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スコラ マグス

貴方の知らない私

 トラブルを呼び寄せ、迷惑を振りまくお荷物。けれど代わりのきかない優秀な精霊術士。
 それが橘楸が受ける他者からの妥当な評価と言えるだろう。
 彼女のトラブルメーカーぶりは有名で、だからこそ進んで近づこうという人間はいない。
 もっとも、彼にしてみればそんなことを知らずに近づいて、知っても離れようとは思わない。彼女がどうしてそういう行動をとるのか、なんとなく察したから。

 今日も今日とて、彼女は従弟にまとわりついていた。
 親鳥の後ろをついて歩く雛のようといえば微笑ましいが、親戚とはいえ『彼女』が他の男と親しい様子を見ているのは、正直微妙な気持ちにもなる。
「しーちゃんしーちゃんねえねえしーちゃん」
「黙れうるさい静かにしろ」
 場所を考えれば、返した男の方が正しいだろう。
 整理中の書庫とはいえ、本を借りようとやってくる人はそれなりにいる。
 図書室は静かに、なんて十歳に満たない子供だって知っていることだ。
 そもそもなぜシオンたちがこんなことをしているかというと、仕事ではなく、なにかをやらかした罰として書庫の整理を言い渡された、らしい。
 他の二人は黙々と片づけを続けているにもかかわらず、この従姉弟たちは口も動く。
 何の関係もなければアルトゥールだってどちらかと言えばシオンの肩を持つだろうが、楸が関わっているとなれば以下略。
 ふと考える。
 初めて会った時――潜入捜査中の彼女が、アルトゥールの学校へ転校してきたときにはこんなではなかった。
 周囲を気にせず騒いだりしないし、怒られても懲りていないようにいつも笑ってもいなかった。
 潜入捜査中だったのだから、普段と違っていたのは当然だろう。でも――

 自身の思考から戻ってきたのは、耳障りな声のせい。
 振り向くことなどせず聴覚だけを集中すれば、案の定聞こえてくるのは目の前で愉快なやり取りを行っている二人のこと。
 ――あれが捜査団の秘蔵っ子とは。
 ――親の七光りというやつで入団したんじゃないか?
 ――貴重な精霊術士だから退団させるわけにもいかないんだろう。
 ――だから世話役ってわけか。
 悪口と同情を装った嘲笑。
 面と向かって言うことは少ないが、目立つがゆえに陰口は多い。
 むかむかする気持ちはあるが、言い返したからとてあまり意味はない。ひどくなるようなら、それとなく伝えようとアルトゥールが考えていると、従姉弟たちの攻防がようやく終わったらしい。
 ついてくるなと言い捨てて、シオンが一人奥へ向かっていく。
 見た目よりも軽い音を立てて開かれたのは、他と比べると小さ目な黒い扉。
 一定以上の資格を持つものしか入れない機密地帯。
 それを見て、楸もようやくあきらめたらしい。彼女はそこに入れない……まだ。
 くるりと向き直った楸の目に、アルトゥールとその他数名が入ったのだろう。
 後者を見つめ、彼女はにこりと笑う。それは、従弟の前ではけして見せない顔。
 そそくさとどこか逃げるような足音が聞こえなくなるまで待って、アルトゥールは口を開く。
「あんまりそんな顔はしないでほしいな」
「あははー」
 誤魔化すような笑みは見慣れたもの。先ほどの、ぞっとするような笑みとは違う。
 似合わないからあんまりしてほしくはないけれど……嫌でもない。
 彼が知らない彼女の側面。それを見ることができるから。

二人に共通してるのは『シオンは知らなくていい』。

お題提供元:[もの書きさんに80フレーズ] http://platinum.my-sv.net/