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ラブコメで20題

06.反則も悪くないなと思いました

 雲ひとつない見事な晴天。
 入梅前という微妙な時期だけど、天気には恵まれてよかった。
 ほぼ一番乗りにバス乗り場へとやってきた由希乃は大きく伸びをする。
 ここ最近勉強漬けだったのだ、キャンプの間くらいはおもいきり羽を伸ばそう。
 集合時間まではまだあるというのに、隣の明日香は荷物をおろしもしない。
 楽しみで仕方ないといった様子の妹に、そういえばこの子が参加するのは初めてだったと思い出す。
 タイミング悪く風邪を引いてしまったり、別の用事が入ったりとで、いつも不貞腐れた顔で見送られていた。
 さて誰が来るかなと待っていれば、後ろ側――由希乃たちも降りて来たマンションのエントランス側から、高らかな靴音が響いてきた。
 いつもこの時期だけの珍しいパンツルックにキャップを被って勢い良くこちらに駆けてくる。
「千歳さんっ」
「ゆっきー久しぶり!」
 挨拶もそこそこに力をこめて抱きしめられる。
 今回のキャンプ参加メンバー中、唯一の高校生はテンションが振り切れてるくらいはしゃいでいた。
「本当会わなくなったもんねー。元気?」
「はい」
「明日香ちゃんも大きくなって! やーん相変わらず可愛いほっぺぷにぷに」
「お姉ちゃんっ おねーちゃんっ!!」
 両手で顔をもにもにともまれた後、ぎゅうぎゅう抱き締められて騒ぐ妹。
 明日香は千歳の肩くらいまでしか背がないから抱きしめやすさもあるのだろう。
 ごめんね明日香。
 心でそっと呟いて、由希乃は妹を人身御供に差し出した。
 そうして視線をめぐらせば、ぱらぱらと人が集まってくる。
 広さ的にはそうないけれど、マンションが多いために住人は多く、子供だってそれなりにいるはずなのに、確かに小学生組は十人にも満たないほど少ない。
「早くはやく! ちからおにーちゃん!」
 聞こえた声にどきっとする。
 おそるおそる振り返れば、小学生の女の子に捕まってなにやら話している力の姿。
「信乃! 走っちゃだめって言ったろ!」
「武蔵! 志乃! 勝手に動くな!」
 そこへ駆け寄ってくる男の子二人。多分兄弟なのだろう。
 あーあーお兄ちゃん大変そうと由希乃は他人事に思い、最後に走ってきた男の子の姿に目を留める。
 どこかで見たことがあるような?
「きゃあ力くんじゃない! 久しぶりー! 背伸びたわね!」
 騒がしさに気づいたのか、千歳の歓声に力が苦笑気味に笑う。
「北姉も久しぶり」
 束縛から解放された明日香が姉に文句を言おうとして、びっくりしたように目を瞬いた。
「え、君嶋君?」
「あ……篠宮さん」
「なになにこの子、明日香ちゃんの知り合い?」
 目を輝かせる千歳。由希乃は明日香の友達だっけと首をかしげる。
「同じ学校の剣道部の人。力おにーちゃんの後輩」
「あ、いとこたちです」
「力君のいとこ?!」
 すっとんきょうな千歳の声。明日香もびっくりした顔で見ていたが、由希乃は納得した。
 どうりで見覚えがあったわけだ。試合で応援に来てくれたことがあったはず。
 でも――
「マンションの子じゃないよね?」
 由希乃の問いかけに力はすんなり頷いた。
「小学生が少ないって言うし、同じ町内なんで声かけてみました」
「えらいわ力君! それで、お名前なんていうのかなー?」
 知らない人の問いかけに後ろに下がりそうになる少女。
 その頭をぽんと撫でてやりながら、長男からとばかりに口を開く。
「君嶋大和です」
「武蔵!」
「信乃ですっ」
 元気に挙手して答える弟と、言うだけ言って兄の背に隠れてしまう妹。
 可愛らしい様子に千歳は微笑み、不思議そうな顔をする。
「……戦艦?」
「さすが北姉。あんまり気づかれないのに」
「だって大和に武蔵に……まあ実際は信濃だけど、気づくでしょ?」
 力と千歳が話し始めたのを見て、由希乃はそっと動いた。
「こんにちは大和君。何回か試合見に来てくれたよね?
 わたしは篠宮由希乃。そっちの明日香の姉だけど……覚えてる?」
「その……ごめんなさい。あんまり」
「仕方ないよね、わたしが試合で投げてたのは五年のときだから……明日香と同い年ならあのとき三年生だもんね」
 そうして、にぎやかでどこか緊張したものを含んだ雑談は、バスが来るまで続いた。

