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ソラの在り処-蒼天-

【第十話 喪失】 3.彼方の面影

 父さんはわたしの誇りだ。
思い出は少ないけれど、強くて優しい父さんはわたしの自慢。
困ってる人を見過ごしにしない父さんみたいに、ずっとなりたかった。
お兄ちゃんも大好きだ。やさしくて頼りになるお兄ちゃん。
だから、二人がいなくなるのは寂しかった。
『魔王』を倒したら戻ってくるって信じてた――けれど、二人が戻ってくることはなかった。
父さんとお兄ちゃんを奪った『魔王』が許せない。
絶対にわたしが倒すんだって思ってた。
赤い髪に金と銀の目をしたあの男。『魔王』なら許さない。この手で倒す。
でも……彼が『魔王』なら、どうして『人間』が庇ったんだろう?
ダイクロアイトさんが言ったように、『人の姿をした魔物』なんだろうか?
ぐるぐるとした考え事は一向にまとまらなくて、わたしは……

 最初に見えたのは少し痛んだ天井。
あれと思って起き上がると、笑いを含んだ声が聞こえた。
「ようやく起きたわね」
「クリオ? わたし、寝てたの?」
横になったのまでは覚えてるけどと呟けば、労わるように微笑まれた。
「まあ、いろいろあったから疲れたんでしょうけど。
起きたのなら何か食べましょう? 夕飯にはまだ早いけど、お昼抜きだものね」
「うん!」
言われてみれば確かにおなかがすいた。
動き回っていたし、ちゃんとご飯は食べておきたかったので頷いて立ち上がる。
リゲルは部屋にいなかったから、クリオはわたしが起きるのを待っていてくれたんだと分かって申し訳ない気分になった。
「なにがあるかなー」
口では明るく言うけれど、元気のなさは気づかれていたらしい。
ぽんと優しく肩を叩かれて――お兄ちゃんを思い出して悲しくなった。

 食堂に降りれば、案の定皆揃っていた。
ただ和やかに雑談をしてるだけだったので、セティはもくもくと食事を取る。
聞かないほうがいいのかもしれない。雰囲気悪くなりそうだし。
でも、聞かないとなんだか後味が悪い気がする。
もくもくと口を動かして飲み下す。
うう。ご飯があんまりおいしくないのって考え事しすぎてるからだよね?
やっぱり聞いたほうがいいかも。
「ダイクロアイトさん、どうするのかな」
ぽつんと呟いた言葉に、やっぱり場は沈黙した。
ややあって、困ったようにリカルドが言う。
「さぁね」
「さあねって」
「僕らができることって多分ないよ」
きっぱりと言われてセティはひるむ。
自分でもそう思わなかったわけじゃない。でも。
「でも、何かあるんじゃ。亡くなられましたって伝えるとかさ。
……盗み聞きしてたのはアレだけど」
多少。いやかなり後ろめたいけれど。
ぼそぼそと付加える彼女をたしなめる様にリカルドは言葉を続けた。
「あのねセティ。ダイクロアイトさんも勇者なんだよ?
言ってみればライバルだよ?」
「だからなんなのさ」
ライバルだからなんだというんだろう?
困っているなら、自分が助けたいと思っているんだからいいじゃないか。
むっとした表情を返すセティにリカルドは困った顔をしてクリオを見た。
姐さんなんとかしておくれという救援依頼に、今回は傍観を決め込むつもりだったクリオが仕方ないわねといった表情で笑う。
ちなみに、この貸しは酒に付き合ってもらうことで返してもらおうとクリオは思っていた。無論、そのことを知っていたならリカルドは自分で何とかしようと頑張っただろう。
小さく息をついてクリオは言い聞かせるように言った。
「セティがダイクロアイトさんを殺したって言われるかもしれないのよ」
「なんで?!」
はじかれたように立ち上がりかけるセティに、クリオは少し考えて問いかける。
「どこの国の『勇者』が『魔王』を倒すかでいろいろ変わってくるでしょう?」
「う……そういうもの?」
「そういうものだよ」
セティの疑問に答えたのは今まで黙っていたミルザム。
「功績を残した者ほど、後々それを盾に取ることは多いからな。
何かを争うようになったときに、あのときのことを忘れたのか、とな」
「よく……わからないんだけど」
何が言いたいんだろう? どうして?
疑問が顔に出ていたのか、ミルザムはしばし沈黙してから人差し指をぴっと立てた。
「例えば、だ。
『我々』が君の持っている『アレ』を力ずくで奪おうとする。
その場合、君や君の仲間が『あの時助けてやったのに』と言わないか?」
「なっ」
「あー僕いいそう」
あまりにも具体的過ぎる例にセティは絶句し、リカルドがへらりと笑う。
クリオは苦笑するのみ。
「リカルド、言っちゃうの?」
「だってねえ? 助けてもらっておいて何するんだって思わない?」
「そ……それは」
「俺も言うな」
「ブラウ?!」
ぎょっとしたように幼馴染を見るセティ。
彼はセティに目を向けず、昔のことを思い出していた。
勇者オリオンとセレスナイトが死んだといわれた後に、セティたちに辛く当たるようになった連中がいた。
そいつらに向かって似たようなことを言って、後々司祭に怒られた。……相手側も説教されたようだが。
反論したくても出来ないといった表情で唸るセティにクリオが苦笑した。
「ダイクロアイトさんに頼まれたなら、力になればいいわ。
でも、自分から言うことじゃない。分かる?」
「うー……うん。そうする」
ものすごく不満そうに、でも返事をするセティ。
彼女はまだ知らない――考えたことなどないのかもしれないが、どうやって魔王を倒すかというのは大切な問題だし、一刻も早く倒さねばならないといった意識は共通しているように思う。
けれど『どこの国の勇者が倒すか』というのも、実際に大変な問題なのだ。

