【番外編】 そして始まる腐れ縁
そう。出会いはそんな感じだった。
父の仕事の関係でパラミシアに引っ越して、桜月人学校に通い始めてからの事。
わざわざ作られている学校だけど生徒数は少なくて、同年代……ミドルスクールの人数は俺も含めて六人だった。
学校は特に厳しくもなく、仲間内で馬鹿な事をするのは楽しかった。
『仕事』のためにはこういった光の部分も知らないといけないし。
心を許しているように見せて、決して内心は見透かせない。
それを実践するのにもちょうどよかったし。
日陰にある机まで移動して誰かの置いていった新聞を広げる。
ざっと斜め読みするだけで出るわ出るわ。
宝石店に強盗が入り、老人宅に強盗が入り……やはりここは桜月に比べてだいぶ物騒らしい。
「孫が祖父母をって……世も末だな」
ポツリと呟き新聞を閉じる。
パラミシアの言葉はほぼ完全にマスターしている。読み書き、話す事にも不自由しない。
それにここは桜月人学校。殆ど桜月語で通じる。
「おーい薄!」
「うん?」
「今日暇か?」
聞いてくるのはクラスメートの一人。
って言ってもミドルスクールの全員がクラスメートになるんだけど。
黒髪黒い目。背は自分よりもこぶしひとつ分くらい上のひょろりとした少年。
確か年はひとつ上の。
「圭、だったっけ」
「そうそう。で、暇?」
「暇だけど?」
(よっしゃ!)
「肝試ししようと思うんだけど、参加できるな?」
輝かんばかりの瞳。
明日は日曜で学校がない。
そんな日の放課後は遊ぶに限る、とそう訴えている。
別に断ってもいいのだが、たまにはいいかと今回は素直に頷いておく。
「よっしゃ! じゃしゅっぱーつ!」
言うなり圭は薄の腕をつかんで引きずっていこうとする。
苦笑を漏らしつつも、とりあえずついて行くことにした。
俺の名前は薄・矢羽。桜月人。
場合によっては暗殺も請け負う、人様にばれるとまずい家業を継ぐための準備をしている見習の『忍』。暗殺者といっても間違いじゃないが、なんとなく忍のほうがましに思えるのでそう名乗る事にする。
もう一つ他人にばれるとまずい事といえば。
「たのしみだな~」
(……ほんとは怪談とか嫌いなのに……どーしろと?)
ニコニコと笑うのは黒髪のショートカットの少女。
なかなかに愛想笑いが巧い子だ。
「ってかみんな暇人よねぇ」
呆れたように言うのは金髪の少女。
この学校に通う中で唯一、生まれも育ちもパラミシアの子。
「でも楽しみ!」
(今日こそは東雲を泣かす!)
にこやかに言うのは圭。
「どこに行くの?」
(あんまり遅くならないといいけど)
問い掛けるのは焦げ茶のセミロングの少女。
「ひみつ♪ 着いてからのお楽しみってな!」
そう宣言するのは少々ふっくらとした愛嬌ある少年。
(反応が楽しみだなぁ。くっくっくっ)
実際の声とは別にもう一つ、俺にしか聞こえない心の声。
人の心が読めるというのは便利そうでいて、もっとも厄介な能力。
知りたくもない事聞きたくもない事を無理やり教えられて、あまつさえその事に突っ込んでしまおうものなら……まず普通の生活は送れなくなる。
仕事をするときには便利なんだが。
怪しい仕事には引っかかりづらくなるし、変な依頼人にかかることもない。
雑談を交わしながら地元の駅に向かう。
思ったよりも遠出するようだ。
電車に乗っても会話は弾む。流石に場所柄小声だが。
桜月語で交わされる話は周囲の人間にはまったく理解されていないだろう。
「ってかあんまり遅くなるのは困るんだけど」
会話が途切れた時に眉をしかめて金の少女が言う。
窓の外を流れる景色を睨むようにしながら。
「うち、圧倒的に遠いんだからね」
「そっかコスモスは地元じゃなかったっけ」
今気づいたというように焦げ茶の髪の少女――桔梗が言う。
(そういえば私立だからどこから来ててもおかしくないのよね)
確か金髪の……コスモス・ロータスの家はヒュプヌンリュコスだと聞いた。
地元駅からは北に五駅分くらいの距離がある。
