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空の在り処

【第一話 回顧】 3.現と朧

 基本的に現が回るのは各地の寺社が多い。特にどこどこの国の一宮といった格式高い場所が選ばれやすい。
 今回向かった先もそういった場所で、格は国で三指に入るほどの大社。
 噂では聞いていた。とてもとても大きな神社で、街に着くはるか前からその姿を目に出来るほどだと。
 実際、天に届けといわんばかりの高さを誇る大社は立派で、現もぽかんとした様子で眺めては時折足を止めていた。
 しょっちゅう目を奪われて立ち止まる現に、諭すような声がかかる。
「これ、幻日(げんじつ)や」
 仮初の名――ちなみに、男装しているときは幻日と呼ばれる。何で男装かっていうと、危険を減らすため――を呼ばれて、現ははっとして後を追う。
「ごめんなさい、じい様。大社があまりにも立派なものですから」
「ほっほっほ。確かにのう」
 そういって笑うお爺さんの名前は福川幸正。わたしたちのお爺さまの忠実な部下――らしい。もうずっと現の『仕事』に付き合っているこの人は、この国の精細な地図を作りたいのだという。
 それから今回の旅に同行しているのは若い男女二人。
 爺と孫一行という設定らしい。両親を早くになくし、苦労させた孫娘の結婚が決まったため、もうすぐ婿になる相手と一緒に神社参りをする……のだと。
 こういう設定っているのかしらと不思議に思うけれど、毎回毎回何故か詳細に練られている。ある程度は固めていた方が真実らしい嘘になる、とのことだけど。

 参拝客が多い寺社の周辺街は、どこも人通りが多く栄えている。
 もちろん宿も多いから大体はそこに泊まるのだけれど、たまにその地の有力者宅に招かれることもあった。
 中央の人間とコネを作りたいという下心があるのだろうけれど、こちら――じいさまとしても願ったりかなったりのことらしい。
 路銀の節約と、地方での情報集についての意味で。
 権力は北斗七夜にあるとはいえ、星家は権威の象徴。下手に使われて傷をつけたくないから、情報には敏感でないといけないらしい。
 そして、今回の街では後者――有力者の家に厄介になることになった。
 館の主と会話に忙しいじいさまや仮の兄姉に比べると……現は暇をもてあましていた。
 あまりにも暇なので、許可を貰い庭を散策しているくらいには。
 基本的に現の出番は祭の前と本番。下準備の段階では邪魔になることが多い。
 祭事の前には物忌みで精進潔斎に励まなければならないのだけれど。
 庭は広いし、都とは違う花や植物を興味深そうに眺める様子は可愛いのだけど、緋袴に白い小袖というのはどうにかならないかしら。
 もちろん、その姿は巫女としてはなんらおかしいことじゃない。
 女の子や女性が旅の間に男装するといったことは珍しくはないので、最初に見たときは男の子の格好だったのにとか思う人は館内にはいないだろうし。
 わたしが問題だって思うのは、宮中では小袿装束のため、どうしても中途半端というか……はしたなく見えてしまうから。
 残念ながら、同意してくれる人はいない。そういう話も聞かないし。
 姉のために(かんなぎ)を務めるということで、館の主は現を褒めていた。
 ご息女がいるという話だから、御自分の娘の小さい頃を重ねていたのかもしれない。
 散策にも飽きたのか、現が部屋に戻ろうとしたところで、声がかかった。
「楽しめたかい?」
 顔を上げれば、廊下に立っていたのは人好きのする顔をしたおじさんと、部下だろう二人のお兄さん。
「夢様ですな。わしは南梨(なんり)惚兵衛と申します」
「南梨殿?」
「はい」
 そういって笑う姿は好々爺然としてるけれど、現は分かっていない様子で軽く首を傾げる。
 現の『保護者』にあたる福川幸正は――福川家の官位は高い。
 だからじい様に取り入ろうと、まずは現をてなづけようとする輩も多い。
 もちろん、現だってそのことは分かっている。
 というより、どうにかして『現』に取り入って星家に近づこうとする公家や武家の方がもっと巧みでずる賢いともいえるけれど。
 そういった『大人』達を相手に、世間のことを知らない無邪気な子供を装って対抗するのが現だ。
「実は夢様にたってのお願いがございまして」
「お願いですか? 姉上ではなく?」
「はい。我が家の娘の話し相手になっていただければと思い」
 話し相手?
 南梨なんて家は聞いたこと無いから、中級武士くらいなんだろうけれど……それにしたって話し相手になって欲しいというのはおかしい。
 わざわざ話し相手を探すって言うのは、それこそお姫様たちだけでしょ?
 ……宮中で現が話し相手が欲しいっていうなら分かるけど。
 中級武士なら人数多いし、同僚の娘達と友達になってたりするから探す意味がわからない。
「お恥ずかしながら、心の弱い娘は部屋の外に出ることも出来ません。
 夢殿から外の楽しい話をお聞かせ願えれば、もしや外に興味を持つやもと」
「わたしは祭事がありますし、ずっとここにいるわけでもありませんよ?」
「一回二回でも構わないのです」
 妙にしつこく食い下がるのはなんでだろう?
 現も怪しいと思ったのか、じい様たちに聞いてみないとと告げて、その場を辞した。

