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空の在り処

【第三話 再会】 3.告白と混乱

 どう説明するのだろうと心配していたら、現は身も蓋もなく言い切った。
「簡単に言えば、後継者争いが今も続いてるの」
 簡単すぎるでしょッ?! 確かに手っ取り早いかもしれないけど!
「今の昴の血統を推す一派と、姉上の子であるポーリーを推す一派。
 最後に……私を推す一派」
「え?」
 言いにくそうに付加えられた一言に、予想もしなかったのかポーリーが問い返す。
 今回の一件で諦めたでしょうけどと呟く現の声も聞こえていないみたい。
 でも……確かに、この三人以外に昴になれるものはいないから。
 宮中の人間や貴族、七夜だって大体そう分かれているもの。
「まあ、後継者争いなんてものはいつの時代もあったことです。
 問題は……その争いに他国の影が見えること。それも、ソール教会の影が」
「ソール教会?」
 今度問い返したのはノクティルーカ。
 けれど、先程のポーリーのように驚きの色はなく、むしろどこか納得した様子だった。
 確執があることは分かっているものね。
 琴姉上(ポーリーの母親)たちが囚われていたことだし。
「ええ。『神』と『奇跡』を作り出し、自分達の都合の良いように表で裏で世界を操ってきた相手」
「神をつくった?」
「『奇跡』?」
 何を言い出すんだろうと如実に語る二対の瞳をまっすぐ見返して、現はただ一度だけ頷く。
「ソール教会の『神』と言われているのは、『ソール』でしょう?
 『彼』が何者か、もう知っているでしょう?」
 確信を持っての問いかけ。少し間を置いたものの、二人は頷いた。
「ラティオの……お祖父さん、でしょう?」
「ええ」
 ラティオ――(ことわり)は二番目の姉の孫。ポーリーにとってはいとこの子にあたる、先の旅を共にした仲間。
「彼の双子の妹が、先代昴の朧」
 彼女も、もういないのだけど。
 結局……一番関わった親族のはずなのに、最後に立ち会うことすら出来なかった。
 視線を落とせば、現は自身の左手に右手をそっと重ねていた。
 そこに宿るものをいとおしむように。
「私の『石』は、彼女から譲られたの」
「そう、だったんだ」
 初めて聞いた、とポーリーは小さく呟く。
 そうでしょうね。現は石を持っていると聞かれれば答えていたけれど、どうやってとかいつとか、そういうことは言わなかったし。
 『もっている』といったところで信じるものはほぼいなかったから。
「そして彼女は、『兄』から渡されたらしいわ。
 誰にも渡さないで守り抜いて欲しい――僕自身からも、と」
「渡した相手なのに、守って欲しいって言ったの?」
「そう聞いているわ」
 ヘンなのと呟くポーリーにノクティルーカも同意を示す。
 わたしも最初に聞いたときにはそう思ったけど、ソールはきっと分かっていたんだと思う。自分が変わっていくことが。
 だからこそ一番信頼できる相手に託した。そして、自分から遠ざけた。
「ソール教会は長年『奇跡』を探している。
 『ソール』は少なくとも『奇跡』を一つ持っていた。
 なのに、それを教会の手の届きにくい場所へ――信頼できる妹へと渡した。
 だからきっと、『ソール』は『奇跡』をソール教会には渡したくはなかったのでしょうね」
 訥々と言われた言葉に、おずおずとポーリーも口を開く。
「『ソール』は意志を奪われて、『神』に祭り上げられたって……ラティオは言ってたけど」
「本当のことは分からないけど、多分そうでしょうね。
 『奇跡』が何かを、『ソール』は知っていたでしょうし」
 あ、悔しそうな顔してる。
 自分が分からなかったって気にしてるのかしら? 気づく方がおかしいと思うけど。
「『奇跡』は『奇跡』じゃないの?」
 きょとんと問い返すポーリー。
 語られ続けた伝説そのままの、強い魔力を秘めた……魔力そのものともいえる石。それが『奇跡』だといいたいんでしょう。でも、現は静かに首を振って問うた。
「ポーリーは一美の……ゴメイザのこと覚えてる?」
 突然の問いに、ポーリーは呆けたような顔をして瞬きを繰り返す。
 ノクティルーカは誰のことか分かっていないみたい。たった一回会っただけだし、分からなくても仕方ないかも。
 ポーリーはようやく言葉が理解できたのか、神妙な顔で頷いた。
 きっと、辛いことだと思う。当時を思い出すことは。
 一美はポーリーの乳母だった。それに、現の乳母でもあった。
 お転婆すぎた現は良く叱られていたっけ。
「最期のことも?」
 それは、聞くほうも聞かれるほうも辛い言葉。
 けれど知っておかなければいけないこと。
 こわばった顔で躊躇いながらもポーリーは頷き、答える。
「……石になった」
 聞こえるか聞こえないかと言った小さな声に首を傾げるのはノクティルーカただ一人。
 『外』の血の濃い彼にはわからないこと。
「私は……特に血が濃いから出来るけれど」
 そう言って現は懐剣を取り出す。
 ちょっと何するの?! まさかみせるの?!