今乗っている電車はさらに遠ざかる方向に進んでいるから、時間を気にするのも当然だろう。
よくもまああんな遠くからわざわざ桜月人学校に通うものだと思うが。
金髪に深い青い瞳。見た目はまさしくパラミシア人そのもの。
多分、貴族だろうな。
階級制度が長く残っていた国だけに、どの階級に属しているかがちょっとした所作や言葉使いに現れる。
貴族のお嬢様が何でこんなところにいるのかは知らない。
とはいえ彼女の桜月語は完璧だし、祖母が桜月人だとか言っていたし、何より学校が入学を許可しているのだから自分が文句を言う筋合いは無い。
「ただでさえ暗くなってからは外に出るなって言われてんだから。
あんまり遠くなら辞退させてもらうわよ」
少しふくれた様子で言う。
今の時刻は午後四時。
夏だからまだ日も高いが、ここからヒュプヌンリュコスまでとなると片道一時間近くかかる。中学生があまり夜遅くに一人で出歩くのは危険だろう。
ましてここは祖国・桜月に比べて治安が悪い。
「平気平気、後十分もすればつくから」
「そーぉ?」
(ったく自分には関係ないからってさぁ)
不信の眼差しのままに東雲を睨むコスモス。そ知らぬ顔をする東雲。
電車が目的地に着くまでは、そういう他愛ないやりとりが続いた。
目の前に立つのは大きな洋館。
いや、こんなところに桜月風の家があってもおかしいけれど。
周りは背の高い生垣に囲まれており、行く手を阻むかのような堅牢そうな門。建物近くに見える池は、奇妙なほどの透明さを保っている。
「はーい! ここが肝試し会場です!」
振り返ってにぱっと笑う東雲。
他三人は拍手を贈り、ロータスは何故か目が点になっている。
「……ここで肝試し?」
「いえーっす!」
ブイサインを返し、東雲は鍵の束をくるっと指先でまわす。
「何でも池で子供が溺死したとか、三十年近く前に老夫婦が殺されたとか。
地下室に幽霊が出るとか、そーゆー曰くつきの家。
ぴったりだろ~?」
「いい感じのウワサだな~」
「どこからンな噂が流れてんのよ?」
(そして誰が流した)
何故か疲れた表情でロータスはこまめに突っ込みを入れる。
この家のことを知ってるのか?
目をやってみるものの、諦めたような顔して建物を眺めているだけ。
心に思い浮かべてくれなければ、これ以上知る事は出来ない。
「勝手に入って良いのか?」
「平ー気! この鍵が何よりの証拠♪」
「どっから鍵手に入れたの?」
「もちろんひ・み・つ」
きしんだ音を立てて門が開く。
こまめに手入れされているのだろうか。庭木も芝生も伸び放題という事はなく、きれいに整っている。
「で、どうやって決めるの?」
待ちかねたように黒髪の少女――芹が問い掛ける。
「もちろん男女一組ずつに決まってるだろ?」
「じゃなくて、決め方」
圭がにやっと笑って右手を振り上げ。
「ぐーちょきぱーで別れましょ!」
とっさにそれぞれが思い思いに手を出す。
「ほら決まった」
「なんつー適当な」
どういう偶然か、見事に最初の一回でペアが出来上がった。
ただし。
「やり直しを要求する~! ヤロー同士で行ってもつまらん!」
「はいはい。じゃ、私が圭と行くわ。桔梗は東雲でいい?」
「うん」
……そこで頷いて欲しくなかったなとはいえない、流石に。
「よろしくね矢羽~」
ぺしっと背を叩かれて我に返る。
「お手柔らかに」
……素人に簡単に背中取られてどうするとか思ったけど。
そして肝試しは実行された。
最初は圭と芹、二人が戻ってきたら東雲と桔梗。最後に俺とロータスという順番。
適当な木の葉をもって、回った部屋に一枚ずつ置いてくる。
そして最後に全員で屋敷を回って数を確かめて終了というプランらしい。
圭たちが出発してから十分がたっただろうか。
「いつ頃出てくるかな圭たち」
「あんまり時間かけるとコスモスが大変だもんね」
「んー」
桔梗の言葉に、困ったような何かを考えるようなそぶりで返すロータス。
そのとき。聴こえた。
驚愕の声が、三つ。
(動くな!)
