【第十二話 再挙】 2.祈りを捨てて
道中や食事中にティアはポツリポツリと話した。
掌中の珠として大切に育てられた少女時代。
兄が何故か嫌う教会の面々は、嫌な人も確実にいたけれど……そればかりではなかった。
ある日、兄と二人で探検をしていて見つけた祖父の姿。
祖母の姉――大叔母との出会い。
膨らむ疑念、そして抹殺されかけたときのこと。
ふうとため息を軽くついて、やや遅くなった歩みを取り戻すためにティアは軽く足を踏み出して肩をすくめてみせた。
「とまあ、わたくしが知っていて、偏見の入った内容がこうですわ」
「偏見って」
「だって当事者ですもの。客観的になんて見られるわけがありません。
これでも気持ち的に抑えたつもりですけれど」
さらりと言って少々不満そうに口を突き出す様子は小さな子のようだ。
「まあ、ティアちゃんの立ち位置はなんとなく分かったけど……
どうしてまたアルカに?」
「お使いも兼ねているのですけれど」
んーと可愛らしく首を傾げて、けれども口では過激なことを言い放った。
「わたくしとしては、現在教会が『魔王』と呼んでいる存在を殺すことが目的ですわ」
「え?」
聞きたくない、でも知らなければいけない。
そういった内容にいきなり突入してしまった気がして聞き返せば、独り言のようにティアは続けた。
「あの人は長き時に渡り教会のいいように扱われてきました。
今は破壊をもたらす『魔王』として。
かつては、裁きを下す『神』として」
滔々と続けられる言葉。誰も他に口を開かない。彼女の声の他は砂を踏む足音だけが響く。
空は高く青く、風は秋のさわやかさを運び。気持ちのいい天気だというのに、晒される真実は深く重い。
「心を壊され、死の直前で時を止められたまま縛られている――おじいさまを殺して、解放して欲しいのです」
「お……じいさま?」
予想はしていたこと。でも、告げられた衝撃はきついものがあった。
そんなセティを見てティアは悲しそうに笑った。
「兄様は生き写しでしょう? 教会は用済みになったおじいさまの代わりを、兄様にさせようとしているのです。彼らにとって、わたくしは兄様の心を壊すための道具なのでしょう」
遠くを見つめてティアは言う。
クリオの指摘は当たっていたのだろう。
ティアたちの祖父にしてはやけに若い『ソール』は、すでに――
「祖母を盾に取られ、祖父はあのような状態に陥り……母と叔父は互いを人質に取られ、両者ともに殺されました」
そして今、ラティオとティアも同じ目にあっているんだろうということは簡単に察せられた。
「この悪循環を断ち切るためにも」
強い決意に言葉が出ない。
人のいるところで出来ない話とはいえ、歩きながら重い話をされるのもキツイ。
いや……歩きながら、くらいで話さないと余計辛いのか。
「ラティオさんは何をしようとしているの?」
「教会の改革ですわ」
クリオの問いに返ったのは、先程までに比べれば至って普通の内容だった。
「改革をするためには権力を握るのが最短の道。
兄様もゆくゆくは自分の手で改革をと思っていらしたようですけど、早く目的を達成できるならといった感じでしょうしね」
「どういうことだ?」
不穏なものを感じたのか、問い返したのはブラウ。
そんな彼をちらと見てティアは告げた。
「自分の手で出来ないのなら、より権力に近いものに近寄る。
そういうことですわ」
単純な事実だといわんばかりに続けて笑う。
「きっと法王の選出には混乱しますわね。
デルラ司祭の背後に控えている兄様の姿を見て、その意味を勘ぐらずにいられる者がどれだけいるか」
「このためにじーさんを使ったのか!」
「ええ。
デルラ司祭が教会内でバァルと対立しており、かつ一番法王に近かったので」
激昂するブラウに、ティアは至って涼しい様子で返す。
セティとしてはこの短気な幼馴染が手を出さないかと不安だったが、それよりも早く動いた者がいた。
二人の間にさりげなく入り、鋭い視線を向ける護衛。
ブラウは忌々しそうに睨みつけ、逆にティアは淡々と言葉を連ねた。
「使う、とはいささか短慮と思いますわ。デルラ司祭が法王の位を望んでいたのなら、兄様の存在がどれだけ有利かお分かりでしょう?」
ブラウの視線がさらにきつくなるが、それだけだった。
彼も分かっているのだろう。
ラティオの存在――新しく作られる『ソール』の存在――は確かに有利に動く。
逆に、司祭が法王位にまったく興味がないというのならば、あの時最初からはねつけたはずだ。関わる気がない、と。
「いずれにせよ。アルカに着けば分かることですわ。
司祭本人の口から聞かないと納得されないのでしょう?」
駄目押しのように言われてブラウは忌々しそうに舌打ちをしてそっぽを向いた。
なんだかんだいって、ブラウは司祭様が大好きだからなと思いつつ、セティも聞いてみたい事があった。
ティアがさっき家族を殺して欲しいと言ったから。
「ティアさ。おじいさん、なんだよね? なのに、どうして」
「だからですわ。これ以上、勝手をされるのが嫌だからです」
泣き笑いの顔でティアは答えた。
「生きている……とは言えないのです。無理やり、この世に留められているだけ。
おじいさまはそれでも生きていたいと望まれているかもしれません……
けれど、わたくしが見たくないのです。今のようなおじいさまを。
ひどい我侭ですわ」
自嘲気味に言われる言葉は、セティにも痛かった。
自分に置き換えて考えてみる。
父のほうは分からないが、もし兄が『魔王』だったとしたら?
どうするんだろう。どうすればいいだろう?
身体を乗っ取られてて、『ソール』みたいな状況だとしたら?
答えなんて出ない。けれど、出さなければいけない時は近づいてきている。
セティが勇者として認められた場所。
最初の依頼を受けて……きっと、この事態の決着の着く場所。
宗教国家レリギオ首都アルカ。
旅に出て二度目の冬を迎えた時期に、セティたちは太陽神ソールの膝元たる街へたどり着いた。