【第十二話 再挙】 1.遠雷
セラータの元首都セーラ――もとい、六花の街を目指して北上したセティたちだったが、道行はあまり順調とはいえなかった。
何せ話を聞こうにも、まともに取り合ってもらえないことが多い。
そのあたりの場所に町があるという話を聞いたことはあるという人は多かったが、結構な言われようをしていた。
はるか昔に罪人達が送られた。人どころか魔物が住んでいるなど。
かと思えば、争いを嫌って逃げ出した人々が平和に暮らしている場所だとか、この世の楽園などといった全く逆の噂もある。
この目で見た感想としては、どこにでもある街と変わらないと思う。
違いを挙げろというなら、青い髪の人がいること。
人数のわりに街が清潔で土地が肥えているといったところだろうか。
一般人からの情報収集だけでは埒が明かないと最初に言い出したのはリカルドだった。
「蛇の道は蛇っていうでしょ? まあ任せといてって。
そうそうセティ。そのサークレット、絶対に見えないようにしておいてね」
ならばと彼の先導に従って、たどり着いたのは場末の酒場。
リカルドは店内をざっと見てカウンターに席を取った。
端に座っていた先客――随分くたびれた感じのおじさん――に酒をおごり、何事か問いかけている。どうしたら良いかわからず立ち尽くすセティ。
先にカウンターに着いたクリオが招いてくれなかったら、きっといつまでも立ち尽くしていただろう。運ばれてきた薄いエールに口をつけつつ、セティはリカルドの会話に耳を傾けた。
「そ。そーいう噂のある街に行きたいんだけど」
「あんたらも賞金目当てかい?」
「賞金?」
何故あの街に行くことが賞金目当てといわれるのだろうと首を傾げるセティに対し、クリオは話が読めたといわんばかりに目を細めた。
「あの街への道を見つけたものには結構な褒美を出すってお触れが出たんだぜ」
「へー。なんでまた?」
「そこに行って、帰ってきた奴がいるからさ」
「それってまさか。前の勇者のフォルトゥニーノ?」
「なんだ知ってんのか。ああそうさ」
「じゃあ……兵を出して失敗したのね」
ぎょっとしてクリオを見やると、情報屋と名乗った男性は不快そうに彼女を見返した。
「からかいに来たのか?」
「いいえ。確証が欲しかっただけよ」
言葉に嘘はないと思ったのか、やれやれといわんばかりに男は首を振る。
「ああ、そういうこった。今王家はてんやわんやらしいぜ」
「他に何かめぼしい情報ある?」
「街についてはないぜ」
「じゃあ教会について」
「話してもいいが」
ちらと手元の酒に目をやる彼に、クリオは呆れたように言葉を浴びせる。
「さっきので十分でしょ? あれだけの情報じゃ割に合わないわ」
「しっかりしてんな。そうだな……」
苦い顔をして男性はカップの中身を確認し、疲れたように息を吐いた。
「法王が死んだっつー噂があるくれぇか」
声が出なかったのは驚きすぎたせいだろうか。
でも、どういうことかと問い返す前に掌をつかまれた。
セティのよりも大きい、けれど優しいクリオの手。
「そう。ありがとう」
告げる彼女の声は落ち着いたもので、だからこそセティも冷静になろうと息を深く吐く。それからゆっくり吸い込んで、呼吸を整え、なるだけ急がないように酒場を出た。
つかつかと、いつもより広い歩幅で道を行く。
「クリオ」
「裏を取りましょう」
呼びかけに一瞬のためらいもなく返される答え。
「この規模の街なら、教会に行けば情報が得られるかもしれないわ」
「そうだね。セティは勇者なんだし……なんなら、ほら。
前に依頼受けてたから、その件も持ち出して聞いてみればいいんじゃない?」
賛同するリカルドの声も固い。
それ以上は言葉を発せず、セティたちは教会に急いだ。
さっき通ったばかりの道をまた戻る。
教会で聞いたことは情報屋の話を裏付けるものだった。
また、次の法王を決めるために有力な司祭たちはすでに聖地に向かったとも。そのうちの一人がブラウの養父、デルラ司祭であることも。
何が起こっているのか把握するには、やはり現地に行くしかない。
それに……デルラ司祭がアルカへ向かっているのなら、ラティオがついていっている可能性もある。