 今日はこの宿に泊まるということを確認して、気晴らしのためにセティは買い物に行くというブラウについていくことにした。
「どういう風の吹き回しだ?」
宿を出て早速言われた言葉に、セティはそっぽを向きつつ言う。
「だって、ひとりで出たら何か言われそうなんだもん」
「自覚あったのか」
「うう、うるさいなぁっ」
ぷいと拗ねて横を向くセティ。
リカルドなら何か言葉をかけて機嫌をとるのだろうけれど、ブラウは何も言わずにすたすたと目的地――保存食他を売ってる道具屋へと向かう。
その後を数歩送れてセティが追う。
懐かしいといえば懐かしい。
二人で激しくけんかをした後、セレスナイトが有無を言わさず『一緒にお使いに行ってきてね』と放り出したときと同じ行動をしている。
なんだろう? 今日はやけに兄のことを思い出すなぁと思いながらセティは幼馴染の後を追った。
「さっきの話、だけどさ」
ポツリと呟いた言葉も懐かしい。
あの頃は、ごめんなさいと続けていたのだけど。
言葉を止めたセティを不審に思いつつ、ブラウはまだ言うのかと少し呆れていた。自分より年下の、しかも女に気遣われたら、ダイクロアイトだっていい気はしないだろうに。
「勇者は『魔王』を倒すか……死ぬか、しか選べないって言うのなら……」
けれど、聞こえた来たのは予想と違った言葉。
セティは言っていいものかと悩んでいる様子だったので、歩くスピードを緩めて彼女に並び、続きを待つ。
「父さんもお兄ちゃんも、どこかで生きてるのかな?」
泣きそうな声で問うたのは、儚い望み。
「ダイクロアイトさんみたいに大怪我して動けないってありそうだよね?」
「まぁ、な」
生きていて欲しい。
悲痛なセティの声に、しかしブラウはあいまいな返事しか返せなかった。
ブラウだって二人が生きていてくれれば嬉しい。
けれど。
セティが初めて『魔王』に会った時――大怪我を負った街で、セレスナイトに似た人間を見たことを思い出す。
ソール教の神官戦士の装束をしていたけれど、あれは多分本人。
それに……ブラウだけが知っていることを重ねれば、不安が消えない。
『魔王』に対する『あいつら』の微妙な態度。
それから、リゲルのこと。
「どこかで生きててくれればいいな」
小さく呟くセティに何か言おうと首をめぐらせて……ブラウはその動きを止めた。
なんで、このタイミングで。
「ブラウ?」
返事もなしに、急に足を止めた幼馴染を不審に思ってセティは顔を上げた。
またいつもの気まぐれかと思えば、彼は目を見開いて通りの向こうを見ている。
そんなに驚くような何かがあるんだろうかとセティは彼の視線を追って。
「え?」
自分の目で見たものが信じられない。
通りの向こうに、数人のソール教信者らしき白い一団がいた。
茶や金の中で目立つ白銀の髪。優しげな風貌は記憶の中の姿そのままで。
「おにいちゃん?」
セティの呆けたような声で、逆にブラウは走り出した。
後ろから聞こえる呼び声を無視して走る。
あの時は確かめようがなかったけれど、今回は見失わない!
そう意気込んで走ったものの、人々を縫うようにしてたどり着いたときには、すでに白い影はいなかった。
また、分からなかった。
思わず舌打ちをするブラウに、追ってきたのだろうセティが問いかけた。
「ねえブラウ。あれ、お兄ちゃんだったよね? お兄ちゃん……だよね?」
「……ああ。多分な」
まだ信じられない様子のセティに、ブラウもまたなんともいえない心持ちで返す。
生きてると分かったなら嬉しいはずなのに。
なんでこんなにも嫌な予感が止まらないのだろう?