【第六話 遥けき彼方の地へ】 6.旅立つために
あたしたちはラオネンさんに別れを告げて外に出た。
人が立ち入ることなどないエルフの里。
柔らかな木漏れ日。木々を渡る風。時折聞こえる鳥の声。
胸いっぱいに空気を吸い込み、大きく深呼吸。
気持ち良いなあ。森林浴できてよかった。
ここ最近ずっと都会に居たから、こういう環境はすごくうれしい。
だってあたし田舎育ちだし。
おじーちゃんにつれられて首都に行ったときもやったら疲れたしなぁ。
「姫まだかな~?」
『あの人も結構話し長くなったからな』
木にもたれてほけーっとしつつ、適当な話をぽつぽつしつつ、待つことしばし。
並んでるお家の一軒から白い髪の人が出てきた。
「姫ーっ こっちこっち」
大声で呼んで手を振れば、気がついてこっちにゆっくり歩んでくる。
ほかの人と型は同じだけど、その制服は鮮やかな青で、彼女の白い髪によく映える。白白言ってるけど、正確には白髪じゃなくて銀髪なんだけどね。
「もうお話はいいんですか?」
「うん。一応参考になることは全部聞いたし」
あたしの返答に、姫はほっとした顔で確認する。
「手がかりは得られたんですね?」
「『ブラン大陸のどこかの遺跡』ってゆーかなりおーざっぱなものだけどね」
「ブラン大陸……」
ぽつんと呟いてにこやかな提案が返る。
「何ならこのまま送りましょうか?」
「「それ無理駄目すぎ」」
『何故だ?』
あたしと薄の突っ込みにアポロニウスがきょとんとした声をあげる。
なぜってあんた……
「あのね二人とも。今はパスポートがないと国境をまたいだ旅って出来ないの」
「いえ昔も検問がまったくなかったわけでは」
姫が反論してくるけどとりあえず無視。
「出国時と入国時にそれぞれの国で審査受けるもんでしょ?
それにいきなり送り込まれても困るし」
確かに姫の力借りれば楽だろう。旅費なんかほっとんど要らないだろうし。
でも今の世の中じゃそうはいかない。
何よりこんなことで不法入国して、前科がつくのは嫌だよ。
そりゃ面倒は面倒だけど、手続きさえすればすむことだし。
「そういうものですか?」
「そーいうもんよ」
ため息一つ。
姫は人の意見は聞くけど基本的には納得するまで絶対に自説を曲げない。
説得するにはいつもそこそこ時間がかかる。……今回は大丈夫だろうけど。
「じゃあ一度PAに戻る、ということでよろしいです?」
「うん。それでお願い」
ほっとして返答すれば、まるで指揮をとるかのように腕が振られて。
描かれる魔法陣。視界がゆがんで。
数日後、あたしは協会支部の図書室でこしこしと墨を擦っていた。
何で墨なんぞこすっているかってーと、本来常備されてるはずのインクが切れちゃったから。
でも代わりに差し出されたのが固形の墨ってのはどーなんだろう?
こするのは結構楽しいけど均一の濃さにするとなると。
つらつら考え事をしてると、背後の扉が大きな音を立てて開かれた。
「こすもすちゃあああんっ」
派手な登場をしたのは肩で息しているレレンテンローズ支部長。
服はあっちこっちで引っ掛けたのかぐしゃぐしゃで、全力疾走したのかものすっごく呼吸が荒い。
例えるなら、おばけを目撃して逃げ帰った子供といった感じ。
にしても涙声で人の名前を呼ばないでもらいたいんだけどなぁ。
「何ですか支部長。気持ちの悪い声だして」
「何ですかじゃないよっ」
いやそーな声を出して振り向けば、支部長の顔が思ったより近くにあってちょっとのけぞる。
「何でこんなにぽんぽん写本作ってくれるかな?!」
顔を怒りで赤く染めて、書きかけの本を指差す。
ページ数の少ないものとはいえ、『一週間に一冊』って約束ぶち破って一週間で三冊仕上げたからなぁ。
なんか言ってくるだろうとは思ってたけど。
「うれしいけど困るんだってばっ」
そう繰り返す支部長に、あたしは内面悪魔、外見天使の微笑を返す。
「だって資金要るんですもん。
目的地が一応はっきりした以上、あんまりずるずる長々とここにはいれないし」
割のいいバイトはいまだ契約続行中。ならコレを利用しない手はない。
「だからってこんなに作られても困る~っ ありがたいけど困る~」
「じゃあ別の協会で売込みしてきましょうかね?
他でも魔道書欲しいところあるかもしれないし」
「それも駄目ーっ ここでしばらく書いてくれないと困る~っ」
頭抱えてわめき散らす支部長をのらりくらりとかわしつつも、あたしは手を休めない。
そうやって旅立ち準備のための数ヶ月は過ぎていくことになる。