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ソラの在り処-蒼天-

【第十話 喪失】 2.道半ばの退場

「名前はミルザム。職業は星読士だ」
 そう言って笑う彼は年のころならクリオと同年代。
 寝癖だらけの髪は『あの人たち』と同じような青で、少したれ目。
「星読み?」
「そう。しがない下級役人だな」
 からからとした笑い声にセティは首を傾げる。
「星読士って……基本的にエリートだよね」
 同じ事を思っていたんだろう。
 リカルドが確かめるように問うのに彼はやはり振り返らず答えた。
「読みが優秀ならエリートだろうけどな」
 つまり、この人は的中率が悪いんだろうか?
「どうなの? リゲル」
「謙遜も過ぎれば嫌味です」
 クリオの問いにリゲルはきっぱりはっきりと言い切った。
「指差すように未来を当てると言われた貴方が何を仰いますやら」
「過大評価すぎる」
 ぎょっとするセティたちに苦笑にも取れる笑みで答えて、その新たな『同行者』はセティたちを先導した。

 ようやく見えたシックザールの町。
 遠目から見た分には異常は無いように思えてほっとする。
 煙が上がってたりしたらどうしようとか、心配していたのだ。
「被害は軽微なものだったらしい。早々に門を閉ざしたのが効いたな」
 今まで風になびかせていた髪をフードにしまいつつ言うミルザム。
 リゲルも同じくフードをかぶる。
 髪の色が違うから、わざわざそうしなきゃいけないのって大変だな。
 そんなつまらないことを思いながら歩くことしばし。
 ふと気づく。
 シックザールの街門が固く閉ざされていることに。
「えっと、ミルザムさん?」
「なんだ?」
「門、閉まってますけど?」
「そりゃあ、あんなことがあった後だ。警戒して閉じてるだろう」
 まだ一日も経ってないんだぞと腰に手をあてて当然のように言われてもセティのほうこそ困る。
「だってこれじゃ入れないじゃないですか!」
 セティの訴えに彼はしばしあごに手をやり、彼女達を見やった。
「抱えられて飛ぶのと、術で浮くのとどっちがいい?」
「は?」
 きょとんとしたのはセティとブラウ。クリオはすぐに意味を悟ったらしく苦笑を漏らし、リカルドは青い顔で首を振った。
「後者! 後者ので! 魔法でお願いしますッ」
「了解」
 返事は予想していたのか、苦笑を漏らしてミルザムは小さく呪を紡ぐ。
「必死だったわね? リカルド」
「姐さん……男に抱えられたくないのは当然だよ?」
 その言葉でセティもようやく納得する。
 確かに抱えられたくはない。
 乾いた笑みを漏らしていると、リゲルに無言のままにちょいちょいと招かれて手を握られた。
「へ?」
「みなさんも。置いていかれますよ?」
 手をつなげといいたいらしい。
 なんだかなぁという気持ちのままに、隣にいた相手――ブラウだった――の手を握る。
 わたし、どうして苦手な二人に挟まれてるんだろう?
 それから吊り上げられるようにして浮き上がり、なんとか塀を乗り越えた。
 再び足が地面につくまで、妙に手に力が入っていた事は言うまでもない。

 向かったのは、あの直前までいた宿屋。
 ミルザムが女将に断りを入れてから二階に上がる。
 そうか。ミルザムさんがダイクロアイトさんを運んだんだっけ。
 そんなことを思いながらセティは後をついていく。
 なんだか、嫌だなと思った。
 状況に流されるだけっていうのは嫌だ。自分のことは自分で決めたい。
 でも、ダイクロアイトさんが心配なのは確かだから……ここに今いるのだけれど。
 コンコンとノックの音が聞こえて、はっとする。
 ミルザムの名乗りに女性の返答があり、扉が開かれた。

