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2番目の、ひと

【Step5 そしてこれから】 2.遠距離開始

「アールっ」
 がしっと後ろ頭をいきなりつかんでくるのはヴィル。
「やめなさいっ」
 そんな彼の背中に何か激しくぶつけられる音がします。
「ってーな、なにしやがるティル」
「アルはあんたと違うの!」
 相変わらず元気です。
 が、軽口が復活しているだけ関係はマシになったようでよかったとも思います。
 まあ後は僕にこうやってちょくちょく絡まなければ言うことないのですが。
 僕が何も返さないままでいると、二人は沈黙してヴィルがそっと手を離します。
「あー……そのな、アル。寂しいだろうが」
「そうそう、メールとかあるし」
 ああ、妙におとなしいと思ったらそういうことですか。
 サキの転校がはっきりと決まったから、僕が落ち込んでいると思っているようです。
 転校――それも国外への引越しで会えなくなることについて、何も思わないわけではありませんが、今気分が沈んでいるのは少し違うのですけどね。
 何が沈んでるって、そりゃあサキがPAだったって事が大きいのですが。
 兄さんを引き入れようとして僕に近づいたわけではないことはよく分かっています。
 付き合うきっかけだって僕から言い出したことですし、そこまで計算されていたというのなら流石にもう誰も信じられなくなります。
 ため息を吐く理由は……PAになりたいか否かなんですよね。
 『一緒に行こう』なんてサキは言いませんでした。まあ言われても困るんですけど。
 そして相変わらずフェッリさんの勧誘は激しいです。兄さんよく我慢してたなと思うくらい。
 それに輪をかけて、レンダーノ先生まで口出ししてくる始末です。
 成績を把握されてるって怖いことですね。多分受かるなんていわれたら揺れちゃうじゃないですか。
 サキの転校が決まってから、ティルアはいちいち僕に断ってから一緒に遊びに行ってます。
 なんとかダブルデートも出来ました。
 まあ、なんだかんだでデート前にティルアとヴィルの仲直りは出来てたみたいですけどね。

 そして、ついに明日が引越しの日。
「とうとう来ちゃったねー」
「うん」
 思えば、あの二人のごたごたに巻き込まれたくないからと始めた付き合い。
 好きで好きで仕方なくて告白したんじゃなく、なんとなくから始まった奇妙な形。
 そういえば、恋人らしいことってあんまりしなかったような気がします。
「これからは遠距離になっちゃうねー」
「うんちょっと残念」
 普通に返してしまって、はたと気づきます。
 あれ? それってつまり。
「メールするから、サキちゃんと見てよ?」
「うう、はーい。前みたいに丸一日後に気づくっていうのはしないように気をつけまーす」
 苦笑しつつおどけるサキ。
 こういう反応もらえるって事は、これで終わりってわけじゃあないってことですよね?
「たまには電話するね。あ、時差ってどれくらいかな?」
「さあ。でも待ってるね。こっちからもかけていい?」
「もちろーん! あ、でも最優先は無理かも」
「うん待つよ。仕事がんばってね」
「アーサーも元気でね」
 そうして最後の日は別れました。
 大体のことはあの時話したのですけど、良かったです。
 その後、空港まで見送りには行ったのですが、話を出来る状況じゃありませんでしたから。

