1. ホーム
  2. お話
  3. ナビガトリア
  4. 例えば想い出話を
ナビガトリア

【番外編】 例えば想い出話を

 何度、同じようにため息をついただろうか?

 小さい子どもは確かに可愛い。
 無邪気なところも、ぷにぷにとした手足も、まるっこい体も。
 そしてなによりその笑顔。
 だから……気持ちは分からなくも無い。
「おはなししてー?」
 にぱっとおねだりされて、邪険にするのは難しい。
「白雪姫で良いですか?」
「やー」
「では赤ずきん」
「だめー」
「シンデレラとか、浦島太郎」
「あきたー」
 見た目だけの天使は、出された案を問答無用で却下する。
 こんな対応をされるなら、少しは邪険にしても罰は当たらんと思うぞ。
 しかし辛抱強い天は、他に何があったかと考え込んでいる。
 元々子ども好き……もとい、末っ子の天は小さな子には甘い。
 とことん甘いと言っても良い。
 それを決定付けたのは、やはり姪の存在だろう。
 銀の髪に紫の瞳という天そっくりの特徴を備えた姪っ子は、天にとって姪でありながら妹みたいなものだった。
 故に彼女を喪った時の天と言ったら……いや、よそう。暗い話は。
 あれから時は流れに流れて、今天が相手をしている子どもは、その姪っ子の子孫。
 髪の色は金色だが、瞳の色だけはずっと受け継がれている。
 しかし天もいい加減気付かないものか。
 目の前のガキはかつての姪と違い、悪賢いタイプと見たぞ。
「むかしのこととか聞きたい~」
「昔の事、ですか?」
「うん!」
 にっこり笑ってのおねだりは天使の微笑み。しかして、その内容は悪魔のもの。
「ひめはたくさん『でし』をとってたんでしょ? そのおはなしがいい」
「そうなんですか?」
「だっておもしろいもん」
 不思議そうな天に、子どもは満面の笑みを返す。
 ならばと天も記憶を辿り、話し始める。まぶしいものを見るような遠い眼差しで。

「ししょおおおおおっ」
 大声と派手な音を立てて室内に入ってきたのは、赤毛の男。
 肩で息をしていることから、急いできた事は見て取れる。
 が、天は一目見るなり咎める口調で。
「なんですか騒々しい」
「あ、すみません」
 一転してへこへこと頭を下げて、男は我に返った様に青ざめる。
「え……と、突然すみません。
 どうしても師匠にお聞きしたい事がありまして」
 びくびくとしているのは、かつての天の『修行』がよほどこたえていた証だろうか。
 対する天は、不機嫌と言うよりも呆れの色の濃い声音で問い返す。
「なんですか?」
「その……コスモスの事なんですけど。
 彼女、どうして私のことを知ってるんですか?」
「何年もお世話になった相手になにを言い出すんですか」
「いえそうではなく。
 どうして師匠の元で師事していたときの事を彼女が知ってるんですかと」
「そうなんですか?」
 きょとんと問い返す天に、男は言葉も無い。
 仕方なく我が助け舟を出す。
『天、あの娘が幼いころに寝かしつける時に話しただろう』
「ああ……そういえばそうでしたね」
 ぽんと手を打ち納得する天に、男は少々納得のいかなそうな目を向ける。
 ま、我の声が聞こえていないのだから仕方ないか。
「昔のアポロニウスさんは元気良かったですよね。
 大きくなったら絶対に魔法で師匠に参ったって言わせてやるって言われてましたしね」
『まあ……言うまでもなく大口だな』
「忘れてくださいお願いですからッ」
 今度は真っ赤になって叫ぶ。なんとまあ感情の起伏の激しい奴よ。
 ぜーぜーと肩で息をして、男は神妙な顔で訴えた。
「師匠……後生ですから、その手のこともう話さないでもらえますか」
 二つ返事で了承した天に、男は心底安堵したようだが……
 我は知っている。
 目ぼしい話はとっくの昔に全部ばらされていると。
 男に我の言葉が届くのなら、言うべきは唯一つ。
 即ち「諦めろ」。

 おしまい

勝てない人がどんどん増えていく。の情けないVer。
この語り部は「日影」さん。詳しくは星や月をごらん下さい。
師匠が出てくるまではそれでもマシだったのにね……最初から彼女の弟子設定だったけどさ。