な今の世の中では逆にその力が目立ってしまうってとこです。(05.03.16up)

「ファンタジー風味の50音のお題」 お題提供元:[A La Carte] http://lapri.sakura.ne.jp/alacarte/