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どこかとおくで…

ひかりのつるぎ

 むかしむかし、あるところに一人の刀鍛冶がおった。彼はたいそう腕の良い鍛冶屋で、腕に覚えのあるものはみな、彼の刀を欲しがったそうな。
「私の刀を作ってくれないか?」
 そんなふうに言ってくる者は数知れず、鍛冶屋はそんな者たちを追い払うのにたいそう苦労しておったそうじゃ。

 今日もまた、そんな輩を追い払い、鍛冶屋が一息ついたところに、それは来た。
「なぁ、私の剣を作ってくれないか?」
 声をしたほうを見て鍛冶屋はたいそう驚いた。
 相手は今まで鍛冶屋を訪ねてきた者達とは違っておった。
 にこにこと悪びれず笑っておったのは、年若い娘じゃった。
「娘さんがなんで刀を欲しがる?」
「刀じゃなくて、剣だ。
 是非、私に相応しいものを作って欲しい」
「わしゃあ刀鍛冶だ。剣は作れん」
「分かってる。でも作って欲しい」
 断る鍛冶屋だが、娘は決して諦めなかった。
 あくる日から、雨の日も風の日も毎日やってきては「剣を作ってくれ」と言う。
 とうとう根負けした鍛冶屋は聞いてみた。
「なんでわしに作らせたいんじゃ?」
「くに一番の刀鍛冶だと聞いたからな」
 にこにこと笑って、娘は鍛冶場に置かれた刀を目で示す。
「噂どおりの腕だ。だから作ってもらおうと思った。私の剣を。
 だが……」
 最初に会ってから一年が過ぎようとしていたこの日、初めて娘は言った。
「まったく、絶対に剣を作れないというのなら諦める」
 そう言われて、鍛冶屋は迷った。
 自分で言っていても、作れないといわれるのは嫌じゃった。
 そして何より、娘がなぜ剣にこだわるのかも知りたかった鍛冶屋は、とうとう娘の剣を作ると約束した。
 娘はたいそう喜び、何度も何度もお礼を言った。
「そうだ。剣を作ってもらうのだから、私の剣を見てもらおう」
 そう言って娘は鍛冶屋の刀を手にして、ゆるりゆるりと舞い始めた。
 扇ではなく刀を手に、くるくると回り、鳥のように舞う。
 まるで天女のようじゃと鍛冶屋は娘に見入っておった。
「これが私の剣だ、鍛冶屋」
「ああ。ああ。
 おまえに相応しい剣を作るぞ」
 そうして、鍛冶屋の家はとんてんかんてんとにぎやかになったそうな。

 腕の良い鍛冶屋も、初めて作る剣にはたいそう苦労したそうな。
 来る日も来る日も剣を作って娘に見せ、また作って。
 そんな日が続いたある日、とうとう剣が出来上がった。
「やったのう」
「いや、まだだ」
 喜び鍛冶屋に、娘は言った。
「私の剣は、これから持ってくる金で作って欲しい」
「剣を作るのに、鉄でも銅でもないのか?」
「ああ。特別だからな」
 鍛冶屋は納得いかなかったが、そもそも娘のための剣を作っているのだから、仕方ないと言って笑った。
「なら、この剣と同じものをそれで作れば良いんじゃな」
「ああ頼む」
「そうじゃ、銘はどうする?」
「銘は決めてある」
 にっこりと娘は笑った。
氷火理(ひかり)。そう刻んでくれ」
「ああ、わかった」
 そう言って娘は帰っていった。

 次の日。娘の言葉どおりに鍛冶屋のところに金が届いた。
「はー。こりゃあ一本の量にしては多いのぅ」
 大きな金をえっちらおっちら運んで、とんてんかんてん、鍛冶屋は剣を作り始めた。
 しかし、娘は現れなかった。
 これまでは、鍛冶屋が仕事を始めると、どこからともなくやってきてずっと見ていたというのに。
 風邪でもひいたのかのう。
 見舞いにでもいこうかと思ったが、鍛冶屋は娘の家を知らなかった。
 仕方なく鍛冶屋は剣を作った。
 とんてんかんてん。
 一本目の剣が出来た。
 娘はまだやってこない。
 とんてんかんてん。
 二本目の剣が出来た。
 それでも娘はこない。

 とうとう十本の剣が出来たけれど、娘はこない。
 最後に余った金で、守り刀を作った。
 それでも娘はやってこない。
「どうしたんかのう」
 困った鍛冶屋のところに、ある日一人の若者がやってきた。
「夜分にすみません。人を探しているのですが」
「はあ、人を」
「私と同じくらいの年で、こんな娘を見ませんでしたか?」
 若者が差し出した人相書きを見て、鍛冶屋は仰天した。
「ああ、あの娘じゃ」
「知っておられるのですか?」
「知っておるとも。わしはこの娘の剣を作っておったんじゃ」
「剣を?」
「ああ。これがそうじゃ」
 不思議そうな若者に、鍛冶屋は最も出来の良い剣を差し出した。
 すると、若者はそれを見るなり泣き出してしまった。
「ああ。ああ。なんて馬鹿な事をしたんだ」
 若者は鍛冶屋の手から剣を受け取り、抱きしめておいおい泣く。
「この剣は彼女です。彼女は剣になったんです」
「なんと」
 『私』の剣を作ってくれないか?
 娘の言葉を思い出し、鍛冶屋もおいおい泣いた。

 後に、その若者は娘の剣で国を作り、その国は末永く幸せな日々が続いたそうな。

 おしまい

日本昔話風を目指して玉砕。初お目見えは日記でした。内容は変えてません。
後の世に言い伝えられている『日輪の剣』の作られたときの話。
人の『氷火理』が、剣の『日影』へ変わった話。