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ラブコメで20題

05.あと3時間で恋に落ちる予定です

 Q.先輩とはどういう関係?
 A.幼馴染。おんなじマンションだから遊んでもらったよ。
 聞き出せたのはそれだけ。
 なぜかというと、それ以上突っ込むとこちらのほうが突っ込まれそうだったから。

 いつものように素振りをしながら、時々こっそり先輩の様子を伺う。
 傘はさっきちゃんと返した。
 お礼を言ったときの笑顔がまた格好良くて内心でキャーキャー騒いでいた咲那を、先輩方が生暖かい目で見ていたことを彼女は知らない。
 人数的に少ないから、男女合同で部活を行っているとはいえ、基本は男女別の稽古だし接点は少ない。
 顧問の先生がまだ来ていないということで、まだみんなだらだらして――いや、二人の互角稽古を見学していた。
 礼をして面を取った片方は肩で息をして、もう一人は手ぬぐいで軽く汗を拭く。
「だいぶ一太刀が力強くなってきたけど、体力面が課題、か」
「すこしくらい手加減してくれても……」
「手加減すれば怒るくせに」
 ぶつぶつ言い合う二人を見て、咲那の隣にいた先輩達が呟いた。
「相変わらず強いわねぇ山戸君」
「君嶋君もね。まだ一年なのに。三年の立場ないわよー小西部長」
「うるせー」
「そういえば先生遅いねー」
「確かに」
 そんなことを話しつつ、咲那も入り口に視線をやる。
 確かにそろそろ先生が来てもおかしくない頃だけど……
 けれど、体育館の入り口から顔をのぞかせているのは先生じゃなくて。
「あれ、篠宮さん?」
 対して大きくもないその声に、剣道部の数人の視線が一気に集まる。
 トレードマークのような長いポニーテールに白い道衣に黒い胸当てと袴の弓道着姿。
 明らかに誰かを探してる様子ではある。
 急に注目された明日香は少々緊張した様子で口を開いた。
「力おにー、じゃなかった……山戸先輩!」
 呼ばれた山戸先輩はごく普通の足取りで彼女のほうへとやってくる。
 先生がいないということは、たしなめる人間もいないわけで、自然とみんなが聞き耳を立てているのはある意味当然といえよう。
 咲那だって、何を話すのかすごく気になる。
「どうかした?」
「えと、今年の子ども会のキャンプ、参加しますかー? って、お姉ちゃんが」
 ――お姉ちゃん?
「え、先輩参加するの? 受験生なのに?」
「受験生だから、二日だけ息抜きするって言ってましたよ」
「明日香ちゃんは?」
「もちろん参加です」
「じゃあ、僕も参加で」
「はーい」
「ところで明日香ちゃん?」
「なんでしょう?」
「今じゃなきゃ駄目だった理由は?」
「予想より小学生組の参加者が少なくって中止になりかねなかったので、人数集めに走ってるそうです。高校生組にも話が行くとか」
「高校……北姉とか?」
「みたいです。ここの取りまとめ役をお姉ちゃんが押し付けられて、今日の五時締め切りだから大至急聞いて来いって」
「お使いご苦労様。まだ回るんでしょう? 頑張って」
「はーい、いってきます」
 最後に彼女はこちらへ向かってぺこりと礼をした。
「それと、入山先輩いらっしゃいますか?」
「ん? なあに?」
 突然呼びかけられた入山が立ち上がると、申し訳なさそうに明日香が続けた。
「荻野先輩から伝言なんですけど、『うちの知らないか』と」
「あんの馬鹿、またどっか行ったの?」
 言った側はあんまり分かっていない様子なのに、言われた側は分かったらしい。
「えーと、明日香ちゃん?」
「はい」
「しばらく待っててくれる? 連れて来るから」
「はい?」
「小西! あたしちょっと抜けるから」
「了解。さっさと日沼捕まえてこい」
 入山先輩の言葉に、小西部長は早く行けといわんばかりに手を振る。