 サキが転校してから二週間がたちました。
 もちろん何回かメールでのやり取りはあります。
 僕ら三人の写真も送りましたし、サキのチームメイトだという五人の写真も送ってもらいました。同じ年くらいの男が二人映っていたのはやっぱりすこし微妙な感じがしましたけど。
「サキどうしてるかなー」
「元気みたいだけどね」
「おーおーノロケか?」
 僕を挟んで両隣にティルアとヴィル。
 サキが来る前と変わらない様な、でも確実に変わった僕たちの関係。
 とはいえ、ティルアとヴィルが付き合っている様子はまだないのですが。
「あーあーテスト憂鬱ー。いいよねアルは。最近すっごく成績上がってて」
「あのね、ちゃんと努力してるの。ティルアだって真面目にすればできるのに」
「そーだそーだ」
「いっとくけどヴィルもだからね?」
「そーだそーだー」
 こういう、些細なやり取りがなんだか懐かしいです。小さな頃に戻ったみたいで。
「にしてもアルはそんなにしてまで警官になりたいかねぇ」
「前からずっと言ってたじゃない。兄さんみたいな警官になりたいって」
「うん。警官は警官でも、ランク上げたから頑張らないと」
「ランク?」
「うん」
 勧誘をうけているのもあるけれど、調べれば調べるほどPAへの興味は湧いてきています。
 高校を卒業するときまでこの気持ちが変わらないのなら、PAの入団試験を受けるつもりです。兄さんの説得に時間はかかりそうですけどね。
「ん? 何だあのマント」
 ヴィルの声に顔を上げれば、一ブロック先の信号付近に、確かにマントを羽織った二人組がいます。
「マントだねぇ」
 道路を挟んだ反対側の歩道にいる二人組は茶色の髪のポニーテールと金の髪。
 あれと思いました。
 だってあの髪型はサキと同じです。それにマントって確かPAの制服だった気がします。
 進行方向なので自然と近寄る形になりますが、車が邪魔して顔が分かりません。
 その二人に向かって男性が一人近寄って行きます。スーツ姿のどこか見覚えのある。
「あれ、フリッツさん?」
 ヴィルの言葉と一瞬見えた顔。それで確信しました。
「サキ」
「タチアナ!?」
 僕らの声が聞こえたのでしょうか、サキがこちらを振り返りました。
 驚いた顔が見る間に笑みに変わります。大きく手を上げてこちらに駆け出そうとするサキ。
 彼女が激しくのけぞったのは次の瞬間でした。
 どうやら、傍らにいた男が彼女のマントの裾を思い切り踏んづけたようです。
「首しまってないか?」
「あれしまってるよね?」
 僕らの想像は正しかったようです。
 激しくむせこんだ後、サキは振り向いて男に何か言っています。
 大仰な身振り手振りをしているためか、こっちもある程度言っている内容が把握できます。多分、何するんだとかそういった感じです。
 でも男の方は怒鳴るだけで、怒鳴られたサキは不満そうながらも従っている感じに見えます。
 ちらりとこっちを向いたサキは、両手を合わせて軽く頭を下げました。
 確か、ごめんなさいって謝罪のボディランゲージ。
 サキの後ろから、男がこちらを見ていました。
 この距離からなら顔が良く見えます。
 金の髪に紫の瞳。それは、サキが送ってきてくれた写真にも一緒に写っていた相手。
 彼から値踏みするように見られているのには気づきました。
 思わず、睨み返してしまった自覚もあります。
 が、彼はいきなり両手でサキの肩をつかんで何かを言いました。
 何を言われているのか分かりませんが、サキは困惑している感じです。
「や、アル大丈夫だって」
「そ……そうそうやきもちやかなくっても」
 凝視していたせいか、ティルアもヴィルも恐る恐るといった様子で声をかけてきます。
 けれど僕は視線をはずせませんでした。
 彼がこちらを手で示し、サキの視線が迷うようにこちらと彼とを行き来します。
 僕らが何者かって聞かれてるのでしょうか?
 肩を落としたサキは、なぜか綺麗な敬礼をして、こちらに向き直って走ってきました。
「アーサーっ ティーちゃんっ」
「タチアナっ」
「元気そうだな」
「うん元気ー」
 笑う彼女は久々で、話したいことはたくさんあって……けれど時間はあっという間に過ぎていって。

「あ、そろそろ戻らなきゃ。怒られちゃう!」
「え? もう?」
「だって本当は仕事中だもんー。上の人に知られたら、怒られるだけじゃすまないかも」
「なのにこっちきてくれたの?」
「だって命令なんだもんーっ」
 困ったように言うサキに、微妙なものを感じないわけじゃありません。
 ただ、一番に優先する人の命令なら、仕方ないんでしょう。
「じゃあさ、仕事が終わった後に連絡取れるかな?」
 僕が聞けばサキも笑って答えてくれます。
「いいよー。今日はここに泊まる予定だし! なんだったら外出許可取るよ?」
「うん、出来ればとっちゃって」
 了解と答えてサキは戻っていきました。

 僕は決して一番に優先されないけれど、二番目の優先権がある。
 そう。いつだって、二番目に優先してもらえるし、優先する。
 ちょっと変わった僕たちは、ちょっと変わった付き合い方でいい。
 僕らは互いに、二番目のひと。

 おしまい。