強烈な殺意。
「矢羽?」
不信そうなロータスの声。
でもそんなものに構っちゃいられない。
(畜生! なんなんだこのガキどもはっ)
(なんで。なんでっ)
(銃……)
聴こえてくる『声』に耳を澄ませる。
この家に隠れていた犯罪者がいた……ということだろう。
声だけでは成人男性だろうということくらいしか分からないが。
「コスモス? 矢羽君?」
「ん?」
なんでもないように返して、しかし内心はそうもいかない。
理由をつけて彼らを帰し、警察を呼ぶ。それがベストの選択だろう。
しかし、どうやって彼らを帰すか……
「桔梗ケーサツ呼んで来て」
思わぬ助け舟はロータスのもの。
「コスモス?」
「警察って……何でいきなり」
「ちょっと時間が経ちすぎてる」
困惑して聴きなおそうとする二人の声を遮るように、きっぱりとした口調で言う。
「それに……さっき、窓から人影が見えたのよ。
どうみても圭とは体形の違う感じの、ね。
なんかあってからじゃ遅いから、早く警察呼んで来て。
桜月はどうか知らないけど、ここはそういう国なの」
言い切る姿は威厳すら滲ませて、その姿に気後れする。
別の声は聞こえてこない、これは本心からの言葉。
「コスモスはどうするの?」
「逃げられたらまずいから時間稼ぎしとくわ。あたしも一応魔導士の端くれだし」
言ってひょいと肩をすくませる。
そう。彼女はこの科学の世には珍しい魔法使いだったりする。
自己紹介に魔法を見せられた時には驚いた。
こういう家業をしているだけに『自称』魔法使いには何度かお目にかかったことはあったが、本物に会うのは彼女が初めてだったりする。
「魔法使えたからって銃で撃たれたら大変でしょ!?」
「言い合いしてる暇なんてないの。さっさと行く。
ほら東雲も矢羽も桔梗と一緒に行ってあげて。
こんな時間に女の子一人で歩かせるものじゃなんだから」
しっしっと手まで振って邪魔だと告げるロータス。
彼女の顔に浮かんでるのはある種の諦め。そして自信。
しかたないなぁ。あたしがやるしかないか。
そういう思い。
「じゃあ、そういう時間に一人残す訳にもいかないだろうから、俺が残るわ」
「薄?」
困ったような東雲に軽く応える。
「大丈夫だよ。たぶん。
これでも剣道で段持ってるし、自分の身が可愛いからなんかあったら逃げる」
「そーそー。無茶なことしないし、早く警察呼んできてくれれば、それだけ皆が無事って可能性が高くなるんだから。ね?」
ロータスの言葉に納得がいったのか。
早く戻ってくるからと残して二人は来た道を戻っていった。
「で」
「でって?」
二人を見送ったままの姿勢で変な言葉を呟くロータスにとりあえず聞き返してみる。
「矢羽って何者?」
射抜かれるような、青い蒼い瞳。
「一般人、なんて言ったら殴らせて貰うわよ」
只者じゃないと思っていたけど。
素人に見抜かれるなんて……俺もまだまだってとこか。
「それが今の状況で関係あるのか?」
開き直って言い返せば、不敵な笑みが返ってくる。
「寝首掻かれるのもいやだしね。ここで見たこと、起きた事は互いに他言無用。
これさえ守ってくれれば問題ないわ。魔導士っていうのは秘密主義だからね」
余計な事は考えてない。同業者ってこともあるか。
素直に頷けば、満足いったのかロータスは早速話し始めた。
「まず犯人だけど、一人。
年は……三、四十代くらいかしら。拳銃一丁持ってるわ。
で、圭と芹だけど。ばっちり捕まってる」
妙に詳細な情報。
「どういうことだ?」
「世の中には透視の魔法なんてものもあるのよ」
疑い深く言えば、得意そうに返される。
生憎魔法に関して知識に乏しい俺に、反論の言葉はない。
「不法侵入した挙句、あたしの友達人質にするような不届きモノには天罰下さなきゃね」
どこか楽しげな様子すら見せるロータス。
「ずいぶんと肝が据わってるな」
「ふつーの子が一生経験しないような苦汁は散々飲んでるからね。それに」
遠い目をして言って、こちらを覗き込む。
「いざとなったら強~い矢羽も手助けしてくれるんでしょ?」
言ってくれるじゃないか。
表情から何かを読み取ったのか、ロータスは俺の腕をとり何かを呟く。
その瞬間体に感じる強い風。
視界が反転し、広い空が目に入る。
吹き飛ばされた?