 寝台に横になっている男性が一人。女性は椅子に座っており、もう一人の男性は立ったままにセティたちを出迎えた。
「大人数ですまない」
「いや……心配してきてくれたんだろう? 構わない」
 軽く頭を下げるミルザムに返答したのは、寝台にいたダイクロアイト。
 顔色の悪さに、セティの声は少し小さくなる。
「大丈夫ですか?」
「ああ……命はね」
 自嘲の笑みを浮かべる彼は、数刻前とはかなり違って見えた。
 怪我をしているからかもしれない。
 けれどあの時感じた甘さは鳴りを潜め、整っていると思っていた顔もなんだか少し印象が違う。
「それって……?」
「もう、剣は握ることが出来ないと言われた。
 つまり『勇者』失格って事さ」
 失格? なに、それ。
 青ざめたセティに気づいたのか、ダイクロアイトは宥めるように言葉を続けた。
「戦うことが出来なければ意味がない。
 『勇者』の仕事は魔物退治――魔王を倒すことだから」
 それは分かってる。でも、失格、なんて。
「くれぐれも、君は気をつけて。女の子なんだから」
「――はい」
 正直、女の子だからって言われるのは嫌いだけど。ここは頷いていたほうがいいんだろう。
 それから、二言三言話して部屋を出た。
 結局これだけのために来たのだろうかとミルザムを見れば、彼は人差し指を口元に当てていた。
 静かに、というジェスチャーにセティはもちろん他のメンバーも首を捻る。
 まずセティが指差され、それからクリオ、リゲルへと移り最後に――先程出てきたダイクロアイトたちの部屋の右隣の扉が示された。
 次にリカルドとブラウ、それから自分を指した後にダイクロアイトたちの部屋の左隣の扉が示される。
 問いかけようとしても口を開いた瞬間に厳しい顔で『静かに』とジェスチャーされる。
 一体何をさせようと言うんだろう?
 分からないのでしぶしぶ従う。
 手渡された鍵を使って、扉を静かに開けて中に入る。
 何の変哲もない三人部屋。
 もしかして、ここに泊まるのかな?
 いろいろあったから休めるのは嬉しいけれど、それでもあの行動は一体何なんだろう?
 首を捻っていると、リゲルが床に座り込んでいるのが見えた。
 いや――座り込んでいるのではない、壁に耳をつけている。
 方向的に、さっき辞したばかりのダイクロアイトの部屋。
「リ」
 なにやってるんだと怒鳴ろうとして口を塞がれた。
 次いで、耳元でささやかれる。
「さわいじゃ駄目よセティ」
 納得がいかずに手の主――クリオに視線をやれば、彼女は困ったように笑い、でも真剣な眼差しで言った。
「聞く必要のあることが話されるってことでしょう?
 ちょっと気が引けるのは分かるけれどね」
 聞く必要があるって何を?
 目で訴えてもクリオは答えず、リゲルに倣って壁に張り付いた。
 納得したわけじゃない。
 聞き耳立てるなんて、褒められたものじゃない。
 けれど、早くしろと言いたげな二人の視線に耐えかねて、結局セティもそれに倣った。

 壁越しに聞こえる声は不明瞭。
 とはいえ、あまり隣室の声が聞こえすぎるのは宿にとっていいことではないから、仕方ないのかもしれないが。
『……ばいい』
『でも!』
『自分がどうなるのか分かってるのか?!』
 急な怒鳴り声に思わず肩が大きく揺れる。
 あの戦士のものだろう。
 でも、なんでそんなに怒ってるんだろう?
『もどれば……死刑になるかもな』
 え?
 諦めの色濃いダイクロアイトの声。
『それが分かってて、どうしてお前は』
『使命を果たせず、怪我で脱落なら……当然だろ?
 勇者に選ばれた時点で、魔王を倒して凱旋するか、途中で討ち死にか。
 その二択しかないことくらい、分かったさ』
 なんで、そんなこと言うんだろう?
『みすみす死にに戻るって言うのかよ!』
『それは……嫌だな』
 ははと力なく笑う声。
 誰だって死にたくないはずだ。
 でも、ダイクロアイトさんは頑張ったのに。
 怪我したのだって、魔物と戦っていたからなのに。
 なのに――そんな簡単に見放されるの? 見放してしまうの?
『でも……こうなったのは自分の不注意だから。
 それだけは伝えないと』
『逃げればいいじゃない! 魔物に殺されましたって!
 勇者のダイクロアイトは死んだって思わせれば』
『誰がそれを伝えるんだ? 君達のどっちかが伝えれば、自分達だけ逃げたって陰口を言われる……それは嫌なんだ』
 悲痛な声。
 これ以上聞いているなんて出来なくて――盗み聞きをしている気まずさもあって――セティは壁から離れた。
 そのままベッドに横になる。
 なんだかすごく疲れていたし、もう何も考えたくなかった。