【第十話 黎明】 2.それから、これから
待つばっかりの日々はやっぱり辛い。
どうなっているのか、状況が分かればいいのに。
ポーリーは幾度もため息を飲み込む。
だって、アースは信じてくれてた。ルカや私たちを。
アースだけじゃない。スピカだってカペラだって、ミルザムさんだって。
だから……信じて待つ。
「姫? どうかなされましたか?」
「いいえ。なんでもありません」
自分の思考に潜り込んでいたのがまずかった。心配そうな龍田――じゃなかった、明に笑顔を返す。
「ただちょっと……どうしているかと心配になって」
漏らした本音に、明は泣きそうな笑みを浮かべた。
「わたくしも……言えばよかったのですね。姫のように。聞いてなどくれる訳が無いと思い込んで、話さなかったのが間違いでしたのね」
それはきっと、今回のことを言っているのだろう。
王が命じて部下が動くというのはポーリーの感覚では普通のなのだが、ここでは違ったのだろうか?
「明は……昴になりたくなかったの?」
ふとした疑問。もしかしたら口に出してはいけなかったのかもしれないそれに、彼女は首を振った。縦に。即ち――肯定した。
「わたくししか居ないからだ……そう言い続けられてきて、気づけば祭り上げられていました」
その言葉に思い出したのは別のこと。
かつての旅の折、突然『勇者』と呼ばれ始めたノクティルーカ。
彼のように、明も知らない間に祭り上げられたのだろうか?
「誰もが、本心では現姫を望んでいることは知っていました。
そして……現姫は昴になれないことも、皆知っていたのです」
「なんで、なれないの?」
『ならない』と『なれない』では意味がかなり違う。
実は前から思っていた疑問を口にすれば、歯がゆそうにぽつりぽつりと明が話してくれた。
「本来は織女星……姫のお母上が退位された際に、いくら母が戻ってきたとはいえ昴を継ぐのは現姫しかいないはずでした。でも……それは出来なかった」
明の祖母に当たる女性――ポーリーの母の妹であり、アースの姉――は、他国の人と結婚するためにその位を失った。故に、いくら明の母が星家の血を引いていようと昴にはなれない。
「ですが、現姫は神の器ゆえに、その座に就かれることはないのです。
我等は神と共生しても支配は望みません。故に姫を戴くことを由としなかった。
何とか別の方に移っていただこうと努力はしましたし、続けているのですが」
そこまで話を聞いて思う。壱の様子を見る限り当分無理じゃないかなぁと。
なんだかすごくアースに懐いてる感じがしたし。
それにポーリーの思い違いでなければ、壱が自分を助けてくれたのは、アースが自分を気にかけているからだと思う。今はちょっと違うかもしれないけど。
「腹立たしいのは昔の自分もです。知っていたのに分かろうとしなかった」
ぎゅっと拳を握り締めて明は言い募る。
怒りを何とか押し留めようとしているのだろうが、口調はかなり荒い。
「先の現姫の件だけでも腹立たしいのに、叔父とその家族に対する所業……そして導姫抹殺を企てるなど言語道断。決して許すものですか」
宮中の女官達が、『昴はお変わりになられましたね』と口を揃えていっているのは、きっと明も知っているのだろう。
こういう姿を見ていると、人の上に立つのに不向きとも思えないのだけど。
それから二、三話をして明は戻っていった。仕事があるだろうし、ポーリーも覚えることはたくさんある。
なんとなく息をついて、考えるのはやっぱりティアたちやアースのこと。
自分で迎えにいけたらいいのにと思うけれど、そういかない事も分かってしまう。
結局、デメリットの方が多いのよね。だから私もルカもここを動けない……動いてはいけない。
はじまってしまったら、もう私には手の出しようがない。だから。
「始まる前に何とかしないといけない。
特に、外から手を出されないように、牽制しないといけない」
決意のように呟いて、ポーリーは勉強を再開した。
私は、フリストみたいに分かりやすい力をもった強い国じゃなくて……強かな国にしたいな。誇りを持ったしなやかな強さを持つ国に。
ただ待つだけの日々は長く、心に悪いものだった。
それでも、ティアたちが無事戻ったという話が届き、ほっとする。
「現姫が明日にも都に着かれるそうです」
「本当?!」
分かりやすく嬉しそうな顔をしたポーリーを見て、明もノクティルーカも苦笑する。
けれど、明の笑みはすぐに消えた。なんともいえない微妙な表情で、続きを話す。
「それから……バァルが殺されたと」
「……そう」
ポーリーはただそれだけを答えた。
ノクティルーカにしても、そうとしか反応できない。
確かに色々されたし、出来れば自身の手で決着をつけたかったが……
だからこそ、空しさに似たものを感じるのかもしれない。
静まってしまった空気に紛れるように、独り言の口調で明が続ける。
「此度の責を取り、私は近く退位することになるでしょう。
姫のご即位もそれに伴い行われます」
そういって、深く深く頭を下げて退室する姿は、とても年を取ったように見えた。
「もう、明日なのね」
ぽつりとした彼女の言葉に、ノクティルーカはそうだなと返す。
隣が気になって視線をやれば、彼女もまた自分を見ていた。やけに真剣な目で。
ふと思った。本当にこれでいいのかと。
ポーリーの即位とともに、婚姻の儀が薦められる……らしい。
結局、互いに気持ちを直接口にしないままにここまで来てしまったけれど。
ポーリーが何か言いたそうに口を開き、噤む。
「……どうした?」
「……ううん」
何か言いたいことがあるのかと、少しの恐怖を押し殺して問えば、彼女はふんわりと否定の言葉を言う。
それから、照れるでもなく、はにかむでもなく、ただ、笑った。
「ねえ、ルカ」
「ん?」
「いっしょにいようね。……いつか必ず、別れは来るけど」
あ。
虚をつかれて、ノクティルーカは思わず目を見張る。
自分が考えなかった……考えないように、目をそむけていたことを、彼女はじっと見ていたのだと、ようやく気づいて。
確かに寿命のことを考えれば先に逝くのはノクティルーカになる。
けれど。
「そっちこそ。勝手に突っ走るなよな」
そう笑って告げると、ぽかんとした後拗ねられた。
「そんなことないもん」
「どこがだよ」
今まで散々置いていかれたんだ。
それに、寿命の分だけ生きることが出来る保証なんてない。
いつどうなるか分からないのは自分も『彼ら』も同じ事。
だから一緒にいたい。自分に許された時間の限り。
……とりあえず、人がそんな決意を固めているにも拘らず、可愛くないことを言い続けるその口を閉じてしまおうか。
かくして翌日、ポーリーこと導が昴に即位され、明は退位しそのまま国を出て六花の町でしずかに余生を暮らしたと言われる。
後の世のとある研究者は言う。
この日を持って、星を中心とする国に朝が訪れたのだ、と。
おしまい。