【Step3 疑惑と秘密】 3.疑心暗鬼
補習が発覚してから数日後、いきなり校舎裏に呼び出されました。
「あ、ようやく来た。遅いぞアルー!」
手を振り回しながら僕を呼ぶのはティルアです。すぐ隣にサキもいます。
正直、最初に置手紙(随分古風ですよね)見たときには血の気が引きました。
前にその手のことは兄さんのこともあるから洒落にならないことをするなと言っておいたのですが……もう一度きつく言っておく必要がありそうです。
「で、どうしてこんなところに呼び出したのさ」
しかもここって、僕が唐突に相手を『振った』場所から近いのです。あんまりいい思いではない場所だから来たくはないのですが。
まあ、サキと付き合うきっかけの場所でもあるんですけどね。
「そりゃあもちろん火がほしかったからよ!」
分かってないなぁと言った様子でティルアは人差し指を立てて言いますが、分かっていないのはそっちです。普通、使っちゃいけません。
火を何に使うのかと思ったのですが、もう片方の手には大きめのキャンドルがありました。
「アロマキャンドル?」
「そう! 今人気でなかなか手に入らないんだから」
胸を張って答えた後、ティルアは笑顔でサキに向き直ります。
「香りって人の好み激しいでしょ? タチアナにあげたくても好きな香りか分からないじゃない。だから」
「実際にかいでもらったほうが早い、と」
「正解!」
いやいやいや分かりますよね、普通。
そんな大仰にほめるようなことじゃないですよね?
「ねーねーティーちゃん。なんでアーサー呼んだの?
マッチとかライター持ってるの?」
サキはティルアとは違って困惑しています。
そうですよね。普通、火っていったらそっちを思い浮かべますもんね。
というか、サキ、いちいち言動が小さな子みたいなんですが。
「持ってないよ。持ってて余計なことに巻き込まれたくないし」
「じゃあどうして?」
「ほらアル! 早く!」
サキの質問をよそに、ティルアはさっさとキャンドルを受け皿ごと地面におきます。
そこまで準備をしているなら、一緒にマッチでも持ってくれば良いのに……とは思いませんが、自分の家ですればいいのにとは思います。
それでも……邪険にできない自分が悲しいのですが。
いやいやながらも仕方なく携帯を取り出します。
正確に言えば、必要なのは携帯ではなくストラップ……としてつけている『石』です。
「応えよ。魔を封じし石よ。秘められし力、今解放せん」
そこで一度言葉を切ってティルアの様子を見ますが、態度でさっさとやれと言われてしまいました。サキはどこかわくわくした顔をしています。
仕方なく続きをつぶやけば石が熱を持ってきます。この感覚はかなり久しぶりです。
「赤々と灯れ」
長い呪文を言い終えると、小さな炎がキャンドルに灯りました。
「すごーい!」
「そうでしょそうでしょ」
拍手までするサキに対しティルアは胸を張ります。相変わらず自分のことみたいに得意そうです。僕がやったことなんですけどね。
「アルトゥールは魔法使いなのよ。ちなみに、杖を使わない魔法は魔導法って言うの。
杖を使う魔法より難しいのよ」
「火の魔法って調整難しいのにアーサーすごい!」
あれ? なにか、すごいっていう感想が別のところにかかっているような気が。
感想のずれに気づいたのか、それとも思ったような反応が得られなかったせいか、ティルアが不思議そうに問い返しました。
「タチアナ、魔法使い見て驚かないの?」
「おじーちゃん家はパラミシアのヒュプヌンリュコスだから」
「あー、パラミシアって魔法の国だもんね」
ティルアは不満そうながらも納得した様子を見せます。
でも僕が気になったのは別のことです。
「ヒュプヌンリュコスって魔法協会設立者の直系が住んでる所だよね?」
「うん。親戚にもいるよ魔法使い。それにディエスリベルにいた頃も、通学路に魔法協会の本部あったし」
「なーんだ、反応つまんない」
ティルアはつまらなそうですが僕にとっては興味のある話です。だって。
「サキの周りは魔法が不思議じゃないんだね」
確認するように言ったのは、姉さんも分かるでしょうけどこの国の現状からです。
歴史で習う限りでは、昔の大戦の頃に魔法使いにひどい目に合わされたから、戦後に偏見がひどくなったということですが――実際、偏見は今でも残っていますよね。
「だって魔法ってただの手段で道具みたいなものだもん。
遠くに声を届ける風の魔法が電話。
いつでも呼べる明かりが懐中電灯。
ね? そういうものでしょ?」
「そういうもの……なのかなぁ」
随分ユニークな解釈だと思います。
それとも本当に、パラミシアやディエスリベルではそう思われているのでしょうか?
「あ、甘い香りー」
ふわりと笑って見やるのは、僕が火をつけたキャンドル。
「ね、いい香り」
ティルアも機嫌を直したのか頬を緩ませています。
……アロマキャンドルなら、なおのこと室内で火をつけるべきだと思うのですが。
「なんか気持ちいー」
確かに。少し甘ったるい感じはありますが、ティルアの言うとおり落ち着くというか気持ちが良くなる感じです。
けれど……
「火遊びしてるの誰ですか?」
響いた声に固まります。
聞きたくなかった声。なんとかサキから引き離したい声の持ち主。
……なのですけど、別の意味でも今はまずいです。
「フェッリ先生」
まずいって顔をしてます。主犯は誰がなんと言おうと君だからねティルア。
「校内で何やってるんですか。火事を起こすつもりですか?」
「いえいえいえそんなことは」
誓ってそんなこと考えていません。ただ、やっぱりそうですよね危ないですよね。
こんなこと兄さんに知られたら……
「宿題倍です。もちろんその蝋燭も没収」
「えーっっ」
「お説教もつけましょうかね」
「遠慮します」
ティルアは何とか罰を回避したいようですが、この状況じゃあ明らかに無理です。
僕は……今までとは違う意味でどきどきしてます。
こうして目の前で注意している先生は、確かに『先生』らしくて。けれど抱いた疑惑を拭い去るには不完全すぎて。
結局、お説教は長々とされた上に宿題も出されることになったのですけど。