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終の朝 夕べの兆し

Vol.2「progressus」 3.魔法と科学と

 ガタンゴトンと独特の振動と共に、汽車は線路を行く。
 ルビーサファイアは軽く目を閉じて座席に身をゆだねており、ディアマンティーナは楽しそうに窓の外へ視線をやっている。
 汽車が走るに任せるというのはこれはこれで心地よい。
 自らの足を動かすことなく、馬車よりも早く移動できる。
 パラミシア首都の辻馬車にも驚かされたが、こちらもなかなか。
 移り変わる景色を眺めつつ、フェンネルは軽く息をついた。
 楽といえば確かに楽だ。これほどの距離をこのスピードで進めるのだから。
 しかし、乗り心地はいいとは言えない。この振動がずっと続くのは疲れそうだ。
 とはいえ、汽車はコンパートメントタイプのため、乗合馬車に比べれば気楽にもなれる。
 乗合馬車はあれでかなり気を使う。特に、こういった見目だけはいい相手が連れなら。
 学生時代もたびたびいつものメンバーで出かけることがあったが、本当に目立ってしかたなかったのだ。
 こういう手合いと移動するにはこれは便利だろう。
 ――そう、最初に思ったように、便利は便利なのだ。
 今はまだ金のある連中しか乗れないだろうが、時間が経てば普通の人間も乗れるようになるだろう。馬車だって最初はそうだったのだから。
 それはつまり――科学が広まるということにも繋がるのだけど。

 そもそも、協会と塔が分かれた原因がこれだ。
 科学文明を受け入れるか否か。
 すでにかなりの既得権益を得ていた重鎮たちはかなり渋ったというが、科学に多大な興味を持ち、認めてくれないなら別れて新しい組織を作ると言い切ったのは、始祖たるスノーベル。
 一番の重鎮が一番科学へ理解があったということに協会関係者は上を下への大混乱を招いた。
 ――偉大な魔法と科学を同列に語るなど、いくらスノーベルといえど。
 ――だが、スノーベルなくして魔法の発展がありうるのか?
 協会は受け入れることを選び、塔はそれに反発した者たちによって創設された。
 口ではどうとも言えようが科学の進歩は目覚ましい。
 これから先、閉じることを選んだ塔と開くことを選ばざるを得なかった協会がどう進んでいくか。

 科学は、これからも進歩するだろう。
 汽車を見るまでもなくそう思う者は多い。
 確かに――魔法はとても便利だ。だが、魔法を使える人数が少ない。
 おまけに習得するのに時間がかかる。
 だからこそ過去、魔導士だというそれだけで国に雇われることができたくらいだ。
 魔法を扱うには色々と仕組みを理解しなければならないことがある。だが、それ以上に本人の資質がものを言う。
 仕組みを理解しなくとも、ある程度扱える。それが機械の強みだ。
 遠くない将来に魔法を脅かす存在。
 そうとって拒否するものが少なくないことはフェンネルも理解できる。
 だが、ただやみくもに拒否すればいいものではないとも思う。
 知ること、学ぶことを怠ればたやすく置いて行かれる。少なくとも学問の部類では。
 気に入らないなら、だからこそ学び、強みを知る必要がある。
 敵を知るということはとても大切なこと。基本的に戦うものであるフェンネルはそう考える。
 とはいえ、魔法協会の未来など……一介の魔導士たる自分には関係ないのだろう。

 王都から国境に程近い街ロシュトネールまで鉄道は続いている。結構な距離ゆえに便利で……この国の力を示している。さすがシュヴァルブルー。文句のつけようのない大国といえるだろう。
 学院のあるパラミシアも大国だが、学院は首都から遠く離れており……正直言えば寂れている。国境付近は栄えるか物々しいかの二択が多いが、ここは前者らしい。
 この町まで来れば、目的のトローまで後半日といったところか。
 ――時間がかかった前科を考えれば、もう少し余裕を持ったほうがいい気もするが。
 汽車から降りて地面をしっかり踏みしめながら、固まった体をほぐすようにディアマンティーナは大きく伸びをした。
「さすがに早いわ。これならいろんなところへ行くのが便利になるわね。
 乗り心地はまだまだだから、早く良くなるといいけど」
 ねぇと同意を求めるようにルビーサファイアへと話題を振れば、表情の乏しい彼女は珍しく渋面をしていた。
「便利だが、あまり好みたくはない」
「あらどうして?」
 心底不思議そうにディアマンティーナは問いかける。
「世の中、便利になりすぎれば何がしか失うものがある。
 これは確かに便利だ。だが、それに慣れ切ってしまえば人はきっと堕落してしまう」
「ふぅん。塔の人も考えているのね」
 感心したように言って、けれど切り捨てるように彼女は告げる。
「でも、きっと、人は科学を選ぶわ」
 不服そうに眉根を寄せるルビーサファイア。フェンネルはただ視線を後輩へと向ける。続きを促すように。
「だって魔法もそうだったでしょう? 便利だから、すばらしいものに見えたから。
 だから人はこぞって魔法を得ようとした」
 滔々と告げる彼女に二人はただ沈黙を持って返す。
 得体のしれない力、恐ろしい力とさけずまれた魔法は、いつのころからか魅力的な力と見られるようになった。
 もっともそこにはスノーベルを中心とした魔法協会の面々の努力あってのことだが。
 その末裔のはずの魔導士は、なんとも客観的に意見を述べる。
「魔法が使えるというだけで優遇されていた人たちはさぞ戦々恐々としているでしょうね。
 自分たちの地位を守るために、相手を貶すしかできないなんて情けない」
「お前……まさか」
 思いついた考えに、フェンネルは口ごもる。
 あまりにも荒唐無稽すぎて、言ってしまっていいものかと思ったからだ。
 普通の魔導師ならまず口に出さない――いや、思いもしないようなこと。
 とはいえ、発言の主がこの後輩だということが、フェンネルの判断を鈍らせる。
 それらをわかっているのか、いないのか。
 ディアマンティーナは静かに笑い、そうして高い音を立てて歩き出す。
「さあ、はやく行きましょ。今日はゆっくり休みたいわ。
 ずっと揺られてて疲れちゃったもの」
「――そうだな、休息は必要だ」
 のんきなことを言い出す二人の背を眺め、フェンネルは仕方なく後へ続く。
 どうしようもなくても、ディアマンティーナの護衛ではあるのだ。
 守らなければ、そりゃあもうルキウスの奴のいやな顔がちらついて仕方ない。
 ただ――後輩の発する言葉を深く考えるのは止めて、まともに取り合わないようにしようと、それだけは心に決めて。