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ナビガトリア

【第六話 遥けき彼方の地へ】 5.過去と今の狭間で

 再び目を開いた時。あたし達はまた森の中にいた。
「あれ?」
 きょろきょろと辺りを見回すけど、相変わらず森。
「ここは?」
「ここもフォスキアの森ですよ」
 思わず出た問いかけの言葉に答えたのは姫。
 こちらに向き直るその顔にはいつものにこやかな微笑み。
 ……とは分かってても、さっきのやりとりのあとじゃあちょっと疑いたくもなるけれど。
 なんて事が顔に出てたのか、苦笑して姫は続ける。
「さっきのところにいたのはエルフの中でも超がつくほどの頑固な保守派の集落です。
 それに比べればこちらはだいぶマシですから」
 保守派の集落ってことは、ここの森っていくつかの集落に別れて暮らしてるってこと?
「じゃ、じゃあ何でまたそんなところに?」
 保守派の人たちがあたし達人間に優しくないのは分かりきってる事なのにっ
「後で何やかやと口出しがうるさくなりそうでしたから釘を差しに」
「え……牽制しに行っただけ?」
「はい。少しはましになってるかと思いましたけど、相変わらず石頭ですね」
 あれからどれだけ経ったと思うんでしょう。
 とか呟く彼女を見て一気に疲れが肩にのしかかる。
 くすりと笑って姫は足を踏み出す。
 別の集落に向かうんだろう。
 でも……精神的に疲れたよ~。ちょっと休ませてよぉう。
 うめいて仕方なく歩き出すあたしに薄も従う。それでも文句が出るのは仕方ない。
「にしても……姫があんなに怖かったなんて」
『いや……あれはあれでマシかもしれない』
 うぇ?
「あれでマシ?」
 薄まで驚いてるし。あたしもだけどさ。
『昔は間違いなく実力行使に出てた』
「実力行使……」
 ど……どれだけの事をするんだろう?
「言葉で言い負かす方が相手に屈辱感を与えると思うんですが」
「そーね。そうなると先に手を出した方が負けって感じだし」
「誰かにそうアドバイスでもされたとか?」
「だとしたらメイワクな話よね」
『すまん。父だ』
 なんとなく降りる沈黙。
 空気を変えるようにため息一つ。疑問を先行く背中にぶつけた。
「なんで先に教えてくれなかったの?」
 石頭エルフに喧嘩売りに行く事とかさ。
「言葉はすべてではありませんよ」
 前を見たまま話す姫。
「目で見えるものがすべてではないように、すべてが言葉になることもありません」
 さり気無い口調の真摯な言葉。
 いっつもぽやぽやとした印象の強かった姫だけど、こういう言い方をすることは時々あった。
 心にコトンと落ちてきて、ふとしたときに耳に甦る。そんな言葉。
 ここだけ聞いてると、『銀の賢者』って異称も違和感ない。
「ああいう輩の存在は、実際に会ってみたほうが分かるでしょう?」
 世の中にはいろんな人がいますからね。と付け加えて心配そうにあたしを見る。
「それに……アポロニウスさんはもちろんコスモスさんも、人を信じやすい方ですし」
「あたしそんなにお人よしじゃないよ?」
「どこがですか」
 言い返せば間髪いれずに隣から否定される。
 睨みつけてもどこ吹く風といった感じだしっ
 ええそりゃ世間知らずかもしれないけど! 人を見る目はあるつもりなのにっ
「力を過信していると大変な目にあいますよ?」
 見透かすようなやんわりとした言葉。
 なんかとどめを差されたような感じがして、おとなしくあたしは足を進める事にした。