 思う間にも包みが解かれ、懐剣――銘を黒点という――が姿を現す。
 磨かれた刃をためらうことなく指に当てて、赤が落ちた。
 落ちた一滴は、現の纏う単にしみこむことなく転がっていき、ポーリーの膝元でようやく止まる。
「え?」
 室内の、そう強いとはいえない光。
 宝石のように光を弾くちいさな球体からは、早くも紅の色が抜けつつある。
 けれどこれは間違いなく、先程流された現の血。
 確かにみせた方が早いかもしれないし、説明も省けるけど……案の定ポーリーもノクティルーカも混乱してる。
 現はといえば、何事もなかったかのように回復魔法を唱えて傷をふさいでる。
 うん、怪我なんて残して欲しくないから癒すのに文句はないけど……でも、別の証明方法なかったの?
 指先に残った赤は、こすると砂のように零れ落ち行く。
「何かに滲み込まなければ……こうやって固まる。
 『私たち』は世界から拒絶されているから」
 自嘲気味の現の言葉に、誰一人口を開かない。
 多分一番混乱しているのはノクティルーカ。だって外の人たちはこんな風になったりしないもの。
「石になった」
「だから迂闊にケガも出来ないんですよね。
 逆に言えば失血死の心配はあまりないんですが」
 もうすこしポーリーを気遣うようなこといえないの?
 わざとそんな風におどけてるんだろうけど。
「そうじゃなくて!」
 ほら、ノクティルーカなんかすごく怒ってる。
「どうして!」
「さあ。因果関係はわかっていません」
 現の言葉は本当。だって、本当に分かっていないんだもの。
 ただ……『他の世界』の血が濃いと、より強い形で現れるってくらいしか分かっていないだけ。
 ノクティルーカの鋭い視線に現は笑みを消す。
「まあ……あえて理由を挙げるなら、やはり――
 私たちが元々、この世界の人間ではないから、でしょうね」
「この世界?」
 ぽかんとした表情でポーリーが問い返す。
 そうした顔も中々可愛いけど、困惑しているノクティルーカも結構可愛い。
「精霊がいるって言われる精霊界とかのことか?」
「いいえ、人間には違いありません。他の世界の、ですが」
 後半部分を強調して現は言う。
 嘘でも冗談でもなく、事実なのだと認識させるために。
「長い寿命も、高い魔力も……そのせい?」
「察しが良くて助かります」
 おずおずと聞くポーリーに頷いて現は言う。
 魔力……魔とは、本来、この世界にはありえないもの。
 つまり『他の世界』から来たわたし達は強く持っているのだと。
「寿命の件は、逆に代償ですね」
「代償?」
「長い寿命を持つ私たちだけど……逆にこの国から……正確には『壱の神』の近くから離れることが出来ないの」
「壱の神?」
 不思議そうに問い返す二人。
 そうね、二人とも知ってるはずがないわね。
 けれど現は少し困った様子で口を開く。
「少なくとも、ノクティルーカは知っていると思うけど」
 え?
「俺?」
「わたしじゃなくて?」
 なんでノクティルーカが知ってるの?
 わたし、ずっと現のそばにいたけどそんなこと一言も言ってなかったじゃない。
 視線を向けても、わたしの行動に反応がある訳ない。でも、ここには同じ思いのノクティルーカもポーリーもいる。
 現は何故かその視線に少し目を見張って、考え込むように中空を見上げた。
 何か考え込んでるのかしら? 俯いてため息まで吐いちゃっている。
「直接、お言葉をかけられたいようよ」
「は?」
 ……え?
「神様と話すって……どうやって?」
 どういうこと?
 『誰』が『いつ』現にそういったの?
 嫌な予感に背筋が凍る。
「心配しなくても、今『降られる』」
 それを肯定する現の言葉に、目の前が暗くなった。
「アース?」
 不思議そうに呼びかけたポーリーに応えはない。
 ぞっとするほどの存在感。
「アース?」
「『違う』」
 不安そうなポーリーの呼びかけに応えたのは、抗えない、わたしの主。
「『こうして見えるのは初めてだな。星の子とその片割れよ』」
 壱の神が、現の言葉どおりに降られた。