【第三話 再会】 4.壱の神と姪っ子
くっくっと笑うはとても楽しそうでいて、いじわるに見えた。
……現の顔でそんな表情しないで欲しい。
「『どうした? 我が分からぬと申すか?』」
ほら、ポーリーだって戸惑ってる。
「知っている……ような気はします」
「『当然だ。この器からそなたたちを見ておったのだからな』」
当たり前のことを言うように笑う『壱の神』に対して、ポーリーはものすごく不満そうな顔をしてる。
相変わらず腹芸が向かない子。
確かに言われて腹が立つだろうけれど、それを顔に出してもいいことないのに。
「『我を恐れぬか?』 」
「怖い神様なんですか?」
難癖をつけるような『壱の神』の問いかけに返ったのは不思議そうな声。
「『さてな。しかし、多くのものは我を恐れるぞ』」
それは事実。だって『壱の神』はわたしたちの命を握っているも同然。
『壱の神』に見放されるということは、太陽が消えるのと同じことだもの。
「よく知らないのに怖がるのはおかしいです」
え?
「『珍しいことを言う娘だ』」
わたしと同じように驚いたんだろう。『壱の神』も心底不思議そうに言う。
「『人は知らぬもの、理解出来ぬものを恐れるというのに』」
「それに、ずっとアースと一緒にいたのでしょう? なら、怖くないわ」
「『奇妙な信用の仕方だな』」
それには同感。
『外』で育ったせいか、それとも本人が元々持っていたものなのか、ポーリーは本当に予想外のことを言ってくれる。
呆れたような、でも興味深そうな目でポーリーを見てから『壱の神』は告げた。
「『さて、そろそろ本題に入ろうか――世の理について、きかせてやろう』」
堂々とした姿に、子供たちが不安と期待の入り混じった目を返す。
そんな彼らには何も返さず、『壱の神』は冷徹に言い放った。
「『その前に、そちらは邪魔だ。失せろ』」
氷のような眼差しと言葉。
命令を告げることになれたもの特有の高圧的な態度。
『壱の神』の命は絶対と言ってもいい。
能登も眞珠も深く頭を下げてから部屋を後にする。
全員が部屋を辞しても『壱の神』は黙ったまま。
沈黙に耐えかねたのか、ポーリーがちらちらと視線を送り、ノクティルーカが口を開きかけたとき。
「『あー、堅苦しかった』」
晴れ晴れとした声に、一瞬思考が飛ぶ。
「え?」
きょとんとした声を上げたのは誰だろう。
それよりも先に、さっきの言葉は誰の口から発せられたものだろう?
「『オマケがいると楽に出来ないからね。まったく、どれだけボクに夢見てるんだか』」
ぷーっと頬を膨らませるしぐさは小さい頃の現がたまにしていたこと。
お行儀が悪いからって怒られて、ますます膨れていたわね。
ええ、現実逃避してるのは良く分かってる。
「えーと?」
ポーリーも変貌振りについていけないみたいだし、というか、夢でも見てるのかしら?
「『導も月も気に入った。だから、ちゃんと話してやるよ』」
夢だとしたら、ポーリーに再会したのも夢なのかしら?
それはちょっと嫌だなぁ。
「『さぁ、何が聞きたい?』」
流そう流そうと必死に逸らしていた耳が拾う音。
それは確かに双子の妹と仕える神のもの。
立ち直りきれていないわたしよりも、ポーリーのほうがすばやかった。
「多分、聞きたいことはこれからたくさん出てくると思うし、聞いていた方がいいことだってたくさんあると思う。でも、今一番聞きたいのは、どうしたらアースをここから解放出来るの?」
健気なこと言ってくれて嬉しいな。
「『都に戻って、昴として命じるだけだよ』」
やっぱり、現実? これが……『壱の神』?
「『そのためには、お前が琴の娘だと証明しなきゃいけないだろうけど』」
あ、この意地悪な感じは『壱の神』。
「証明?」
「今、都を牛耳っている者たちにとって、彼女の帰還が望ましいとも限らないからですか」
「『今まで握っていた権力を手放すと思う?』」
「いいえ」
うん。こういうこと言うのは『壱の神』ね。
ということは……本当に現実……
「『自身の証明って結構難しいことだよ。お前はどうやって自分が自分だと証明する?』」
妙にしみじみと言われた言葉。
どうして『壱の神』がこんな風に言うんだろう?
問われたポーリーは、背筋を伸ばして自身の胸を叩く。
その堂々とした姿は琴姉上に似ていた。とても、とても。
「この身と形見と思い出、です」
「『ふぅん?』」
面白いものを見る目なんてしないで欲しい。現の姿なのに!
ポーリーもそう思っているのか、それとも別の理由からか少し複雑そうな顔をして続ける。
「幸い、わたしは母上に似ているみたいですし、形見として授かったものもあります。
それから、母上が私にだけ話して下さったことも」
わたしは知ってる。
顔が似ているからとか、証拠の品があるからとか。それだけで『自分が誰か』を証明できることは難しいことを。
ましてこれからこの子が挑む場所は権威の中心。権力者達の巣窟。
自分達の利益を守るためはに本物を偽物と言い切り、白が黒になる場所。
前途多難なのはきっと分かってるんだろう。
でも、迷いは見受けられない。
まっすぐ見つめ返すポーリーに、『壱の神』が笑いかける。
現が浮かべるものと良く似た笑みを。
「『万一、うるさい奴がいたら、呼べばいい』」
「え?」
嘘。
「『この、ぼくが――壱が証明する。お前は確かに琴の娘、導だと』」
『壱の神』が、ポーリーに助力するというの?
「ありがとうございます。じゃあ早速」
「『気が早すぎるぞ。1日くらいゆっくりしていけ。そのほうが楽しいし』」
「楽しい?」
「『鎮真のあの胃の痛そうな顔、見たか? あんなに愉快な見せ物はそうないし、すっごく楽しい』」
言葉どおり、楽しそうな『壱の神』。
なんで? いつも代償を求めるのに……どうしてこの子には何も請求しないの?
それともまさか、後になってからとんでもないことを言うつもり?
「『聞きたいことがあれば、また呼べばいい。気が向いたらいってやる』」
「えーと、壱って呼べばいいの?」
ちょっとポーリー! なんでいきなり呼び捨て?!
「『そうだ。そう呼べ』」
慌てたわたしだけど、『壱の神』は気にした様子はない。
それどころか……嬉しそう?
同じような違和感を感じたのか、ポーリーが口を開きかける。
けれど……ふいに閉じられた目、霧散していく冷たい空気。
ふっと小さく息が吐かれて、紫の目が再び開かれる。
現が戻ってきた。
「アース?」
「『壱』ったら、ポーリーたちがかなり気に入ったみたい」
ポーリーの問いかけに苦笑を返す現。
この子も、呼び捨て。
現がポーリーに何かを言って、なんだかやり取りしているけれど、わたしの耳にはぜんぜん入ってこなかった。
わたし、何か勘違いしている?
『壱の神』のことは主人でもあるし、長い付き合いだからそれなりに知っていると思っていた。
気まぐれでわがまま。
わたしの頼みを聞いて現を助けてくれたのだって、きっと気が向いたからだと思う。
でも、今日の様子はなんだか違った。
それは……何故?
考えても、答えなんてわからない。
ただ置き去りにされたようで、不安で仕方なかった。
わたしが知らない――気づいていないことが、まだまだたくさんあるようで。