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予想の斜め上

 久しぶりにコスモスはPA本部へとやってきていた。
 今回はレポートの提出などではなく、アポロニウスに呼ばれたからである。
 手伝ってほしいという声はどことなく震えていて、不安に駆られて身内が何かしたのかと聞いてみたが要領は得られず、結局足を運ぶことになったのだ。
「なんなのかしらね」
「厄介ごとでしょうねぇ」
「何よそれ」
「いえ、公女がかかわることで厄介じゃないことがなかったもので」
 主従でそんな会話を交わしつつ、慣れてしまった道を行き本部へと向かう。
 まさか、こんな事態が待っているとも知らず。

 ノックをしたものの返事がなくて、ノブを回してみれば鍵が開いていて。
 こういうことは以前もよくあったので、声をかけながら部屋に入れば見慣れた背中。
 ここで足音を殺してそっと近づいて驚かせるのも、何回かやってきたことなのに……まさか悲鳴を上げられるとは思わなかった。
「こ……こ、こすもす?」
「そーよ。どうしちゃったの?」
 明らかに驚きすぎのアポロニウスにコスモスは怪訝そうに返す。
 気づかなかったから驚いたという様子ではない。相手がわかっているというのに落ち着きがない。
 普通なら、遊ぶなとかその程度で済むはずなのに。
 そう思いつつ一歩彼に近寄れば、のけぞるような勢いで椅子がガタガタ鳴る。
「いやいやいやちょっと待ってくれ」
「なにがよ? ていうか、本当にどうしたの?」
「それはその……」
 赤くなったり青くなったり、どうみてもパニックに陥っている。
 薄の方を見てみても困惑した様子。アポロニウス自身が混乱しているせいで読めないのだろう。
「ちょっと本当に大丈夫?」
 熱でもあるのかと伸ばされた手。後ろに下がろうとするアポロニウスの背にはすでに壁。これ以上逃げることができないと悟った彼の顔色が一気に白くなる。
「せ」
「せ?」
「せんせーっ」
 両腕で頭を抱えるようにして、ただそれだけを繰り返す彼。
 なんだこれは。まるでいじめているようじゃないかと呆れつつも不満に思っても当然だろう。
「どういうことよ?」
「怯えてますね」
「見ればわかるわよ」
 わかるけれども、彼がそう言うということは怯えているだけというのは間違いないだろう。
 せんせーせんせーと繰り返す彼が落ち着く様子は全くない。
 バタバタと入口があわただしくなったと思ったら、見慣れた顔が数人やってきた。
「あーまたか」
「おーい誰か賢者様呼んで来い」
「コスモス嬢、すみませんがあちらに」
 槐に促されて、コスモスは別室へと連れて行かれる。
 部屋を出る前に見た彼は、まるで本当の子供のように見えた。

 連れて行かれたのは食堂併設のカフェだった。
 注文を済ませて、(えんじゅ)が言いにくそうに口を開く。
「ちょっと今彼、女性恐怖症になっててね」
「は?」
 当然と言えば当然の疑問。なかなか口を割らない彼にしつこく食い下がって聞き出せた内容は、曰く、アポロニウスをサキュバス確保のおとり捜査に使ったとのこと。
「サキュバスって夢魔よね? なんでそんなものが」
「それは逃がした人に言ってほしいですね! とはいえ、夢魔だからシオン君たちをおとりにするのは問題があるし、今の人間よりも耐性があるだろうからって理由で彼に決定したわけで」
「決まった理由は分かりますけど、どうしてあんな態度に?
 そりゃあ、公女相手にギクシャクしたり後ろめたくなるならわかりますけど」
 突然口を挟んできた薄に対し、槐はうんうんと頷く。
 コスモスとしては意見を述べたいが、この場ではおとなしくしておく。代わりに視線だけで続きを促す。
「……ほら、彼がここにいる原因」
 原因と言われて首をかしげかけ、ああと思い当たる。
 アポロニウスがPAに所属することになったのは、彼が昔の人間で所属する場所がないからだ。どうして昔の人間かというと、長年石にされていたからで、その原因は。
「エルフのストーカーでしたね」
 薄の呟きに頷き、槐は運ばれてきたコーヒーを口にする。
「前々から積極的な女性にはどこか引いてるとこがあったんだけど……考えてみれば納得いくんだ。ストーカー被害は根が深いから」
「じゃあさっきの『せんせー』は、つまり『おかーさん』と同じですね」
 うんうん頷く薄。
「そっか、姫ってアポロニウスの育ての親みたいなものなのよね」
 そんな話をしていたら、こちらへ近づいてくる影二つ。今現在も話題になっている相手だった。
 苦笑気味の姫に促されて相変わらず青い顔のアポロニウスが口を開いた。
「リハビリに、つきあって、ほしい」
「顔、かなり青いけど」
「……話くらいはできないとまずいだろう」
 それはそうだ。席をしめせば、ぎこちない動きながらも座る。
 丸テーブルの真向いじゃなくて、少しずれた位置。時計で言うなら、1時にアポロニウス、6時にコスモスがいる形になる。
 つまり、正面から見据えるのも今はつらいということか。
 ちょっとでも近づくそぶりを見せれば肩がはねる。
 これは先が長そうだ。
 薄がこっそり溜息つくのは当然のことで、結局彼が元の状態に戻るまでには結構な時間が必要だったことは言うまでもない。

両親と本人の境遇のせいで人見知り+女性不信がすこしあったアポロニウス、とうとう止めを刺されちゃいましたの回。
何が怖いといわれても、怖いものは怖いとしか言いようがない。

お題提供元:[もの書きさんに80フレーズ] http://platinum.my-sv.net/