【第四話 転機】 1.不安と旅立ち
一夜明けて、それでもポーリーはまだ少し不機嫌だった。
本当に、今すぐ助けたいんだろう。
それほどまでに想ってくれているのは嬉しいけれど、機を待つことも大切なのよね。
その点、ノクティルーカは安心できる。
焦っていても顔に出さず、何とか自制しようとしている。
まだ若いから、これだけ出来れば十分だし。
ポーリーが術を使った後、あちらで何があったのかを問われたノクティルーカは淡々と答える。
ソール教会――琴姉上を捕え、今なお想姉上を利用と使用としている相手――に呼び出され、危うく殺されるところだったこと。
術の反動で眠りについたポーリーを救うために奔走したこと。
残る石の持ち主、『フリストの勇者』の任につく鼓良将の子供のこと。
むくれたままのポーリーに呆れつつ、今までの出来事を尋ねられるままに答えるノクティルーカ。
大体のことは眞珠から受けていた報告と同じ。けれど、どうしても当事者にしか分からないことも多い。
それゆえに少しでも情報を得るため、現は聞き役に徹していた。
一通り話を聞き終えて、ようやく本題を切り出す。
「そうだ。ノクティルーカ」
「何?」
「石を渡してくれる?」
なんでもないような軽い言葉。
けれど、言われたノクティルーカは息を飲んだ。
この子が『石』を持つに至った経緯は正告から聞いている。
今まで渡すように言わなかったのは、そもそも現がノクティルーカと会う機会が少なかったのと、持っていることでノクティルーカの生存率が上がるだろうと予測されたから。
ポーリーの婿第一候補はこの子だもの。
魂の双子。縁深き相手になるだろうと正告が言ったとおり、二人はなんだかんだで仲がいい。
好きな人が結婚相手、なんてこと、星家の姫という立場では滅多にない。
だから、ポーリーが望むなら叶えてあげたい。
ポーリーだけじゃなく、ノクティルーカもまんざらじゃ……ううん、望んでそうだしね。
「どうして石を集めているんだ?」
不審と不安の混ざった顔でされる問い。
それはきっと、前々から思っていたことなんだろう。
「一色白哉はソール教会の奴らへの嫌がらせだって言ってたが」
「ポーリーを助けるために石を集めたのは、石の力を使って壱を呼び出すため」
私は動ける状態じゃなかったからと続ける現の顔には自嘲の色。
そうね、でも、あの時現は自由に動けていてはいけなかった。
現が一ヶ所に留まり、軟禁されたことで分かったことも多々ある。
例えば……誰が明に取り入って国を乱そうとしているか、とか。
「ずっと『奇跡』を探して、集めている理由は……姉上だから」
現の告白に、子供たちはきょとんとした顔をする。
『外』の子達はそれが普通なんだろう。
でも、昨日見たばっかりのはずなのに……
「ノクティルーカ、あなたが持つ剣。それが琴姉上だって知ってた?」
「は?」
「ルカの剣が……母上?」
白い顔でポーリーがまじまじとノクティルーカの剣を見る。
そう。娘を守るため――その力となるために、姉上の亡骸は剣へと作り変えられた。
この国の黎明期に『迷い込み』、国づくりに尽力した者達が神宝になったように。
「じゃあ、叔母上は死んでからも利用されているの?」
事態を理解したのか、泣きそうな声のポーリー。
そんなの嫌だと必死に訴える姪に、現は小さく首を振る。
「いえ。まだ、生きています。助けることが出来る」
「そうなんだ」
「悪い。俺、守れなかった」
ほっとしたポーリーと逆に、ノクティルーカは悔しそうに唇をかむ。
彼の後悔はよく分かる。奪われた相手がソール教会の司祭バァル。
姉上たちを陥れ、ウェネラーティオたちを捕え、ポーリーを苦しめた相手だから。
「大丈夫。ちゃんと取り戻すから」
自信満々に言い切る現。
安心させるように笑って、ノクティルーカへと手を差し出す。
「手を」
向けられた『左手』。現と同じく、ノクティルーカも『奇跡』を宿す場所。
おそるおそる伸ばされた手が触れた瞬間、室内に光が満ちる。
水底を照らしたような蒼い光。
幻想的な光景に、ポーリーが感嘆の息を漏らす。
確かに綺麗。まるで海神の都のよう。
あっという間に消えてしまった光景は、だからこそ美しいと感じたのかもしれない。
「疲れない?」
本当に不思議そうにノクティルーカは言って、左手を握ったり開いたりする。
「無理に渡す訳じゃないから。それに、私は縁深いから」
「アースは大丈夫なの?」
少し固い声での問いは、妙に不安そうなポーリーからされた。
「大丈夫って?」
現は本気で心当たりがないらしい。
『奇跡』を持つ弊害の話は聞いたことがあるけれど、そのことなのかしら?
「だって、ルカは二つ持ってた時、おかしかったもの。全然笑わないのよ?」
え?
「特に変わってないと思うけど?」
ぎょっとしたわたしと違って、現は不思議そうに首を傾げる。
弊害が出たっていう人の話は聞いたことがある。でもそれはすべて、『わたしたち』以外の人のこと。
だから、『わたしたち』は関係ない……はず。
そう思うのに、どうしてこんなに不安になるの?
その後、不安そうなポーリーを現が宥めて、とりあえず終わった。
しばらくはこういうのんびりした――準備期間が続く。
そのはずだった。
日課になった鎮真の訪問で、覆されるまでは。
「都に発つ?」
言われた言葉を繰り返し、現は不思議そうな顔を隠さない。
「昨日とは随分違いますね」
「急遽、予定が入りましたので」
神妙に答える鎮真。
七夜が召集されるような事態……ポーリーのことを知ったのかしら?
予想より遅かったわね。でも、『ポーリーが国に戻ってきてから』を考えるなら十分早いのか。
「通常、私が都に上がる際には、信用出来る者たちを先に都へと向かわせます」
「そこに、あの子たちを紛れ込ませるということですね?」
「左様」
鎮真にしては思い切ったことを企むのね。
感心してしまった。
だって、あの子たちを真砂に紛れ込ませるってことは、何かあったときの責は一人で負うということ。
無論、『真砂七夜』の配下として紛れ込むことで、関所越えの際の面倒ごととかは格段に減る。ポーリーを狙う刺客たちも難しくなるだろう。
「わたくしも」
突如割って入った声。
「わたくしも、ご一緒してよろしいでしょうか」
それは、今まで黙って聞いていた明のもの。
問われた現はしばし考えるようにして、笑った。
「ええ。あの子をよろしくね、龍田」
「姫様?!」
「ちい姫様の護衛ならば私が」
びっくりしたような能登と眞珠に、現は告げる。
「だって、眞珠の顔は知られているでしょう? それに、護衛は多いほうがいいわ」
押し黙る眞珠も自覚はあるのだろう。
都……宮中でほぼ中心にいた者達の顔は広く知られている。
今、のこのこと戻れば何をしに来たと思われて当然。
一色のように、現在まで変わらず宮中に出入りしている者達ならいざ知らず、眞珠は兄上の元で働くことを選んで以来、あまり戻っていなかったものね。
でも……明は何を思って都に戻るつもりなのだろう?
不確定なことはたくさん。それに伴う不安ももっとある。
けれど、あっという間に話はまとまり、慌しくポーリーたちは都へと向かってしまった。
後になって思う。あの時の判断は間違いではなかったのだと。
それでも色々、本当に色々なことがあったのだけれど。