1. ホーム
  2. お話
  3. ナビガトリア
  4. 第七話 4
ナビガトリア

【第七話 暗躍するもの】 4.知識の眠る場所

 中に入ると通路の両脇には高く詰まれた本棚。そしていっぱいの本。
 ただ何故か本の背表紙には何も書かれていない。
「意外に……普通の図書館ですわね」
 ぽつんと呟いたのは偽りの言葉。
 全然フツーじゃない。
 入るときに妙な違和感はあったし、時折本が発光してみたり、絨毯敷きの廊下が石畳っぽくなってみたり……そんな風に見える。
 あたしの『目』のことを考えると、多分魔法でフツーの図書館っぽくみせかけているだけだろう。
 前を行く司書が振り向いて真剣な表情で言う。
「はぐれないで下さいね。道を間違えたら戻ってこれなくなりますからね。
 ああ。申し遅れました私司書のコクリコです」
 うわぉ。うちの森と一緒ですか? 迷い効果あり?
「戻ってこれなくなる……とは?」
「ここにある本はまやかしですから」
 さらりと紡がれるその言葉。
 分かっていた事だけどあえて口ははさまない。
 世の中、素直に自分の能力を披露していたら危険な事もたくさんあるし。
「図書館って言ってますけど、ここには本はないんですよ」
 黙ったままで先を促す。
 廊下に響くのは互いの足音のみ。
 他に利用者はいないんだろうか?
「……あまりうまく説明できないんですけど。
 外部からは絶対にアクセスできないデータベース……みたいなものです。
 この先に、唯一そこにつながってるパソコンがあるのだと思ってください」
「レンテンローズ支部長はこちらを『アカシック・レコード』と呼ばれてましたけれど」
「アレは何かの神話の大図書館の事でしょう?」
 苦笑とともに振り向いて、呆れたように肩をすくめる。そのさまが妙に決まってる。
 金髪碧眼の整った容貌。
 似合っているけど、眼鏡かけたエルフなんてあたしはじめて見たなぁ。
「ここに神の智恵はない。ヒトの知識があるのみですよ。
 私達は『メモリアエ・アニマールム』。数多の記憶の眠る場所と呼んでいます」
 誇らしげに胸を張るハーフエルフ。
 『魂の記憶(メモリアエ・アニマールム)』?
 どういう意味かと聞き返そうとした瞬間、鳥の鳴き声のような音が聞こえた。
「失礼」
 司書さんは胸ポケットから携帯電話を取り出して、早速話し始める。
 いや、おかしい事じゃないんだけど……携帯電話。
 図書館ならバイブにしとけよっ! って突っ込みいれるべき?
 それとも、電話は通じるんかい! のほうかなぁ?
「えっ」
 切羽詰ったようなその声に、あたしの馬鹿な思考は停止させられる。
「ですが今案内中……は。いやそれはそうなんですけど。……はい。……ええ」
 なんだなんだ? 何か問題でも起こったか?
 二言三言交わしたあと、彼は電話を切って申し訳なさそうにこちらを向いた。
「すみません。どうしても抜けられない急用が出来てしまって。
 しばらくここでお待ちいただけますか?」
 はい?
「こちらで、ですの?」
「すみませんっ でもお願いします!」
 うえええっ だってさだってさっ
 この『よく分からん空間』に一人でいれと?!
「そりゃあこんな空間に一人投げ出されるのは不安でしょうけど、ここも一応PA本部内で安全ではありますし! こんな空間だからこそ誰も入ってくることはないから正直安全なんですよ」
 思いっきり不安な顔してるあたしに申し訳なさそうに、でもキッパリと彼は言う。
 いやその、あたし狙われてるんですけど?
「ここなら大丈夫ですから……
 むしろ、ここのことを知っていて入る人なんていないほどには安全ですから」
 それは安全なのか? むしろ危険地帯に放置されるだけじゃあ?
「ともかく! 急ぎの仕事があるんでっ ここから動かないで下さいね!」
 そういって、反論する間もなくコクリコ君は足早に去っていった。ちくしょう。

「あたしって一応ここで匿われてるのよね」
『まあ、そうなるんだろうな』
「守るべき相手をこんな訳分からん場所に放り出していいの?」
『だからこそ安全だといっていたが』
「こんな扱いされてるVIPってどーなのよ?」
『さあな』
 愚痴をこぼしても、すっきりしないのはなんででしょ~ねぇ?
