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しんせつ

とっておきの話

「いやぁ、河青ちゃんもダメダメでしたけど、和真様も駄目駄目ですねぇ」
「……茜」
 妙に楽しそうに話す侍女に、鎮真は静かに返す。
「お前だけ楽しむなんでずるいぞ」
「楽しむだなんて、鎮真様もお人が悪い。楽しかったですけど」
 茜がこんな言い方をするということは進展があったということだろう。
 まったく人の悪い侍女だ。古くからの馴染みという気安さあってのものとわかってはいるが。
 くすくす笑いを続けたままに茜が言う。
「咲夜様と口げんかを始められたと思ったら、あれですもの」
「だからそこを詳しく!」
 流石に家庭内で緊迫した空気が続くのはよろしくない。
 どう見ても楽しんでいる茜の様子から、悪い方には転がっていないようだと察せられるからこそ、まだ余裕を持っていられるのだ。
「許婚に不貞を働けとは何事かと、白紙に戻すならそう言えばいい。
 鎮真様の入れ知恵ですね?」
「さすがに分かるか」
「分かりますとも。
 予想外のことを聞いたとばかりに和真様は狼狽えられてましたけど」
「あー忘れてたか」
 さもありなん。まだ小さかったうえに、色々とあわただしい時期でもあったし、なにより気にするなと言ったのは鎮真だ。
 ふたりとも鎮真に迷惑をかけないようにと、わがままを言わないし気持ちを押し殺す面がある。
「いえ、それが覚えてらしたようで」
「ほぅ?」
 それはそれは予想外の方向だとばかりに鎮真は茜に近づく。
 流石にこれから先の様子を大声でいうのはまずい。茜も声を落として、顛末を語った。

 それを言われた和真はぽかんとしていた。こうまであどけない表情をさらすことは珍しい。
 対する咲夜は厳しい表情を崩さない。
 きっと睨みつける瞳の強さとは裏腹に、袖で隠している手はかすかに震えている。
 瞬きを二つ、三つ。
 顔をそらして和真は告げた。
「……それは咲夜のための方便だから……そんなものに縛られることない。咲夜は咲夜の思うように生きてほしい」
 なんとも有耶無耶な返答。それが咲夜をさらに刺激していると気付いてはいないのだろう。
 目をそらしている和真には見えないだろうが、咲夜は今にも泣きだしそうな顔をしている。
 白くなるほどにきつく結ばれた拳。引き結んだ口が何度か戦慄いて、言葉を吐き出した。
「わたしが嫌ならそう言えばいい。……白紙にすればいい」
 彼女の言っていることはもっともだろう。その気がないなら拒否すればいい。
 無駄に引き延ばすことが悪いなど知っているだろうに。
「そうじゃなくて、咲夜が我慢するような」
「馬鹿かお前は!!」
 和真の言葉を遮って咲夜が怒鳴る。
 怒鳴られたことでようやく和真が顔を上げた。
「我慢?! そんなもの生まれを考えれば当然だろう!
 政治的意味合いも実利も関係なしにすむと思ってたのか?!」
 咲夜の言葉は事実だ。
 身分が良ければ、無理やりに結婚させられるといったことが少なくなるかと言えば、一概に言えない。高い身分が故に縛られることは多々あり、彼女の実の両親はまさしくその典型。
「そこまで呑気じゃない! でも咲夜が嫌がるような」
「嫌がるか!」
 ぴしゃりと言われて和真の顔がゆがむ。
「嫌じゃないから文句を言わずにいたんじゃないか!」
 けれどつづけられた言葉にあっけにとられる。
「? さく」
「お前が! 好きだからに決まってるだろう!」
 涙を湛えたままに睨んで、足音高く部屋を出ていく咲夜。慌てて侍女がついていくが、たぶんあの勢いでは部屋につくまでに追いつけないだろう。
 そして、残された和真は微動だにせず――つまり固まっていた。
 一連を見ることになってしまった茜はというと、正直笑いをこらえるのに必死だった。

「あら鎮真様楽しい」
 がっくりと項垂れている主に対して随分な物言いである。が、先ほどの話を聞いたうえでの今の彼にはぬるい笑みが向けられてもおかしくない。
「いや、思いのほか、効いて……しかも、相手が和真……」
 いいのか悪いのかとか呟きつつ、どうにか立ち直った彼は息子の様子を聞く。
「それで和真は」
「ずっと固まられてますよ? 追いかけて抱きしめるくらいしてもいいでしょうに」
「それができたら和真じゃないな」
「言い切りますか。そうでしょうけど」
 身内の気安さからにしても随分な言い様である。
「本当、駄目駄目な河青ちゃんそっくり」
 楽しそうにけれど小さな痛みを伴う感想に、似たものを感じつつ鎮真は同意した。

「河青だって、そうと決めたら早かったじゃないか。……心配しなくていいだろ。たぶん」
「そうですねー。未だうだうだしてる鎮真様とは違いますものねー」
「茜」

お題提供元:[もの書きさんに80フレーズ] http://platinum.my-sv.net/