どこまで口を割らせることが出来るかは妖しいが、それでも。
一心不乱に歩いていたせいだろうか。皆、その声に気づくのが遅れた。
最初に気づいたのはリカルド。次いでクリオが振り返り、目を丸くする。
立ち止まった二人に気づかず歩くセティに焦れたのか、更なる大声が彼女を呼んだ。
「セティ!!」
「え」
予想外の大声に肩を揺らして振り向けば、こちらに向かってかけてくる人影。先頭を走る少女はほっとしたような怒ったような顔をして大きく手を振っている。
「え、ティア?!」
走るのにあわせて揺れる鳶色の髪。
以前見たときよりも大分厚着ながらも旅装束の彼女の姿を認めて、セティは素っ頓狂な声を出した。
なんでここにいるんだろうと疑問に思うものの、彼女とともにこちらに駆けてくる残り二人を見てさらに声をあげる。
「レイさんにフォルさんまで?!」
「うわどうしたの? っていうか、待ち伏せ?」
「後ろから来たんだけど」
「さっきの街でセティの話を聞いて、もしかしたら追いつけるかもと頑張った甲斐がありましたわ!」
ようやく追いついたーと大きく息をするレイ。ティアも深呼吸をしているあたり、よっぽど走ったのだろうか。
ただ一人元気そうなのはフォルだけで。
「よ、久々だな」
気さくな挨拶に、お久しぶりですと返そうとしてセティは考える。
「久々じゃないよ! 勇者解任って」
思わず言葉に詰まったのは、新しく任命されたのだというラウロの顔がよぎったせいだ。
なんでよりによってあんなのを後釜に選んだんだろうとつくづく思う。
けれど、やはりフォルの頭にはやはりサークレットは……ない。
「……本当、なんだ、ね?」
「勇者廃業か? ああ」
やけに軽く頷いてフォルは先導するかのように歩き出す。
元々柄じゃあねぇし、べつに困ったこともないしなぁと続ける様子には嘘は見られない。
「でも……なんで」
「あの街に行ったっつーことがばれて、教会から国から追われ今に至るって訳だ」
まあ厄介ごとに巻き込まれたと思わなくもないがと前置きをして、彼は続ける。
「どうやって行ったかなんて分かるわけねえだろ、連れて行ってもらったんだからな。ったく、先々代ん時にも攻め込もうとして失敗してるっつー話なのにコリねぇよなぁ」
「本当にね」
困ったように同意したのはクリオだった。
「王家が荒れてるって言うのも……もしかしてそれがらみ?」
「詳細は知らんが、夏の終わりごろから急激に冷え込んで、農作物に大打撃だそうだ」
「なるほど……呪いはまだ解けてないのね」
「あれだけ繰り返して、いいかげん関わらねぇようにって思わねぇのかね」
そういえば、前にも聞いたような気がするなと思ったが、とりあえずは気になることをとセティは口を開く。
「ルチルさんは?」
「あの町にいるぞ? まあ茫然自失だったが。
あのお嬢さんもいい加減、現実見るだろ」
現実を見る、という言葉は何にかかっているのだろうか。
怖いような気がしたので、別の話題を振る。
「でも、どうしてフォルさんがここに?
ティアもレイさんも、なんでわたしを追ってたの?」
「俺はこいつらの護衛だ」
「わたくしたち、アルカに向かっていますの」
くいと指されてティアはいっそ朗らかに笑う。
「アルカに?」
「ええ」
「……何のために?」
「兄様のお手伝いのために、ですわ」
「ラティオさんの?」
疑問にティアは笑って頷く。
「なんのお手伝い?」
「聞いてよろしいの?」
逆に問いかけられて、セティは口ごもる。
「聞いた後で知りたくなかった、と仰られても困りますわ。わたくしたちの邪魔をする、というのなら、力ずくでも排除させていただきます」
「ティア?」
真面目な瞳が怖い。怯えるセティに気づいたか、ティアはほんの少しだけ瞳を和ませた。
「セティがそれでも知りたいと望まれるなら、お話します。
覚悟がおあり?」
問われて、答えに躊躇う。
そこでまた気づく。すぐに是と答えただろう以前の自分に。
世の中は分からないことだらけ。それに、もともとあの街を目指していたのはティアに会って話を聞くためだった。
しばしの沈黙の後、ゆっくりと頷いたセティ。
長い話になりますわよとティアはどこか寂しそうに呟いた。