 薄相手だとさらに腹立つから、それに比べればましなのかもしれないけど。突っ立っているのも馬鹿らしいから、そばにあった踏み台を軽く払ってその上に腰掛ける。
「う~。妙なお使い言い渡されたなぁ……ここ本当に大丈夫よね?」
『確かに妙な空間だな』
「う~。やっぱり?」
 入ったときに感じた妙な感覚。
 どこかの結界内ってよりかは妙な空間に放り出されたって感じがするんだよね……
『精霊界に近い場所なんじゃないのか?』
「確かにそれなら滅多に入る人いないでしょうけどっ
 こんなとこに置き去りにしないでほしいもんだわっ」
 ここは図書館ここは図書館。廊下は真っ赤な絨毯敷きであって生き物内臓みたいにてろてろしてないし、これは本棚であってけっして動いたりはしないんだっ
「って無理だああああっ」
『何なんだいきなり!』
 急に叫んだあたしに狼狽するアポロニウス。
 いや、ごくふつーの反応なんだけど。ゴメンあたし今そんな余裕無い。
「う~っ ここは図書館なんだってばっ
 決して変な生き物に食べられた訳じゃあないんだってばっ」
 必死に自分に言い聞かせる。
 見えすぎるのって困る~っ 見えると妙にコワイしいいいっ
『千里眼は切り替えられないのか?』
「良く見ようって思えば見えるけど、見ないようにするのはムリ。
 少なくともあたしにはムリ」
 辛いから仕方なく目を閉じてさらに手で顔を覆う。
 前に偉そうに『辛いからって目を逸らす事は出来ない』とか言ったけど、こんなの見続けてたら精神衛生上すっごく悪い!
『人に対する対応は見事なくらいなのにな』
「あれは育った環境からしてねぇ」
 気をそらしてくれてるのが分かるから、あたしもそっちに話を合わせる。
「一応あたし公爵令嬢だけど、おばーちゃんが一般人だからね」
 しかもパラミシアじゃなくて桜月の人間だし。
「おまけに家はそんなに裕福な訳でもないし、社交好きでもないし。
 結局一番良く付き合うのがごく普通の人たちなのよ。
 そりゃまあちゃんとした場所に出ればそれなりにはするし、そう振舞うようにしつけられたけど」
 ため息一つ。そしておもむろに歌いだす。
「コクリコ君おそーいな。早く帰ってこーないっかな~」
『歌うな』
「別にいーじゃない」
 いやだからコワイのごまかしてるんだってばっ 用事済ませてさっさと帰りたいよおっ
 深いため息ついたあと、独り言のようにアポロニウスは言う。
『師匠はいないんだな』
「姫も忙しいんでしょ」
 仮にも賢者様な訳だし。
 まさか御自ら案内する訳にも行かないだろうし、されても困るし。
『それにしても世間は狭いな。
 お前の祖先の「スノーベル」はやっぱりあのスノーベルっぽいし』
「ご先祖様ってどんな人だった?」
『どんなっていわれてもな』
 あたしの問いにアポロニウスは答えにつまる。
 ちょっと抽象的に聞きすぎたかな。
「性格とか容姿とか」
『瞳は紫だった』
「そうなの?
 今でもうちの一族、血が濃いっていうか……本家に近い人間って紫の目してるけど」
 というか本家はみんな紫眼だし。なんかの魔法でもかかってるのかしら。
『お前の弟は?』
「シオン?」
 問い返して思い至る。そういえばシオンにも面識あるのよね。
 確かにシオンの瞳は深い青。群青色っていうのかな。
 にしてもあんなちょっとの間によく瞳の色まで覚えられてたな。
「あの子には……っていうかうちの一族、基本的に十六までは幻覚の魔法で瞳の色を青っぽく見えるようにしてるのよ」
 その魔法はほぼ生まれてすぐにかけられるからなぁ。
 本当のシオンの瞳はあたしのに比べて明るい色だけどもちろん紫。
『何故また?』
「さっきも言ったように『紫眼』イコール『スノーベル』って図式が一応成り立つから。
 自衛のためよ。効果がどれほどあるかはわからないけど」
 だって実際ほとんど役に立たなかったような気がするし?
 そんなことを思っていたら。
 コトンと音が聞こえた。とても小さな音。
 それが……妙に耳についた。

 思わず口を閉じて耳を澄ます。音はもうしない。
「何の音かしら?」
 問う声が少し震えているのは否定しない。
『本が倒れでもしたんじゃないのか?』
 ほんとーにそう思ってる? 思ってるって言うの?!
