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しんせつ

ただ、逢いたい

 言葉を交わす機会は滅多になく、触れることなどできぬ。
 そんな相手に惹かれてしまった自分が悪いと知っていても、諦めきれぬのだからどうしようもない。
 ついつい漏れたため息に、同僚が視線を向けてくるが、机の上に大量にある書類を見て納得したように顔をそむける。
 ばれないのは有難いが、相手には分かってほしい。
 けれど――わかってもらったところでどうするという気持ちもある。
 我がことながら、なんて複雑怪奇な人の心。
 何が悪いかと言えば、幽霊に恋をした自分が一番いただけない。
 詳細をぼかして創作を混ぜて、古くからの友人に相談してみたことはある。
 ――好きな人がいる。双子の片割れで、もう亡くなってしまったけれど、忘れられない。
 忘れられないんなら無理して忘れる必要はないんじゃないかと答えたのが一人、双子ならもう一人の方にすればと言ったのが一人。
 それは思わなかったと言えば嘘になる。けれど、なまじ外見が同じだけに、違いがかえって気になる。
 本来、自分がこんなことで悩むことなど許されないと知っていても。
 急に立ち上がった自分に、周囲の視線が集まる。
 書類の入った封筒を見えるように掲げて出かける旨を伝えれば、苦笑とともに見送られた。
 この行動が、いまだに続く詮索の原因になっていることは知っている。
 それでも――
「ご無沙汰しております」
 会いに行くことはやめられないのだ。返されるのがきつい眼差しだけだとしても。

諦めが悪すぎるのは、一週回ってとりえです。

お題提供元:[もの書きさんに80フレーズ] http://platinum.my-sv.net/