 バスの中でもそれなりに騒ぎ、降りてからもまたそれは続いた。
 引率の大人たちが、年が上がるほどにはしゃいでるわねーと苦笑するくらいには。
「お姉ちゃんのばかっ どうして助けてくれないの?!」
 バスの中でも千歳に独占されていた妹の訴えに、由希乃は言い聞かせるように話しかける。
「だって千歳さん前から明日香のことお気に入りだし、言ったからって離してもらえると思う?」
「思わないけどっ」
 それでも文句を言いたいというのだろう。分からないではないが、キャンプでは無駄な時間を省きたい。
 まだまだ口を開きそうな明日香に対し、由希乃はポリタンクを手渡した。
「じゃあハイこれあげる?」
「ポリタンク?」
 何をするのか分かっていない様子の明日香に由希乃は内心でだけ悪態をつく。
 ここで姉妹喧嘩を始めても仕方ない。小さな子達はたくさんいるのだし。
「水場で水汲みよろしく。中学生だもんねー積極的に動けるわよねー?」
「……お姉ちゃんの薄情者」
「はいはい。みのりちゃん憲太くん、ここの二人水場に連れて行ってー」
 去年も参加していた小学二年生の二人に話しかければ、早く早くというように明日香の手を取って引っ張っていく。
 小さい子はお仕事を任せると率先してやってくれるから嬉しい。
 中途半端に大きいと、文句ばっかりで動かないのだから。
「さて、水汲みは中一に任せるとして、わたしたちはどうするんですか?」
「メニューはいつものカレーだから、ゆっきーはカレー組の火の番、力君は飯盒組ね」
「はーい」
 もう何度も来たキャンプ場だ。馴染みも慣れもありすぎる。
 数年ぶりに来たから変わったところがあるかと思いきや、そうでもない。
 さて早速仕事を始めるかと由希乃はじゃがいもの袋に手をかけようとして。
「持ちますよ」
 横から出た手が、ひょいと袋を持ち上げていってしまった。
「男の子だねー」
 隣で笑う千歳の声が遠く聞こえる。
 ああもう!
 何に怒っているのか分からないまま、由希乃はにんじんの袋を持ち上げて二人の後を追った。

 どうやら、あの告白はあまり真剣には取ってもらえなかったらしい。
 あんまりの反応のなさに、力は少ししょげていた。
 由希乃に学校で会うことはあまりない。登下校だって時間が合わない。
 デート発言後、始めて由希乃に会ったのはついさっき、待ち合わせ場所でのこと。
 あの時は信乃が騒いでいたし、千歳とも話していたせいもあって、由希乃とはまったく話せなかった。
 調理の段階でも分けられてしまってまったく話ができていない。
 ため息をつきそうになるのをこらえていると、従妹が呼ぶ声がした。
「ちからおにーちゃーん!」
「ん?」
「おねーちゃんたちが呼んでるー」
「はいはい」
 呼ばれたほうに行ってみれば、大なべで煮込まれているカレー鍋。その前でお玉と味見用の皿を手に持っている由希乃と周りに集まっている小学生達。
「力、味見」
 差し出された皿を受け取って口に含む。
 ピリッとした辛味はきつくなく、小学生用に甘口に仕上げられたカレー。
「ん、美味しいです」
「そう? じゃあ信乃ちゃんも味見ー」
 わぁいと言いながら受け取る従妹にやさしく問いかける由希乃。
「辛くない?」
「うん、おいしい!」
 元気に答える信乃を見て、ふと思いついたことを口にする。
「先輩、順番違いません?」
「え? だって力、辛いのダメでしょ? だから力に合わせれば大丈夫かなって」
「毎年キャンプでまだ辛いって言ってるの力君だったもんねー」
 覚えていたんだと嬉しい反面、いつまでも子供舌だと思われるのははずかしい。
 じゃあ火を消したら運ぼうかなんて言ってる由希乃たちから視線をそらすと、肩を叩かれて意地の悪い声で言われた。
「顔が赤いよ少年?」
「ほっといてよ北姉」
 とりあえず、この顔だけは見られたくない。

力君と由希乃ちゃん。 12.11.7

「ラブコメで20題」お題提供元: [確かに恋だった]