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終の朝 夕べの兆し

Vol.2「progressus」 2.移り行く時の狭間で

 女魔導士というものは何かと悪目立ちをするものだ。
 何せこの時代の世間一般の女性とは恰好からして違うのだから。
 髪は結い上げることが普通で、おろしているなどみっともないと言われている。
 また服装もスカートのすそなどは地面をなでるほどに長い。
 そういう『一般的な女性の姿』を他所に女魔導士たちといえば、髪はまとめるにしても作業の邪魔にならない程度で、服装は協会か学院の動きやすさを優先したローブ。スカート丈は、一般の子供たちのようにひざ下から脛の真ん中あたりという短さである。
 魔法協会の創始者が女性だからか、他の分野に比べ女性は多く、自由もまた多いのだろう。
 そして、こちらへと近づいてくる二人もまた目立った。
 風と動作にあわせて揺れる髪。歩幅に合わせて靡くローブ。眉はきりりと吊り上げられており、ずかずか歩いている様子からも、怒りのほどがうかがえる。
 それにしてもとフェンネルは思う。
 ああいう顔してると、やっぱりあいつと兄妹なんだなと。
「先輩ったら酷い」
 開口一番、後輩はそうのたまった。
「ほー?」
 ふつふつと怒りがわいているのだろうディアマンティーナの言葉。けれどフェンネルは揶揄するように返す。
「先輩ひどい」
「なんのことだ?」
 再度繰り返された言葉にしらばくれてみせれば、ますます険を帯びる瞳。
 たまたま近くの席に座っていた数人は何事かと二人へと視線をやる。
 現在地は王都の中心街、比較的治安もランクも良い宿兼食堂の片隅。
 時間帯ゆえにそこそこ人がばらけているが、それゆえに人目も集めやすい。
 ついつい忘れて、そのたびに実感するのだが、ディアマンティーナの容姿は優れている。
 いつものように眠そうな顔をしていればさほど目立たぬのに、表情が変わればこれほど人目を集めるというのも珍しい。
「なにもわざとおいて行かなくてもいいじゃない」
「おいて行ったのはそっちだろ? ま、予想があっててよかったが」
「酷いわ。先回りしてるなんて」
「無視しなかっただけマシだと思え。お前のお守りじゃないんだぞ」
「お守り?」
 心外だというようにディアマンティーナは言い返す。
「冗談、お守りなんて先輩がするわけないじゃない。共犯、でしょ?」
 ふっと口元を緩めたかと思うととんでもないことを言う。
 けれども彼女にとっては普通のことで、彼もいい加減慣れていた。
「へいへい。相変わらず調子いいやつだな」
「あら、先輩つまらなそうだったから誘ってあげたのに」
「誘った、ねぇ」
 こいつの頭では誘ったというのが何を指しているのか気になるが、それよりももっと気になる相手がいたため、とりあえずフェンネルはそちらへと矛先を向けた。
「で、なんであんたがいるんだ? ルビーサファイアさんよ」
「雇主といることは、そんなにおかしいことか?」
「雇主? 再雇用でもしたのか?」
 問いかけながらもフェンネルは違和感を感じていた。
 ディアマンティーナは面倒くさがりだ。徹底しているほどに。
 自分の興味を引かないものに関しては冷徹なほどに無関心でいられる。
 だからこそ、再雇用などという面倒なことをするとは思い難いのだが。
「最初からか」
 つぶやいた声にディアマンティーナは当たり前でしょと返し、ルビーサファイアは首肯した。
 なるほど、そういうことならばあの時、ディアマンティーナが殊勝だった理由もわかる。こいつのことだから、王都までの護衛ではなく卒業試験の間中の護衛として雇っただろう。なら、長い期間故郷を離れる相手に多少なりとも融通を利かせてやった。そういうことだろう。
 納得しながらも、どうしてもフェンネルは呆れた視線になってしまう。
「つまり……卒業試験全般に巻き込むつもりだったのか」
「違うわ。依頼よ、依頼」
 ちちちと指を振りつつ言い直す彼女に、フェンネルの呆れも強くなる。
 それにしても、この二人で旅ね。
 かたやとても目立つ育ちのよさそうな女性。かたや涼しげな美貌を持つ女性。
 これでは狙ってくれと言わんばかりだ。
 女性の一人旅は物騒だが、二人になったところで危険度は変わらない。
 というか、見目が悪くないだけに跳ね上がっている気もする。
 ディアマンティーナはごろつき相手では問題ない程度の腕を持っていることは知っているが、それでも力にものを言わせれば男が有利なことは確か。
 ガイウスが妹を心配する気持ちは分からなくはない。
 彼女のことをよく知っているフェンネルとて、一人旅をするといわれては多少心配もする。
 だからこそ――何故、そこで自分を頼ったのかは知りたいが。
「ようやく先輩も揃ったことだし、じゃあ行きましょ」
「なんだ? 行先は決まってるのか?」
「当たり前でしょう? 無駄な時間はないんですよ先輩」
 ため息交じりに答える後輩は本当に可愛げというものがない。
 それを指摘してみても何を今更と思うだろう。言われるほうも言う方も。
 なので、フェンネルは先を促すだけにとどめる。
「で?」
「トロー」
「また遠いとこ行くんだな」
「先輩や兄さんが近場ばかり行くから、遠くへ行かざるを得ないんです」
 別に同じ協会でもかまわないだろうにと思うだろうが、ディアマンティーナにとってそこは譲れない場所なのだろう。
「だが、それならオトゥールから西へ行けばよかったんじゃないか?」
 ここまで戻ってきたのは遠回りではないかと問うルビーサファイアに、彼女は不満げに返す。
「西は山越えになるでしょう?」
 この時期の山越えなんてと嫌そうに首をすくめ、実に優雅な動作で町の一角を示した。
「それにここからならイクソスまで鉄道があるもの」
「鉄道」
 呟くルビーサファイアの眉がよる。
 フェンネルは呆れた眼差しを後輩に向けた。視線に気づいたのか、今度は後輩の眉間にしわがよる。
「なんですか先輩」
「変わってないと思っただけだ」
「あら、変わってないようで変わってるものですよ先輩。
 世の中がこんなに変わっていってるのですもの」
 そういって彼女は笑う。とても艶やかに挑発的に。
 いつまでそこから動かないつもりかと問いかけるかのように。
 鉄の塊が大地を走り、ガスの灯が闇夜を照らし、だんだんと人は科学を受け入れていく。 技術の発達に夢を見、欲望を形にするために技を競う。
 もっと早く、もっと便利に。
 それらから目を背け続ける、魔導の道を歩む者たちを炊きつけるように。