 辿り着いた場所はさっきと大して変わらない木造の建物が立ち並ぶ……
 でもあきらかに雰囲気の違う場所。
 あっちが来るものを拒むうっそうとした感じだったのに対して、こっちは木漏れ日が漏れてて明るい感じ。
 そういっても、さっきからこちらを伺う視線はちょっと痛いのだけど。
 視線を感じるけど、こちらが目を向けると誰もいない。
 懐かしい感覚に笑いが漏れる。
 地元じゃともかく、他に旅行に行った時はこんな感じだった。
 コスモスという一人の人間じゃなくて、団体旅行の中の一個人でもなくて。
 『魔道の祖』スノーベルの血と知。一族の影響力。そして『王位継承権保持者』。
 そういったものが関わってきて、『自分達とは違う』って目で見られることになる。
 見られることに慣れてるから、他人の視線に鈍感になってるのかもしれない。
 あの時気づかなかった事もあるし。
 姫の声が甦ってため息つけば、薄が視線を寄越したけど……
 それだけで何もいわなかった。
「コスモスさん?」
「ん? 何?」
 返事をすれば、にっこりと笑って姫が集落の一角を指差す。
「私はちょっとここの長老さんにお話がありますから先に向かっていてくれません?」
 長老さんにお話。……さっきみたいなことにならない……よね?
「うん」
「後で迎えに行きますね」
「ん。じゃあ、あとで」
 てこてこ歩いていく姫を見送って、あたしは周囲に問い掛けた。
「すいませーん。ラオネンさんのお宅ってどこですか~?」
 ざわりと空気がうごめく感じ。まさかこういう方法に出るとは思ってなかったらしい。
 待つことしばし、近くの木の陰から一人のエルフが出てきた。
 金髪緑眼、外見年齢はあたしより多少下くらいの中々の美少年。
「何の用だ?」
「彼女にお聞きしたい事があって」
 言いつつも懐から一通の封書を取り出す。
「これ一応レンテンローズ支部長の紹介状ですけど」
 孫からの紹介状持ってれば、少なくとも門前払いは食わないから。
 そういって書いてもらっていたものだけど、はてさて。
「レンの?」
 いぶかしげにつぶやく彼に手紙を預けると、封を切って中を一瞥する。
 あれ?
 なんか……厳しい印象が先にくるけど、なんとなくあの人懐こい支部長と似てないこともない。
「もしかして支部長のご家族の方ですか?」
「兄だ」
 あ、そーなんだ?
 手紙をもう一回ゆっくり読み直してから、彼は改めてあたしたちに向き直る。
「スノーベルの人間か。悪かったな。ここはあまり人に優しくない」
「いえあの、突然伺ってしまった私も悪い訳ですし」
 とはいえアポをどうやってとるかって問題もあったけど。
 あたしの返答に一つ頷いて彼は踵を返す。
「こっちだ」
 ちらと薄がこちらを伺ってくる。なんとなく息を一つついて一歩を進める。
 さて、どうなりますかね。

 濃厚に漂う木の香り。家具はほとんどなくって木製のテーブルにいす、タンスの類がささやかにおいてある。そのヒトはイスにゆったり腰掛けてあたしたちを出迎えた。
「あらあら初めまして。人間さんが訪ねてくるなんていつ以来かしらねぇ」
 あせた金髪は一つにまとめて、柔らかな緑の瞳があたしを見つめる。
 長い耳がひょこひょこ動いてるのは……失礼だけど見てて面白い。
「なんてお名前?」
 問いかけに裾を引き礼をする。
「初めまして。コスモス・トルンクス・スノーベルと申します」
「スノーベル?」
 きょとんと問い返して老女――ラオネンさんはぽんと手を打つ。
「まあスノーベルなの? でもスノーベルって金髪だったかしら?」
「彼女はスノーベルの遠ーい子孫ですよ。ばーさま」
「あら目は紫なのね。じゃあやっぱりスノーベル?」
「だから子孫です、ばーさま」
 ええと?
 会話から察するに、あたしご先祖様と間違われてますか?
「えー……私はコスモスと言います」
「コスモスちゃん? ふぅん」
 なんだか考え込むような表情をした後、嬉々としてあたしの両手を掴んでぶんぶか振り回す。
「元気だった? お子さんはいくつになられたかしら?」
 おいおいっ?!
 混乱するあたしに評議長のお兄さんがこそっと教えてくれる。
「悪いね。ばーさま最近……ちょっとひどくってさ」
 つまりは……早い話ボケが始まっていると?
「……今になって不安になってきたけど」
『覚えているのか……?』
 げんなりとしたあたしの言葉にアポロニウスも同意する
「でも昔のことははっきりと思い出せるって聞きますし、話す前から諦めてちゃあ駄目ですよ公女」
「ならあんたが話しなさいよ」
「私は公女の護衛ですから。しゃしゃり出るわけには参りません」
 こいつは……っ
 でも、そのためにわざわざここまで来たんだし。
 気持ちを切り替えて口を開く。
「実は今回お伺いしたのは……」

