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ソラの在り処-蒼天-

【第十二話 再挙】 4.審判の時

 長い廊下を戻り、次に向かったのは端にある別の建物だった。
 作りからして神殿ではないし、重要そうな建物でもない。多分居住棟だろう。
 ブラウのいた神殿にも何部屋かそういった部屋があったが、総本山ともなればここに住む人数も桁違いなのだろう。
 今度はこんなところに連れてきてどうするつもりなんだろうとセティは疑うが、多分自分以上に警戒しているはずのクリオたちが何も言わないため口とつぐむ。
 二階へ上がり、階段から程近い部屋の扉を叩く。
「何用だ?」
 中から聞こえた誰何の声はいつか聞いたもの。
「ニコルスです。フィデス司祭、妹君がお越しになりました」
「来ましたわよ兄様ー」
 緊張した司祭の声に被ってティアが和やかに呼びかける。
 ためらうような間があって、扉が開いた。
 顔を出したのは白い司祭服を纏ったラティオ。
「お久しぶりです兄様っ」
「ティア」
 笑顔で近寄るティアに対し、ラティオは困惑した様子で彼女を受け止める。
 兄妹の再会なのだからティアのように喜んでもいいはずだが、今現在の状況はそんなに悪いのだろうか?
「ブラウ?」
 不思議そうなそれでいて怖れるような呼びかけは部屋の奥から聞こえた。
 懐かしい声に呼ばれた彼は顔を上げる。
「じーさん」
 かそけき応えに、ラティオは大きく扉を開いた。扉の向こう、設えられた椅子から立ち上がってこちらを凝視している一人の老司祭。
 彼らの短いやり取りに一瞬だけ眉を寄せ、ニコルス司祭は軽く咳払いをした。
「では、わたくしはこれで」
「ああ。案内ご苦労だった」
 ラティオが言い終わるや否やニコルスは背を向けた。一刻も早くここを立ち去りたいというように。
 そんな彼の背にティアは無邪気な声を投げかける。
「みなさまによろしくお伝えくださいましね」
 ぴたりと司祭の足が止まり、小さくはいと返してまた歩き行く。なんともいえない気持ちのままティアを見やれば、入りませんのと背を押された。
 パタンと軽くドアの閉まる音。
 押せばすぐに出られるし、木製だから最悪壊してでも脱出できるだろう。
 けれどセティは何故かその音が怖かった。
 もう戻ることは出来ないのだと、後に戻る道を閉ざされたようで。
 そう――今更になって。

 聞きたいこと、話したいことは山ほどあった。
 お茶を飲みつつ互いに近況の報告をはじめ、すべて話し終えた頃には日がやや傾きかけていた。
「どうしてティアが来たんだ?」
「わたくしが適役だったからに過ぎませんわ。
 追い返されることはないし、利用価値がありますから、問答無用で消される心配も少ない。相手に『話』を聞かせるには最適でしょう?」
 心配してるのだろう。
 ティアを叱るラティオの姿を見て、セティは胸が苦しくなる。
 昔は――昔はお兄ちゃんもああして心配してくれていたのに。
「ラティオ」
 神妙な、怒りを閉じ込めたような呼び声はセティの隣からした。
 きつく拳を握り締めて、赤い司祭を睨みつけているのは幼馴染の青年。
「ブラウ。どうした」
「なんでじーさんを選んだんだ」
 セティの言葉を遮っての問いかけは真剣そのもの。
 下手なことを言えば今にも飛び掛らんばかりの姿に、伸ばしかけた手を止める。
「何でじーさんを巻き込んだんだ」
「ブラウ」
「だってそうだろ! なんでじーさんなんだよっ」
 養子の必死の訴えに司祭は目を伏せた。
「法王候補に挙がった、ということなら……俺達が仕掛けたことじゃない」
 妹を背に庇うようにしてラティオはブラウに向き直る。
「逆だ。法王候補に挙がるだろうと判断したから近づいた」
「だからなんでそんなことが分かってたっつーんだ! おかしいだろっ」
「おかしくありませんわ」
 怒鳴るブラウに淡々とした声で答えるティア。
 兄の背から抜け出て堂々とブラウの正面に立つ。
「デルラ司祭は前回も候補として挙げられていたと聞きますから」
「え?」
「はぁ?!」
 慌てて司祭を伺えば、彼もまたティアを見つめており、ややあって疲れたように息を吐いた。
「それも調べられておったか」
「ええ。前回負けてしまわれたのと、先ごろ亡くなられた法王と犬猿の仲だったために、フリストに左遷されたのですよね?」
「前法王とは同期で同じに師に着いたにもかかわらず水と油。協力し合えば教会の大繁栄を築けていただろうと嘆く声が多かったとも聞いたな」
「それは過大評価過ぎる」
 内輪の話に口を挟めない。
 でも、そんなに前の法王様と仲が悪かったって言うのなら、逆に絶対に次の法王になれないんじゃないのかな?
「あいつと協力する姿など、年をとった今でも想像できんよ」
 自嘲のような言葉に、ラティオは不思議そうな顔で聞いた。
「たった一つだけ協力されたのではありませんか?」
 今まで見たこともないくらい素直な、子供のような問い。
「あなた方は決してバァルに屈さなかった」
 違いますかと問われ、司祭は苦く笑う。
「表立っての反抗など出来なかったよ」

 初めてラティオに会ったとき、司祭はついに裁かれるときが来たのだと思った。
 昇進していくほどに見えてくる教会の暗部。
 仕方のないことだと思って、思い込んで……けれど、『ソール』の正体を知ったときに希望は潰えた。
 今のままであって良い訳がない。けれど対抗策も見つけられず……あいつに腰抜け呼ばわりされても反論できなかった。
 あの時あいつに協力していれば何か変わっていたかもしれないと思わなかったといえば嘘になる。
 突然現れた『ソールの孫』から聞く教会の歴史は、自身が調べ上げたものより更に暗く重いものだった。
『私としては正直、教会の行く末なんてどうでもいいんです』
 そんな言葉にまず肝を抜かれた。
『バァルを排し、じい様を救う。この二つを約束してくださるなら、貴方を勝たせます』
 そして、彼の手をとったのは自分だ。

「法王選挙は明日行われる」
 司祭の一言に視線が集中する。
「明日?」
「まあ。タイミングのいい時につきましたわね」
 慌てるセティに対し、ティアは満足そうに笑う。
 それはそうだろうと思うのはフォルやクリオなどの大人組。
 ティアが出した条件に次期法王は向き合わなければならない。
 バァルを差し出すか、戦いを行うか。
 就任して早々にその答えを出し、責任を負う。
 ただ権力だけを欲していた者達には荷が勝ちすぎる。
「部屋を用意させるからゆっくり休みなさい。まだ話すことも多いだろう?」
 司祭に諭されてセティは頷き、ブラウもまたしぶしぶながらも従った。

 話が進むままに日が沈み、月が空を走り、星が瞬き朝が来る。
 選挙当日。ひそやかな熱気を示すように空は青く朝から気温が高かった。
 通常は二、三回。長いときには五回も行われる投票は、珍しく一回で終わったと後の歴史書は語る。
 結果はデルラ司祭の圧勝。なんと、ほぼ全員に近い票を集めた。
 そうして教会の権力闘争はひとまず収まり――歴史に残る、大事件の幕が上がる。