溢れる予感
「絶対の防御が欲しい」
それは後輩の口癖だった。
友人――という括りに入れるのは甚だ不本意であるが対外的にはそうとしか言いようのない相手――の妹。
兄によく似た美貌と苛烈さを持ちながら、数多の攻撃魔法を操る兄とは違いひたすらに防御を追い求める娘。
彼女の実力は本物だった。
家に恵まれたというのもあるだろうが、【学院】内で彼女以上の防御を誇るものは教師陣を含めて二人か三人くらいのものだった。
一度戯れに聞いたことがある。
なぜ、そこまで防御にこだわるのかと。
「そんなの、わたしが守りたいものを守れるだけの力が欲しいからよ?」
何を当然のことを聞くのかといった様子で彼女は返す。
生徒でごった返す食堂はざわめきが絶えず、呆れたような声はすぐに紛れてしまう。
きれいな所作でカップをソーサーに戻し、テーブルに肘をついて両手を組み顎を乗せるディアマンティーナ。幼子のような動作に隣に座る兄の視線が少し鋭くなるが、妹君はくすくすと微笑みながら言い切った。
「それに攻撃魔法だって使えなくはないわ」
「初級の術だけだろ?」
「だって十分だもの」
揶揄の言葉は端的に返される。
魔法というものはとても便利な反面、厄介な制約も多い。
例えば、威力が強いものほど長くなる詠唱、決して安くはない道具などなど。
一つに絞って習得を目指してもそれなりに時間を取られるというのに、すべてを網羅しようなどといえば返ってくるのはぬるい笑みだろう。それほどに膨大な量なのだから。
だからこそ、ディアマンティーナは十分だというのだろう。
決められた分量をどこにどれだけ振るかは個人の判断で、そうしてみれば彼女はずいぶん効率的にこなしている。
何度かフェンネルやルキウスが実戦形式で彼女と対峙したが、その防御を完全に破ることはかなわなかった。
「先輩や兄さんは攻撃は最大の防御、みたいに考えられているのでしょうけど」
紅茶を飲む、ただそれだけの所作でも育ちがわかるものだなと思いながら、ケインが問いかける。
「どういう基準なんだい?」
「わたしが守りたいか、守る価値があるか、だけですよ?」
それ以外に何があるのかと返す彼女に、その価値がなんなのかを聞いたんだけどねとこぼすケイン。
「そうですね。クレアとかガイ兄さん……ルキウス兄さんと、フェンネル先輩やケイン先輩、カルディナさん」
「分かった分かったもういい」
止めなければ次々に名を連ねるであろう彼女を手を挙げて止める。
両手を上げて降参すれば、つまらなそうにカップを取り上げるディアマンティーナ。
いつもと変わらぬ彼女に対し、兄の顔はますます厳しくなっていった。
それは、【学院】で過ごした日々の些細な思い出。
「何度も言うけど、魔法も科学も万能じゃあないのよ」
卒業試験の旅路の間、時折彼女はこぼしていた。
「大体ね、万能だなんて思い上がりも甚だしいのよ。
神様は万能だとおっしゃるけど、人は万能ではないでしょう?
確かに魔法も科学もいろんなことができるわよ? でも、作るのも使うのも人間なのよ?
万能でない人が作ったものが、万能だとお思い? 扱いを間違えたり、使えなかったりして当然でしょ?
高みを目指そうっていう姿勢は悪くないことだけど」
科学の徒を、そして魔道の徒を前にして喧嘩を売るような言葉を繰り返す彼女は、さぞ疎ましく思われたろう。
「なんでも一人でやってしまいたいっていうのは傲慢よね。
ただ……その筆頭が、わたしだけど」
そうこぼされた言葉を気に留めなかったのは、失敗だった。
あの時のルキウスは何を思っていたのだろうか。
もしかすると、こうした事態を危惧していたのかもしれない。
いや――
フェンネルは頭をふる。
自身は気づいていた。ケインは無論、付き合いの浅いルビーサファイアも、おそらくは。
嫌な予感ってのは、どうしてこう当たるんだか。
どう転がっても良い方向に行くことはない――そこに行くまでに戻ることはできたはずなのに。
お題提供元:[もの書きさんに80フレーズ] http://platinum.my-sv.net/
いつでもどんなときでも自身を貫く。それを体現したような娘。
だからこその危惧はみな抱いていたはずなのに。