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空の在り処

【第四話 転機】 3.告白と代償

 強く問いただしたい気持ちはあったろう。
 でも、能登は辛抱強く待った。鎮真が来るまでの沈黙が痛い。
 この子は何を隠しているんだろう?
 ……わたしは、どうして気づけなかったんだろう。
 先触れがあり鎮真がおっかなびっくりでやってくる。
 もちろん、傍目には落ち着いているように見えるんだろうけど、いつもより表情が硬いもの。よく分かる。
 現が鎮真を呼びつけたことなど数回しかない。
 まあ、そのたびにややこしいことだったから今度は何をいわれるのだろうって思ってたのだと思う。
「お呼びと聞きましたが」
「ええ。単刀直入に述べますが、鼓潔姫を借り受けたいのです」
 現の要請に、鎮真は不可解そうに眉を寄せる。
 内容もだけど、いきなり本題に入る現にも違和感を感じたのかも知れない。
「恐れながら、鼓は奇跡捜索の任に」
「その石が手に入った以上、任を終えたととっていいでしょう」
 分かりきった事実を告げる鎮真。
 現も知っているはずのことだけどという疑問の篭った声。
 それを遮って現は言う。
「先ほど、私の元へ石が送られてきました。状況を聞くために彼女を呼び戻したいのです」
「そういうことでしたら」
 言われた内容に瞬き一つ。しぶしぶながら鎮真は頷いた。
 胃が痛そうな顔してる。一体どういう状況でそうなったのか、分からないなりに嫌なものを感じてるんだろう。
 気持ちを切り替えるように息を一つ吐いて、珍しく鎮真は真剣な顔で言った。
「私からも、姫にお聞かせ願いたいことがございます」
「なんですか?」
 応じる現はいつもと変わりない。それが余計不安を煽る。
「近頃、お食事が進まぬご様子。何かお気に召さぬことでも?」
 鎮真の問いかけに安堵と不安が駆り立てられる。
 食事の量が減ったということの報告が彼に届いていたという安堵と、誰から見ても異常だと分かってしまった不安と。
「いいえ」
 ゆるく否定する現。鎮真は顔をしかめてさらに問いかける。
「でしたら、何故」
「必要、ないのでしょう」
 返ってきた言葉は、一体どういう意味なのだろう。
 食事をせずに生きていけるわけがない。
 好物を食べないことで願掛けをしていると言うわけではない。
 なんで『必要ない』の?
「七夜殿を呼んだのは他でもない、その件についてです」
「姫が食事を召し上がらないことでございますか?」
 鎮真の問いかけに、現は軽く目を伏せて言った。
「私の現状です」
 来た、と思った。
 それが多分、現が『隠していたこと』。
 今まで誰にも悟らせずに――つまりは知られるわけにはいかなかった事。
 すいと、現は視線を滑らせる。外界へ通じる障子の方に。
「今は、まだ昼で合っていますか?」
 急な言葉に鎮真も能登も困惑を隠せない。
 それが分かっているのか、現は苦笑を浮かべた。
「わからなくなってきているのです」
 なんでもないようなその言葉。
 主語のないそれの意味に気づくことが出来なくて、結局現に話させてしまった。
「目がだんだん見えなくなり、耳もだいぶ遠くなりました」
 最近は時の鐘も聞こえづらくてと付加えられて、初めて事態を飲み込めたのだろう。
 二人の顔色が見る間に白くなる。
「まさか、味も」
「ええ。それに、食事をしなくてもこのように支障がありません」
 ふぅと自身に呆れたように息を吐く現。
 とっさに思い浮かんだのは病だった。
 『わたしたち』が『わたしたち』である限り避けられない病。
 かつて死因の大多数を占めた死へ至る病。
 徐々に体の自由が利かなくなる――生きたまま、少しずつ石へと変わっていく病。
「ですが姫は咳など」
 能登が半ば叫ぶように言う。
 そう、あの病の特徴は咳。止まらない咳からあの病は始まるのだから。
 現もそれは分かっているらしく、こくりと頷いた。
「ええ。ですから、これが反動なのでしょう」
 『反動』。
 その言葉で、何がそれをもたらしたのか知ってしまった。
 『奇跡』。十二に分けられたという、姉上。
「姉上をお助けするまえに、この事を知られる訳にはいきません」
 残りの石は二つ。もうそこまで迫っていた。
 思わず叫びそうになった。やめて、と。
 『奇跡』を集めるのをもうやめてと。
 でも……それはつまり、姉上を見捨てるということ。
 『奇跡』を集めれば、壱の神が姉上を助けてくれるといった。
 だから、でもッ! 現が犠牲になるなんて聞いてないっ
「畏まりました。必ず」
 鎮真はそれだけを言って頭を垂れる。
 止めることなんてできない。鎮真の立場でできっこない。
 そんなこと分かってる。分かってるけどっ
「ありがとう。声がでるうちに言っておかないといけないと思っていました」
 心底ほっとしたように現は言う。
 そうじゃないでしょ? なんで、そんなに。
「姫様」
 耐え切れなくなった能登が現を呼ぶ。
「どうかした能登?」
 でも、現はなんでもないことのように問い返す。
 本当にいつもと変わらないくらいに。
 だから一瞬だけ、さっきの告白が悪い冗談じゃないかって思う。
 言葉を失った能登に、現は言い聞かせる口調で言う。
「これから私は体調を崩すかも知れないけれど、宮中に上がれぬような医者を近寄らせることは許しません」
 つまり、医者には診せるなということ。
 診せてもどうにもならないだろうし、何より知られる訳にいかない。
 現の現状を他者に知られれば、簡単に国内での対立を煽ることが出来るから。
 他国の動向をのんきにうかがっていられる状況じゃないことは分かってる。
 鎮真は都へ上がるための準備があるからと、そそくさと部屋を去っていった。
 能登は無理やり笑顔を浮かべて現に何か言ってる。

 どうして言ってくれなかった、なんて言えっこない。
 『知られてはいけない』からこそ、あの子は隠していたのだから。
 だから、気づけていたとしても出来ることは、周りに悟らせないこと。
 知っている人間が多い分、隠すことは困難だったかもしれない。
 だからこそ、現は誰に知らせず悟らせず、一人で耐えてきたんだろう。
 頭では分かっていても、感情が理解してくれない。
 できることなんてなかった。
 でも、気づけなかったのが辛かった。