 うあああああ怖いよぉっ
『見に行かないのか?』
「行かないわよ」
 アポロニウスの問いかけには無論即答。
「こんなわけわかんない空間でうろつきまわる勇気ないし」
 われながら可愛げないけど、だってどうしようもないしっ
 あうう。こ……ここに薄がいなくてよかったって思うのは不謹慎かなぁ。
 こういうのってあたし弱いんだってっ あああああ帰りたい~っ
 コツン……コツン
 今度は規則的な……足音。
 少しほっとしてようやくあたしは目を開ける。
 ああ。よーやく戻ってきてくれた。
 長く閉じていたせいで視界がちょっとぼやけてるけど。
 ああもうさっさと済ませてこんなとこから帰ってやるっ
 瞬きを繰り返し、気合を入れてドアを睨みつける。
 遅いじゃないかと文句をいおうと思って……動きが止まる。
 透視の力を持つ……あたしの千里眼。
 それが捕らえたのは。
『コスモス?』
 慌てて立ち上がったあたしに、アポロニウスが問い掛ける。
 あたしは答えられない。そんな余裕なんかない。
 背中を冷たい汗が流れるけど、出来るのはただただドアを睨みつける事だけ。
 そのあたしの前で、ゆっくりを開かれるドア。
 姿をあらわしたのは眼鏡の司書ではなく、やせぎすの黒いローブの男。
 目深にかぶったフードの下から、爬虫類を思わせるような瞳。
「すっかり諦めてたかと思ってましたわ」
 プライドを総動員して何とか声を出す。
 不思議な事に声は震えず、むしろ余裕すら持って聞こえて自分でもびっくりする。
「まさか。ようやく見つけ出したというのに」
『なっ』
 内に暗い歓喜を秘めた、ねっとりと纏いつくかのようなその声。
 アポロニウスもようやく気づいたようだ。
 はじめて見る顔だけれど、ほぼ間違いなく追っ手だろう。
 何が入ってくる奴は少ないだああああっ こられたらどう対応しろって言うのよっ?!
 叫びたいのをこらえつつ目の前の男に相対する。
「しつこい殿方は嫌われましてよ」
 武器は……武器は何か持ってたっけ?
「彼を譲っていただければ、すぐにでも立ち去りますよ」
 杖は、属性魔法は使えない。
 少しでも時間を稼がなきゃ……そうすればきっとあの司書が戻ってくる。
 っていうか早く帰って来い!
「一体、何が目的ですの?」
「彼の肉体」
 ええと?
 思考が止まる事数秒。
 アブナイ趣味の人かっ?!
『どういうことだ?!』
 アポロニウスの声がかなり動揺してるのは気のせいじゃない。
「どうもこうも。そのものの意味ですよ。まったく面倒な。
 協力してくれるのなら命の保障はしよう」
『もとの姿に戻るのを諦めろ、と?』
「まあ、そうも取れるか」
 アポロニウスと会話してる?
 意識してみてみれば、瞳は魔封石……じゃない!
 額に何かの宝石が張り付いてるけど……人間だ!
 こんなところで本人が出てくるかっ?!
「長年てこずらせてくれましたね……あの方の器」
『うつわ?』
 でもこれは……チャンスでもある。
『何を甦らせるつもりだ? 何故私を選んだ?』
 アポロニウスのもっともな言葉に、凶悪犯『プエラリア・ロバータ』は大きなため息をついて答える。
 馬鹿にしたような、その口調。
「もともとあの方の器としての生でしょうに」
 作戦を練らなきゃ。時間稼ぎしてくれてる間に。
 右腕の魔封石。この中で一番魔力が残っているのは?
 これだけの手持ちで何とかなる?
「さてお嬢さん。命が惜しければその石を譲っていただきましょうか?」
「あらどうして?」
 この空間。どこをどう行けば出れるかなんて分からない。
 状況は、圧倒的にあたしには不利。
 それでも余裕を持って話す。
「痛い目に会われたいので?」
「渡せば命の保障をするなんて、あなたは一言もおっしゃってないわ」
 薄はいない。あたしが一人で何とかしなきゃいけない。
 焦ってはダメ。今まであたしは何とか切り抜けてきた。だから今度も大丈夫。
「考えてもいいですよ」
「信用に値すると?」
 いっそ華やかといっても良いほどの笑みを浮かべる。
 相手からはさぞかし傲慢に見えることだろう。
 案の定、プエラリアは口の端をゆがめた。
「最初から、そんな気はないのでしょう」
 軽く右手を振る。会話はこれで終わり。普通はそうとられる動作。
 でもあたしがそんなことするはずがない。
 振ると同時に魔封石から力を導く。
 風の術を思いっきりぶつけて瞬時に一面に濃霧を発生させ、踵を返して走り出す!
 魔封石から術を放つのには時間が要る。
 でもあたしは魔導法には相性良いのか、ほとんど瞬時に呼び出せる。
 それが本当に幸いした。
 ここはとにかく逃げるのみ! 倒すなんて事は考えちゃ駄目だしっ
「賢しい娘だ。奴の血を引くだけのことはある」
 次の部屋へと続くドアを閉める間際、霧の向こうから声が、確かに聞こえた。