【第八話 再会】 2.反撃の狼煙
「え、ミルザムさん行かないの?」
「すみません姫。私はあちらでやることがありますので」
「無茶なことするんじゃないか?」
「はっはっはっ。お前にだけは言われたくない」
ポーリーの残念そうな言葉に多少居心地悪そうにするが、続くノクティルーカの言葉には笑って返すミルザム。
テキパキとフードをかぶり、彼女に向かって深く頭を垂れた。
「どうぞお気をつけて」
「ミルザムさんこそ気をつけて」
「首尾よく行ったら出世だからねー」
「その言葉、忘れないでくださいよ」
ミルザムの念押しにプロキオンはへらりと笑うのみ。
もしかしたら、確約は出来ないのかもしれない。
「じゃあな、後は任せたぞ」
「頼まれるまでも無い」
「それもそうだな」
スピカへの挨拶も素っ気ないもので――けれど、返した言葉は淡々としていながらも、どこか寂しそうで……ひどく、心に残るものだった。
片手を上げて別れの意を示し、セレスナイトたちの後を追うミルザム。
なんとなく全員でその後姿を見送って、背中が木々に隠れた頃、プロキオンが切り出した。
「さて、我々も行きましょうか」
「うん」
しっかりと頷くポーリーの目に迷いは無い。
謝らないといけない。お礼も言わなきゃ。だから、逢いたい。
手早く小屋の中を片付け、のびていたサビクを手荒く起こして、一行は本来の道をたどった。
進んでいった先は森の奥。
前といい今回といい、『彼ら』は好んで森の中に『出入り口』を作っているのだろうか。
「森の中っていうのは案外便利なんですよ」
ノクティルーカの心を読んでいたかのように、先頭を行くプロキオンが振り返りつつ言った。
「何だかんだいって、未開の森に入るような人間は少ないし、森に慣れない人には位置を掴むことも難しい。もっとも、場所を知られたからって自由に扱えるものでもありませんけどね」
「そうなの?」
「便利すぎるくらいだな」
「色々と研究しましたから」
照れたように笑うプロキオンの言葉に嘘は無いだろう。
こんなに便利なものが一朝一夕に出来るはずがない。
「さ、そろそろ入りますよ」
その言葉の後、ポーリーは確かに違和感を感じた。
何がどう違うのか、はっきりとは言葉にできないが違うということだけは分かる。
少し怖くなって、隣を歩いているノクティルーカの服の裾を掴む。
何か言われるかなと思ったけれど、彼はちらりと視線をくれただけ。
文句を言われないなら、と握りこむようにしてしっかり掴む。
自然と口数が減って、静寂に包まれることしばし。
しびれを切らしたポーリーが問いかけるより少し早く、プロキオンが振り返った。
「出ます」
数歩進んだところで、先程と似たような違和感を感じた。いや、違和感がなくなった、の方が正しいか。
周囲は相変わらずの森。
けれど、先程までの陰鬱なものとは違い、光の差し込む優しい印象。
木々の隙間から、意外と近くに見慣れない屋敷が見えた。
茶色の頼りなさそうな家。
柱や主だったところは木で、壁は白い。屋根も藁葺きのようだ。
簡素に見えるけれど、広いことは分かる。
「さて、これから忙しいですからね」
案内人の言葉に、ノクティルーカもポーリーも神妙に頷く。
ここから先の行動は、もう何度も予行演習を繰り返してきた。
助け舟が出せるか分からないからと、徹底的につめてきたつもりだ。
「今から屋敷で着替え、姫様がたには『麦の君のお子』として、真砂へとお連れいたします。
今現在、実権を握っている北斗七夜の分家、真砂七夜が治める地です。
真砂七夜は麦の君の外戚にあたります。奥方の文様のご実家ですからね」
「おば様がここに住んでらしたの?」
「そうなります」
ほんの少し、親近感でも感じたのだろうか。ポーリーは興味深そうに辺りを見回す。
町外れの屋敷だから見えるものは少ないだろうにと思いつつ、プロキオンもスピカも止めない。
「真砂七夜の現当主は、文様の従弟君にあたります。
どっちかというとお人よしで騙しやすい部類ですが、油断は禁物です」
「分かってる」
まぁ、婿様がいれば大丈夫かとのんきな判断を下すプロキオン。
ノクティルーカも王族。王位を狙う確執なんかは嫌でも知っているだろう。
それに……
「姫のご尊顔を拝すれば、嫌でも分かるだろうし」
「何の話だ?」
「いいえ何も。
お疲れでしょう? これからの準備もありますし、少し休憩いたしましょう」
にこっと笑って煙に巻き、プロキオンはさっさと門をくぐった。
さぁ、反撃の狼煙を上げる時が来た。
着替えたのは、かつてアルクトゥルスの家を訪ねたときに来た衣装。
あの時と違うのは、色鮮やかで肌触りのいい絹だということ。
豪奢な意匠の施された駕籠に、促されて乗り込めば、内張りの布も刺繍や染めが見事だった。
こんな綺麗な布ははじめて見た。思わずため息が出るくらい。
合図の声があって、持ち上げられる駕籠。一瞬身構えてしまうのは仕方ないだろう。
外の様子はまったく分からない。ゆらゆらと人の歩みに合わせて駕籠全体が揺れるが、出来る限り丁重に運んでくれているのだろう、と思う。
内装は綺麗だけど、あまり長くいたいとも思わないのは、やっぱり狭く感じるからだろう。
どきどきと、うるさい心臓を服の上から宥めるように押さえる。
ようやくここまで来た。
ここにきて失敗するわけには――いかない。
開門を告げる声。
もうすぐ、ここから降りて対面することになる『真砂七夜の当主』。
彼を何とか説得して、叔母に――アースに逢わないと。
息を整えて、再度決意をして。
ポーリーは扉が開かれるその時を待った。