 後で確認してみれば、南梨惚兵衛はずっと娘のことを憂いているらしく、話し相手にと女の子に依頼したのも一度や二度ではないらしい。
 遠くからこの館の主に客が来たと聞けばすくさま飛んできて、女性がいれば依頼をしているということだから、『現を狙った』訳ではないのだろうという結論が出た。
 だからこそ、まぁ一回ならという妥協がされてしまったのだけど。

 翌日、南梨惚兵衛に連れられて(もちろん現一人じゃなく、兄役の護衛もついて)屋敷に向かった。
 屋敷はそれなりに大きく、もしかしたらどこかの大名の分家の分家あたりだったのかもと思わせる程度には立派なものだった。
 離れの部屋に彼女は――(おぼろ)はいた。
 最近の武家の娘には珍しい小袿姿。
 それより驚いたのは、二色の瞳を持っていたこと。太陽と月を思わせる金と銀の目に、現はぱちくりと瞬きを繰り返した。
 最初に思ったのは、この容姿だから外に出たくないのかなという疑問。
 珍しいというだけで陰口を叩くものがいることは事実。
 青い髪と紫の瞳が『この国の人間』であることの象徴のように言われている。
 現だって、銀の髪のせいで結構陰口を叩かれている。これで瞳の色まで違っていたら……どうなっていたか分からない。
 ただ、本来の色は青らしい。『壱の神』がそういっていたし、わたしの髪だって青い。
 これは『壱の神』の依巫(よりまし)である代償なのだと。
 自分と同じ銀の髪を持つ現――『福川夢』に朧も興味を持ったらしい。
 互いの自己紹介をして、あとはたわいない話が続く。
 朧は十五、六かと思っていたら今年で二十二だそうでびっくりしたり――絶対、姉上より年下だと思ったのに――現が今までいった場所の話をしたり。

 ずっと気を張っていたけれど、おかしなことはない。
 容姿が目立つ娘のために話し相手を探していたということも。娘と同じ銀髪だから熱心に現を誘ったことも。今、現と朧が話している内容だって他愛無いもの。
 それでも嫌な予感が消えないのは、この雰囲気のせいだろうか。
 薄暗い室内はどこなく闇を引き伸ばしたよう。
 建物の作りは世話になってる館と同じはずなのに、日が届きにくいのは何故?
 宮中もいい加減いろんなモノが多いけど、輪をかけて悪いモノが多い気がする。
 現はもちろん気づいているようで、露骨にひどいものはこっそり祓ってた。

 日が傾いて、そろそろ暇乞いをというときに、朧は初めて笑った。
「良ければ、また来てくださいね」
 年を考えれば十分大人なのに――だって、大人とみなされるのは元服する十五歳だもの――朧はまるで小さな子どものように見えた。
「機会があれば。いずれ、また」
 たった一つだけ許されている言葉を答えて現は帰る。
 なんだか、現の方が大人みたい。まだ十歳なのに。
 でも……朧のあの様子を見ていたら、そう答えたくもなるかな。

 翌日からはすぐに慌しく祭事への準備が始まって、祭が終わったら次はここに行ってねと指令が来て……別れの挨拶すら出来ぬままに朧と別れた。
 でも、わたしたちにとってはそれが普通だったから、あまり深く考えなかった。
 都に帰るのはもっともっと先で、長い旅の間の出来事すべてを覚えていられるわけも無くて、この出会いを姉上たちに話すことも無かった。

 歴史に『もしも』はありえない。
 『たら』『れば』を繰り返して論じても意味はない、けれど。
 あの時、朧のことを話していれば……きっとすべてが変わっていただろうと、悔いてしまう。今でも。