 待っててと言われた明日香は所在なさげにしていたが、力に見学していけばと言われて、おそるおそる体育館に足を踏み入れた。
 ゴールデンウィークを過ぎたばかりで、ようやく胴着姿が馴染んできた咲那と違い、彼女の袴姿は板についてる。
 ぶしつけな視線に気づいたのか、ぱっと笑みを浮かべて明日香は咲那の隣に正座をした。
「先輩のお使い?」
「うん、お姉ちゃんに呼び止められたところに荻野先輩にも捕まって、剣道部に行くならって」
「日沼先輩って?」
「うちの部長……」
 どうやら、部長がいないが故に一年生に捜索を任せたらしい。
 他人事ながら、うちの部長が真面目な人でよかったと咲那は思う。
 複数の部活で使っている体育館が珍しいのか、明日香はきょろきょろと視線を泳がている。
「あー、なるほど」
「黒岩先輩?」
 唐突な発言。黒岩は咲那を眺めて……いや、隣の明日香を見ていた。
「え、なんですか」
「何がなるほどなの? 夏海」
「あ、いや。言うと山戸に怒られるし」
 山戸先輩に?
 何のことかと問うよりも早く、もう一人の先輩が相槌を打つ。
「ああなるほど」
「三谷先輩まで?! なんですか何なんですか?!」
「いやねぇ」
「そうねぇ。潮崎にはねぇ」
 私にはってどういうことですかと問いたくとも問えない咲那はふいと視線をそらした。
 からかわれていることだけはよく分かる。
「綺麗……」
 ぽつりと呟かれた声。
 声の主――明日香は見ほれた様子で何かを見ていた。
 視線を辿れば素振りしている男子が一人。
「ああ。君嶋君か。確かに太刀筋綺麗よね」
「明日香ちゃんも振ってみる?」
「え?」
「えっ?!」
 突然横から聞こえた声に、咲那までびっくりする。
 ニコニコと楽しそうに竹刀を持っているのは力。
 ほぼ無理やりに手渡された形の彼女は、しぶしぶといった形で立ち上がった。
「おもいっきり振って良いからね」
 明日香はむっとした顔で力を見て、仕方なさそうに竹刀を正眼に構える。
 確かに彼女にしてみればいい迷惑だろう。不機嫌になるもの仕方ない。
「あれ?」
 呟いたのは誰だったろう。
 けれど、その先を告げる前に、竹刀が振り下ろされる。空気を裂くという表現がぴったりなほどの鋭さで。
 三回ほど素振りを終えて、明日香は竹刀をおろし、ぎょっとする。
 剣道部員の視線独占。
「え……と?」
「日沼、あの子頂戴」
「ふざけんな」
 戸惑うような明日香の声に続いたのは、ちょうど見てしまったらしい入山と弓道部部長の日沼。
「うちの数少ない一年生をやれません!」
「こっちだって女子が足りないのよ団体戦出たいのよ!」
「部長帰りましょう! 荻野先輩怒ってます!」
「やだ! 怒った荻は怖い!」
「匿ってあげるからその子ちょうだい!」
「うちの子にちょっかいかけないでちょうだい!」
「いきなりオネェになるなっ」
 思わぬ言い争いに発展した二人を、剣道部員は遠巻きに見守る。
 おろおろしている明日香がかわいそうだったため、咲那は彼女の袖を引っ張って気を引き、こっそり退避させた。
 他の部活――体育館を合同で使っているバスケ部やバレー部――の連中も手を止めてこちらを見ていることだし、それにいい加減そろそろと思っていれば、体育館の入口に見慣れた姿が。
「お前ら、何を騒いでる?」
「あ」
「先生」

 剣道部の副部長と弓道部の部長がそろって叱られる中、明日香の視線がちらちら動くことを咲那は観察していた。そして、視線の先も。
 ちらと視線をやっては慌ててそらす。心なしか物憂げな様子。
 あれ、これってもしかして?
 見ていたであろう方角にいる人物と、彼女自身の発言を踏まえ、咲那は見えないところで笑う。
 今日も明日香と一緒に帰ろう。そして――背中を押しちゃえ、と。

大和君と明日香ちゃんと咲那ちゃん。 12.10.31

「ラブコメで20題」お題提供元: [確かに恋だった]