 話が長くなっちゃったのは仕方ない、と思う。
 でも彼女はうんうんと頷きながら熱心に聞き入ってくれて、そうして出た第一声が。
「そうそうアポロニウスくんっ すっごくかっくいかったの~♪」
 うわぁノリかるぅい。おばーさんがほほを軽く染めつつ、きゃぴきゃぴした口調で話し出すとは思わなかったよ。
 でもそれが妙に似合ってるから不思議。こういう『かわいいおばあちゃん』になれるような年のとりかたしたいかも……って現実逃避してどうする自分っ!
「背がすらぁっと高くって~。細身だけど力強くって~。
 ご飯おごってくれたりとかぁ、モンスターからかばってくれたりとかしたのぉ♪」
 思い出すうちに心まで当時に戻ったのか、アイドルの追っかけのようなテンションでアポロニウスの事を語ってくださる。
『「人のテーブルにいきなり居着いて料理食い散らかした挙句に逃げていった」と、「魔物引き連れて人を追いかけてきた」が正しい』
 うわぁ訂正が入ったよ。
 恋は盲目って言うけどそこまで自分に良いように記憶を修正できるのはすごいなぁ。
 ってかアポロニウス。あんた結構根に持つタイプ?
「紅葉みたいに真っ赤な髪に翡翠みたいに澄んだ涼しげな瞳。芸術品よね~」
 うっとりとして話し続けるラオネンさん。う~ん。やはり軌道修正しないとなぁ。
「容姿はともかく……どこに本体がいるか分かりません?」
「? どうだったかしらね~」
 おいおい。
 あんたが封印したんでしょ。本人が忘れてたらどうしろって言うのよ?!
「結界張ってから外に出してくれなくって~。世の中の事ぜーんぜんわかんないの」
 心持しゅんとして言われては怒れるはずもない。
 そっか、結界張って引きこもってからは、そりゃほいほいと外には出れないよね。
「えっと……じゃあどの辺りかわかります?」
「そうねぇブランなのは間違いないけど」
「ブラン? ブラン大陸のことですか?」
『西大陸のことだ』
 アポロニウスが口出すけど無視。
 あーくそ! 暇なときにアポロニウスに勉強させとくべきだった!
 荷物の中から一冊の地図帳を取り出す。
 ちなみに学校で使ってた教材。我ながら物持ちいいなぁ。
「ちなみにこれ現在の地図ですけど、どの辺りかわかります?」
 世界地図のページを開いて手渡せば、しばし地図とにらめっこして。
「ごめんねよく分からないの~。で、ごはんまだ?」
「さっき食べましたよ、ばーさま」
 駄目か……
「一大陸をくまなく探すのか……」
 骨折れるぞこれは。
 ぽつんとつぶやけば、ラオネンさんが申し訳なさそうに言う。
「古い遺跡の奥深くで作業したからぁ、どんな地形かすっかり忘れちゃったぁ」
「アポロニウスは石像になってるっていうのは間違いないんです?」
「間違いないよ~。家に運ぼうと思ったんだけど動かなくって、悔しいから動かせないように魔法かけといたの~♪」
 うわひど! でもこの場合ありがたいともいえるのか?
 これ以上長居するのもなんだし、断りを入れたあたしたちにラオネンさんの明るい声がかかる。
「また遊びにきてね~。あらなんてお名前だったかしら?」
「コスモスです。コスモス・トルンクス・スノーベル」
「そうそうコスモスちゃん。まったねぇ」
 童女のようなその微笑。家の扉が閉められて、エルフの姿は見えなくなった。
「う~ん。エルフもボケるのねぇ」
 なんとなくしみじみと呟いてしまう。
 彼女は確かにアポロニウスのことを覚えていた。
 でも、傍らにいる孫のことを覚えているのだろうか?
 彼の『ばーさま』という呼びかけに、本当にわかって答えているのだろうか?
 『今』じゃなくて、『過去』に生きているヒト。
 本来の時間とは違う場所で生きてるヒト。
「いいんですか出ちゃって?」
 薄の問いかけで思考が中断される。
「外で待ってればいいでしょ。そのほうが姫も見つけやすいでしょうし」
 軽く返してふと思う。
 アポロニウスも『そう』なんだ。