疑問に思うまもなく、急に強い重力がかかって、音も無く足がついた。
屋根に。
「よっし成功。あれ矢羽どしたの?」
何事も無かったかのようなロータスの問いかけに応える術を、生憎とそのころの俺は持っていなかった。
(流石に説明してからのが良かったかな?)
そう思うなら最初からしてくれ!
頭を振って気持ちを切り替え、問い掛ける。
「で、ここからどうするんだ?」
「あっちの天窓から中に入るのよ」
言って彼女はすたすたと。仮にも四階くらいの高さの屋根の上を、平気で歩く。
本気で同業者かもしれないな。
敵に回すと厄介だが、少なくとも今は敵じゃない。
こんな思考回路しか出来ない自分を少し嫌に思うときもあるけれど。
彼女に次いで、天窓から屋内――屋根裏部屋へと入る。
誰かの個室だったのか、埃避けの掛けられたままのベッドと本棚、サイドボード。
「えっと……どれがどこにつながってたっけなぁ」
サイドボードに置かれたいくつものこぶし大の水晶球を前にロータスが悩んでいた。
「何やってるんだ?」
「ここってどーやら幽霊屋敷として有名みたいだし。
なら使わない手はないでしょ?」
会話がかみ合わない。
(まいっか、適当で)
何が?
問い直す間もなく、水晶球の一つを手に取りロータスは言った。
「こっちにおいでよ」
それと被るようにして、別の方向――ちょうど屋根から同じ声、同じ言葉が響いてくる。
(おーおー慌ててる慌ててる)
「……何やった?」
「館内放送。あ、屋内放送?」
「じゃあなくて!」
思わず声を荒げてしまって、咳払いして問いかける。
「何でそんなものがあるって知ってるんだ?」
「そりゃ……前ここに住んでたし」
「は?」
住んでた?
「そっちじゃないよ、こっちだよ」
呆けた俺のことなど構わず、別の水晶球を手にロータスはまた言葉を紡ぐ。
「ねぇ。一緒に遊ぼうよ」
なるほど……この洋館を見たときのあの反応は、そういうことか。
「ここの仕掛け使ってよく遊んだから。
幽霊屋敷って呼ばれてる場所でこの悪戯。コワイと思わない?」
まさしくその顔は。
「あくまでしたねぇ」
「喧嘩なら買うけど?」
しみじみ呟いたその言葉に、何故かこめかみをひくつかせる我が主。
「いけませんねぇ。公女たる者がそんなお顔をされちゃあ」
「人の顔見つめて『あくま』なんて言うからでしょ」
まったくと言わんばかりに眦を吊り上げる。
あの時とは違う紫紺色の、あの時よりも厳しい色を宿した大きな瞳。
とはいえ、こういう物言いはそこまで怒っていないという証拠。
「少々昔の事を思い出しまして。昔から公女は公女でしたねぇと」
「貶されてる気がするんだけど?」
「いえいえそんな。畏れ多い」
ちっ 相変わらず聡い。
「落ち着けコスモス」
ナイスなタイミングでアポロニウスがお茶を運んでくる。
公女。あなたは昔から我が道を行く性格されてましたけど、今回のようにいきなり訊ねて『もてなせ』はないと思いますよ。
面白くない事があってむしゃくしゃしてるのは分かりますけどね。
口に出せば自分に面白くない事が降りかかるから、自分も楽しいことを口にする。
「公女にお仕えしてもう六年。そろそろ仲間が欲しいと思うのですが、如何でしょう?」
意訳=早く結婚しろ。
「いやみかああああああッ」
「だから私の部屋で暴れるなというに!」
案の定、お茶効果で少し治っていた機嫌は、あっという間にまっさかさま。
ええ。公女。
貴女のことは信頼していますし、得がたい主だと思いますよ?
それでも……こうやってからかう事は止められないけれど。
おしまい
3000hitのお礼代わりのお話です。
うちで一番閲覧者様の多いこの作品を書き上げるのが一番嬉しいかな~っと。
前々からネタを暖めていただけに、ようやく日の目を見せてやれたという感じがします。
従者になる前と後の薄の態度の変わりようとか、コスモスの変わらなさとか。
薄の一人称ってすっごい困りましたけどね……コスモス一人称って滅茶苦茶書きやすかったんだなぁ。
彼女ら三人はさりげなくPAや100のお題:指令編に出張出場してたりします。
よろしければそちらもどーぞ♪