暗闇に慣れるまで
「見えない」
あたしの言葉に大いに戸惑ったのは父だけだった。
母や祖母はどこか予想していたのか、心構えを教えてくれた。
点字を読めるように勉強させられていたのは、いつかこういうことが起きると思っていたからだろう。母や祖母も光を失ったことがあると知ったのは、大きくなってからのことだけど。
閉じていた眼を開く。
相変わらず視界は閉ざされたまま、いつかの灰色。それを確認して小さく息を吐く。
自分の力量を見誤ったわけじゃあない。
千里眼を使いすぎれば視力が一時的に低下することも、最悪全く見えなくなることだってある。
同じ『目』を持つおばあちゃんから言い聞かされていたことだし、限界がわからなかったうちは、よくやらかしていたから。
視力を失う、というのは怖いことだ。敵対する相手がいる今は、最悪としかいいようがない。
それでも使わなきゃあいけない時がある。
――その結果が、こうなるだけで。
小さいころに体験していてよかったと思う。
かつての暗闇を思い出せば、視力が戻る確信がある分、気は楽だ。
本来なら術を使うための杖を頼りに室内を歩く。
脳内の地図と照らし合わせて歩けば、そう戸惑うこともない。
『意外と、動けるんだな』
「慣れよ慣れ」
どこか感心した様子の声に、軽く返す。
手探りでコップを見つけて水を飲む。
渇いたのどが潤されて、ようやく一息ついて、思う。
「アポロニウスは、眠っていたのよね?」
『ああ。ほとんどそうだったが』
ずっと起きていて正気を保てると思うかと愚痴る彼に、うわの空で同意をする。
慣れってすごい。
暗闇を不便と感じることが減っていくから。
明日、朝になれば、もうこの薄闇から解放されると知っているけど……
慣れって怖い。
慣れるまでのあの恐怖を、忘れてしまうのだから。
お題提供元:[もの書きさんに80フレーズ] http://platinum.my-sv.net/
慣れないと辛い。でも、慣れすぎてはいけない。
自身を戒めるコスモスとまだ何も知らないアポロニウス。